第03話 お弁当
今回は沢山のキャラが登場します。
前半は彩音の学校。後半はついに零音ちゃんの視点で進行します。
【私立琴ノ葉学園】
ここ私立琴ノ葉学園は私たちが通う中高一貫の女子学校。何処となく和を感じさせる名前とは裏腹に西洋風の建築様式のすこし古びた建物が広い敷地内の所々に建っている。
この私立琴ノ葉学園は大正時代に建てられた歴史ある所謂お嬢様学校というやつだ。文武両道を掲げ現代から失われつつある大和撫子の育成に努めて邁進する。と謳ってはいるものの実際のところ仰々しい校訓がある訳でもなく、ごきげんよう等のお嬢様言葉も無い。部活動をはじめとしたイベントが盛んな女子校というのが実際に通っている私たちの素直な感想だ。
私立と言うだけあって学費はそれなりにするけれど通っている生徒は私を含めごくごく平凡な女の子ばかりだった。極一部に例外はいるけれど。例えばわが親友である薫、そのお姉さんの楓さん。あとは現生徒会長の北大路美月さんなど。
薫の家はこの地域で有名な旧家であり柔道一家としては日本中で認知されている。美月さんのお家である北大路家は、日本経済に影響を与えるほどの大企業グループである北大路重工の会長である。南戸家と北大路家は学校だけではなくこの町で一目置かれる存在だった。
【第一体育館】
9時13分。全校集会に集まった中等部から高等部までの700人を超える生徒を眼下に、ステージの上から理事長が新年度の挨拶をしている。うちの理事長の挨拶は短いことで有名なのだが、こういう節目の時はいつもに比べると長くお話をされる。それでも十分に短いけれど。
お話が終わるとともに体育館が割れんばかりの大きな拍手の音が響いた。流石は700人を超える生徒。先生も含めると800人を超える拍手の音は一人一人は小さくとも束ねればこれほどの大音響となる。
理事長が降壇されると続いて生徒会長が登壇されて生徒を代表し、今年度の抱負をお話しなされた。
流石は旧財閥である北大路家の長女。遠目からでも分かる凛とした顔立ち。足の先から頭の頂上に至るまでピンッと真っ直ぐな立ち姿。スピーカー越しに聞こえる声は自信に溢れハキハキと弾んでいる。いつもながら遠目で見ても圧倒される存在感になんだか少し息苦しさを覚えた。
全校集会も終わり第一体育館から中等部の校舎へ向かって歩いていると柔らかな風が髪をほどく。通学路ではまだ冬の名残が強かった空気が今は春の暖かな香りに包まれていた。
【3-A教室】
12時41分。クラス替え。新しい担任の先生。知っている顔と知らない顔。春休みの課題提出に3年生用の教科書の配布。その他諸々の通過儀礼を終えて気が付けばお昼になっていた。
「あーやねっ!ご飯食べよー!」
元気な声で私の席にやってきたのは大塚唯。去年同じクラスになり仲良くなった子だ。
「私も一緒していいかな?」
唯と一緒に来たこの子は早坂七海。この子は私と同じ料理研究部の部員。この学校で出来た初めての友達だ。「もちろん!」と私は答えて唯の席と自分の席をくっつけた。
「いやー。また彩音と同じクラスになれてよかったよかった。」
「私も唯や七海と一緒のクラスで嬉しいよ。」
「うん!でも薫さんは残念だったね…。」
去年はこの三人に薫を加えた四人で一緒にお昼ご飯を食べていた。しかし残念なことに今年は薫だけ別のクラスになってしまったのだ。
「お昼ご飯の時くらい別の教室に入らせてくれてもいいのになぁー。」
唯が不貞腐れながら言った。私立琴ノ葉学園では中等部は自分の教室でご飯を食べなければいけない。高等部になるとお昼の時間は自由に移動して食べることが出来るらしいんだけど…。
今でこそ普通の女子校のような雰囲気の学校だが所々見られる可笑しなルールを疑問に思い、ある日OGである薫のお母さんに尋ねてみた。
凪さんによると大昔は所謂本物のお嬢様学校だったようだ。しかし前任の理事長に変わった時から時代に合わせ徐々に今のような校風に変わっていったらしい。この可笑しなルールも大昔の名残なのかもしれない。
「いつもの事だけど午後から普通に授業っていうのもなんか気が乗らないなぁ。」
立て続けに不貞腐れる唯を七海が宥めている。琴ノ葉学園では新学期などの初日から通常通り午後の授業がある。これも昔の名残なのかな?
