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国東零音は褒められたい  作者: KanaMe
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第04話 ヘアゴム

待ちに待った楓さん登場回です。

個人的にとても好みのキャラなんですが非常に難産だったこともあり思い入れも一層深い人物になっています。

七海も登場するので楽しんでいただけたら幸いです。

よろしくお願いします。

【3-A教室】


 お昼休みも終わり私は3年生最初の授業を受けていた。運よく窓際の席になった私はお昼ご飯で満たされたお腹と心地よい春の光に包まれて、何だか白昼夢でも見ている気分になる。


 窓から見える景色は今までと少し違う。学年が上がり教室も二階から三階へと変わったからだ。独特の匂いがする新しい教科書。教鞭を振るっている本間先生は、この春赴任してきたばかりの若い先生だった。五感で感じるすべてが新しく、今になってやっと三年生になったんだなと少しだけ実感が沸いてきた。


 ふと目の前に視線をやると大塚唯の背中が目に入った。一年の最初の席順は名前順であるため()()は唯の後ろの席になった。何だか見慣れた背中に少し安心を覚えた私は意識を再び黒板へと向けた。


「では次の会話文を…そうねぇ、じゃあ()()()()さんに訳してもらおうかしら。」


 本間先生が言い終わった後しばらく教室には無音が横たわる。訳すのに時間が掛かっているのか当てられた子は何も答えない。そこまで難しい文でもないのにどうしたのだろう。先生は何度も()()()()さんを呼んでいる。


(せめて何か返事を返した方がいいんじゃ…。)


 などと心配していると唯がこちらを向き小さな声で必死に何か言っている。


「どうしたんだよ彩音、早く答えろよ…!」


 唯が何を言っているのか分からなかった。先生が呼んでいるのは()()()()さんで私は…。ハッとした私は思わず席を立ちあがってしまった。少し驚いた顔をしている先生と目が合うと急に頭が真っ白になってしまい、訳も分からないうちに謝ってしまった。




【多目的棟】【第一家庭科室】


 15時49分。料理研究部の部室である第一家庭科室に大きな大きな溜息が(こだま)した。もちろん溜息を吐いたのは私だ。その理由は言うまでもなく英語の時間の失敗である。国東(くにさき)彩音。分かっている。私の名前は国東なのだ。だけどまだ耳に馴染まないというか…。


 まるで実感が沸かなかった。3年生になった事、引っ越した事、お義父さんが出来た事、名前が変わった事。そして義妹が出来た事…。これら全てがここ数カ月で起こった事。流石にキャパオーバーだ。


 机の上に突っ伏しながら新種の生き物のような鳴き声を出していると「そんなに落ち込まないで。」と部活の準備を終えた七海が声をかけてくれた。


「仕方ないよ。彩音ちゃん今色々と大変な時期だもんね。」

「そうは言ってもやっぱショックだよぉ…。」


 七海は困った顔をしながら私の隣に静かに座った。


「…みんな遅いね。」

「だね~…。」


 沈黙が私たちを包む。以前何かで読んだのだけど、無言が気まずいというのは真の信頼関係が築けていないということらしい。七海は中学に入ってからできた友達だ。かれこれ二年の付き合いになる。


(信頼関係は築けていると思うんだけど…。)


 だが実際とても気まずかった。耐え難い沈黙に何か言った方がいいのかなと浅薄を巡らせていると、ガラガラガラと年季の入った少し建付けの悪いドアが開く音がして私と七海は同時にそちらに顔を向けた。


「あら、二人とも早いですね。」

「こんにちは、楓さん」

「こんにちは、南戸先輩」


 二人同時に起立して挨拶をすると「はい、こんにちは。」と優しく微笑み挨拶を返してくれた。楓さんは教壇近くの席に腰を下ろすと、鞄の中からエプロンなどを取り出して部活動の準備を始めた。楓さんは肩よりも少し長いその見事な濡羽色(ぬればいろ)の髪を高い位置で留める。凛としながらも可愛らしいその姿に思わず見惚れていると不意に目が合った。


 ドキッっと胸が高鳴る。ほんの少しの気まずさと恥ずかしさで思わず目を逸らしたくなるが、心とは裏腹に優しく微笑む楓さんから視線を離すことはできなかった。


「どうかしましたか?」


 当然の質問が楓さんから投げかけられる。先の失敗の時のように頭の中が真っ白になりかかっている。考えがまとまらずあわあわとたじろいでいると「南戸先輩がとても綺麗だったので見惚れてました!」と七海が満面の笑みで返した。


 驚きの余り声が出ない私をよそに「あらあら。」と楓さんは少し頬を赤らめちょっと困った顔をしながらも「ありがとう。」と返した。楓さん可愛い。七海。恐ろしい子。


 楓さんが部室に入ってきて間もなくほかの部員も集まりだしたので、私と七海も自分たちの準備を始めた。ふと隣に視線をやると七海は可愛らしいカントリースタイルのツインテールを結びなおしている。私も髪を纏めようとヘアゴムを探すのだけど、いつものポケットにヘアゴムが入っていない。


 そう言えば春休み前の最後の部活動の時、切れてしまったのを思い出した。確かあれは中学入学時に買った物だったので二年ほど使っていたことになる。思い入れもあったしちょっと悲しかったな。


 それはさておき春休み中に買おうと思っていたけれど、主に引っ越しなどの大イベントの連続ですっかりと忘れていたのだった。こんな時のために100円均一ショップで買った予備も荷物になるからと、今日に限ってポーチごと家に置いてきてしまった。


(やっちゃったなぁ。)


 手の止まっている私に気付いた七海が声をかけてくれた。


「どうしたの?」

「いやー、実はヘアゴム忘れちゃって。」

「彩音ちゃんが忘れ物って珍しいね。」


 七海に予備のヘアゴムを持ってないか聞いてみたけれど、私と同じ理由でポーチごと家に置いてきたようだ。困ったな。この料理研究部では、髪の長い生徒は活動前に髪を纏めていなければいけない。衛生面の問題だけではなく、料理に対する姿勢が重視されている。


 顧問の薬師寺先生は生活指導の先生でもあり身だしなみに関しては日常生活においても厳しい。料理研究部の活動に関してはなお厳しい。学生時代から世界で活躍していた凪さんですら、薬師寺先生の生活指導(通称テツ子の部屋)への呼び出しを恐れて、身だしなみにだけはとても気を遣っていたという。


 どうしようかと悩んでいると誰かが私の髪に触れ纏めはじめた。驚き振り返ろうとすると「そのまま。」と耳に馴染む優しい声が鼓膜に触れた。


「楓さん?」

「盗み聞きするつもりはなかったんだけど聞こえてしまって。」


 少し申し訳なさそうな声色に伺えた。楓さんは「私がやってもいい?」と尋ねてきたので少し気恥ずかしかったけれど私は「お願いします。」と答えた。


「久しぶりね。彩音の髪を結うの。」


 先ほどとは違い幼いころから聞き馴染んだ優しい声は嬉々と弾んだ声色だ。私がまだ小学校低学年の頃、学校が終わるとそのまま南戸家に寄っては薫とよく遊んでいた。たくさんの習い事をしていて、あまり家にいなかった楓さんも時間が合うときには一緒に遊んでくれたことを思い出す。


 当時薫は既に柔道家としての道を歩み始めていた。なのでその頃から髪はショートヘアだった。代わりと言う訳ではないんだろうけど、楓さんは私の髪をよく結ってくれた。思い出も相まってなんだかくすぐったくて、きっと今の私の口角は緩んでいるんだろう。


「お客さん。痒いところはありませんか?」

「あはは、大丈夫です。」


 楓さんは意外とお茶目な一面もある。普段はとても一つしか年が違わないとは思えないほどに大人びた印象を受けるのだが。今日はなんだかとても楽しそうだった。


「ところで彩音。何か悩みでもあるの?」

「…どうしてですか?」

「昔から彩音を見ていれば分かるわ。悩んでいるときはすぐに顔に出るもの。」


 「ウフフッ。」と楓さんは先ほどと変わらず楽しそうに手を動かし続けた。昔から思っていたことだけれど薫といい楓さんといい南戸家には勘の鋭い人が多すぎる。武人の血ってやつなのかな?