「でもそれが終わったら部活だよ!」
「部活なんて春休み中毎日やってたっての!」
「料理研究部は春休み中ほとんど活動なかったんだよ。」
「だから私も七海も部活楽しみなんだ~。」
春休み中に限らず料理研究部の活動はあまり頻繁には行われない。体育会系の部活や他の文化系の部活と違いコンクールや大会等への参加を目的としているわけではなく、あくまで料理の研究と練習をする場所なのだ。
部活と言うより同好会と言う方が近いのかもしれない。活動があまり頻繁に行われない背景には部員の大半が他の部活や生徒会、委員会などの活動と掛け持ちということも起因している。私や七海のように料理部だけに所属しているというのは少数派なのだ。
「ふ~ん。で、今日は何作んの?」
「今日は春の定番桜餅!」
「南戸先輩と彩音ちゃんの腕比べだね。」
「えっ!?いやいや、私も楓さんに教わる側だよ。」
私はあわてて言った。七海は可愛い顔をして時々とんでもないことを言う。恐ろしい子だ。楓さんは私達と同じ料理研究部の先輩であり私なんて足元にも及ばないほど料理の腕が立つ。
特に和食に関してはとても厳しい顧問のテツ子こと薬師寺先生をも唸らせるほど。私もお菓子作りなら多少自信があるけど楓さんと比べると月と鼈であった。
「そんなことないと思うけど…。彩音ちゃんも南戸先輩もどっちもすごいと思うよ?」
「あはは。ありがとう。でも楓さんにはまだまだ全然届かないよ。」
少し卑屈になってると思われるかもしれない。正直に言うと楓さんは私の憧れでありこうなりたい自分なのだ。幼いころから一緒に育ってきたからこそ知っている。優しいだけではなく厳しさも持つ強い女性なのだ。
今の私があるのは楓さんという明確な目標があるからだと言っても過言ではないだろう。だからこそ今の自分と楓さんを比べた時あまりの差にちょっとへこんでしまうこともあるけれど…。
「教わるところばっかりだからね。だけど盗めるところは全部盗むつもり。」
「たくましいな。」
「たくましいね。」
唯と七海が同時に言った。
「さぁ、早く食べて薫のとこ行こ。」
私がそう促すとおしゃべりをしながらも三人ともお弁当を食べ始めたのだった。
【私立律明大学付属中学校】【2-2教室】
12時43分。突然だけど私、国東零音には苦手なものがたくさんある。例えば梅干し。初めに言っておくと私は酸味の強い物に対して特に苦手意識を持っているということはない。
だけれど梅干しだけは見た目、味、匂い、食感。それら全てが私の好みに対し徹底抗戦の抗議デモを行うのだ。何度も和解しようと自ら歩み寄ってみた事もあったけれど、結果として私たちの関係は悪化の一途を辿るばかりであった。
なぜこんな話をしているかと言うと彩音さんが作ってくれたこの高層マンションを彷彿とさせる重箱三段のお弁当。ワンフロアを色彩鮮やかに、優雅な出で立ちでおかけになられているおにぎりの面々。その中に今にも拡声器を持ち出さんとする輩が紛れ込んでいたのである。
私が一人残ったデモ隊と睨めっこしていると後方から聞き慣れた大声が響き、私の鼓膜を襲った。
「いつまで食ってんだよ国東。さっさと柔道場行くぞ。」
話は戻るが私、国東零音には苦手なものがたくさんある。声の大きな人。デリカシーの欠片もない人。あとはそう。勝手に人のおにぎりを食べる人も苦手だ。