「あはは…楓さんにはお見通しだね。」


 楓さんは何も答えなかった。私も何から話せばいいのかと思案していると肩に楓さんの手が添えられた。


「リラックス。」

「…はい。」


 考え込んでしまう私の癖も楓さんには全てお見通しだった。観念したというのはおかしいけれど、私は今感じていることをありのまま話すことにした。


「実は最近ちょっとキャパオーバーで。名前が変わった事も。引っ越しをした事も。お義父さんが出来た事も。義妹が出来た事も。あまりにも私の日常が変わっちゃって。でもちゃんとしなくちゃいけないって。だけど全然ちゃんと出来なくって。少し落ち込んじゃってました。」


 今感じているありのままの気持ちだった。嘘偽りのない私の気持ち。隣に座っている七海が不安そうにこちらを見ていたので、ぎこちないと分かっていながらも私は笑顔を返した。


 少しの沈黙が続いた後「はい、出来上がり!」と楓さんの明るい声が響いた。こっちを向いてと楓さんに言われるがまま私は席を立ち振り向いた。


「うん。とっても可愛いわ。」


 楓さんはすごく嬉しそうな顔で微笑んでいる。何だか照れくさくって少し俯いてしまう。すると楓さんは優しい声で「それに…。」と話を続けた。


「こんなに背も伸びていたのね。」


 楓さんは私の頭の上に手を置いた。するとなでなでと優しく手を動かし始めた。


「か、楓さん!?」

「ふふっ、彩音ったらお顔が真っ赤っか。」

「だ、だって楓さんが撫でるから…」

「撫でられるのは嫌い?」


(そんな事はないのだけれど…。)


 恥ずかしくって死にそうだった。穴があったら入りたいとはこの事なんだと私の頭の中の変に冷静な部分が納得していた。


「うふふ、ちょっとやりすぎたかしら。」


 楓さんは少し申し訳なさそうに微笑みながらも、その手は私の頭を優しく撫で続けている。そろそろ恥ずかしさも限界だった私は今にも顔から火が出そうなくらいに体温が上がっていた。


「彩音は偉いわ。」

「…」

「一人で頑張って、悩んで、それでも立ち止まらずに前に進もうとしてる。それはとてもすごい事よ。」


 何となく怒られるのかなと思っていた私は褒められる事が予想外だったので思わず固まってしまった。そんな私にはお構いなしに楓さんは容赦なく続ける。


「今までもたくさんの困難を乗り越えてきて彩音は今ここにいる。あなたの歩んだ足跡は、確かに今日までの道になっているわ。だから忘れないで、あなたが辿り着いたこの場所にたくさんの人がいることを。彩音も私も、薫も七海ちゃんも一人じゃないでしょ?」


 薫さんは優しく微笑みながら私に語り掛ける。


「いつだって辛い時は助けてもらうこと。苦しくなったら遠慮なんてしたら駄目よ。だってみんなあなたの事が大好きだから。」


 優しい声。朗らかな微笑み。手から伝わる体温。私の憧れが語り掛ける言葉の一つ一つが心に染みていく。


「そ、そうだよ!今日は予備のヘアゴム置いてきちゃったけど明日からは忘れないから!私も彩音ちゃんのこと大好きだから!」


 涙が零れそうになっていたところに、七海がとても大きな声で訴えかけてきた。七海も少し涙目になっているのがなんだかとても愛らしくて私は堪えきれずに笑ってしまった。


「なんで笑うの!ひどーい!」


 ぷんぷんと怒っている七海を見ると余計に可笑しくって楓さんも少し笑っていた。


 あぁ、なんだ私の心ってこんなに簡単に晴れるんだ。私の心境を映したかのように茜が射し始めた空は雲一つない晴天だった。

お姉さんキャラが大好きです。

特に社会人になってからはお姉さんキャラが本当に大好きでもう…。

ただ好きだから書けるかと言われればそうではないんだなと発見の毎日です。

次回は南戸姉妹での登場です。

次回もよろしくお願いします。

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