私の目の前で大声の主は「腹がいっぱいならアタシが食ってやるよ。」と言うともぐもぐとおにぎりを頬張り始めた。
つまり私はこの人、香川晶子さんが苦手なのである。同じ柔道部で同じ階級。何かと比較されよくペアになる彼女に苦手意識を持つまでそうは時間を要さなかったことは言うまでもない。何を隠そう彼女は去年初めて会った時からそうだったからだ。
苦手な彼女と何の因果か同じクラスになってしまったことで、早くもこの一年の雲行きに大きな心配をしてしまう私の心境であった。
「美味ぇなこのおにぎり。国東のかぁちゃんは料理上手なんだな。」
ドクンッ。
不意を突かれ胸が高鳴る。いけない。否定しないと。咄嗟に誤解を解こうと口を開くがこんな時、私の声帯は相変わらずうまく言葉を飛ばさない。さっきまでの能天気な顔つきとは一変し怪訝な目つきでこちらを見る(というか睨んでいる…。)香川さんは何か言いたそうではあったが「ふんっ」と鼻を鳴らすとどしどし去っていった。
嵐のような忙しなさにドッと疲れがこみ上げる。しかし早く柔道場に行かないとまた何を言われるか分からない。溜息を溢しながらもお弁当の後片付けを始めた。
【柔道場】
13時02分。律明大付属中学の柔道場は熱気で溢れていた。現時刻で柔道場にいるのは1年生と2年生のみ。3年生が来るまではまだしばらく時間がある。ここ律明大付属中学はスポーツの名門校。中でも柔道部は男女ともに全国常連の猛者の集い。
男女共用で使われるこの広い柔道場は3年生が来るまでの間下級生たちが徹底的に掃除をするのがしきたり。体育会系然とした厳格な縦社会なのであった。
今日も誰が言うでもなく皆掃除に励んでいる。そういう私はと言うと硬く絞った雑巾でビニール製の畳を磨いていた。名門と言うだけあり日々の練習量は凄まじい。こうしてしゃがみ込んで畳を磨いていると畳に刻まれた沢山の傷からその苛烈さが伺えた。
(傷の一つ一つに歴史がある…。)
実際のところ頻繁にビニールが裂けて交換するので畳そのものにはたいした歴史はないのだけれど。そんな下らないことを考えていると突然怒号が私に投げかけられた。
「国東!何回言えば聞こえるんだよ!邪魔だからそこどけ!」
声の主は言うまでもなく香川さんだ。手には大きな空拭きモップが握られていた。どうやら何度か声をかけていたらしい。私は香川さんに謝るとすぐにその場を離れた。
「ったく。」
どうやら私はまた香川さんの機嫌を損ねてしまったらしい。
「まーた香川さんが国東さんにキレてる。」
「気持ちは分からなくはないけどねぇ。」
こちらを見ていた同級生と思われる二人が何かを話していた。するとそれに気が付いたご機嫌斜めの香川さんの「しゃべってねぇで手を動かせよ。」という怒号が柔道場に響いた。可哀想に。彼女たちは一目散にその場から退散したのだった。
「おうおう、女子気合入ってんなぁ。」
「香川だろ?あいついつもキレてるよなぁ。」
こちらを見ていた男子たちに香川さんは無言の圧を送った。
「やべーぞ大ちゃん!こっち見てる!」
「お前が変なこと言うからだろ。あいつの言う通り手を動かそうぜ。」
道場にいた皆が各々の作業に戻ったところで香川さんもモップ掛けに戻った。私はと言うと今度は邪魔にならないように窓でも拭こうかと思案していたところ、道場中の生徒が一斉に「お疲れ様です!」と声を揃えた。
「お疲れ様。」
みんなに返事を返したのは女子柔道部主将の大和冴子さん。主将を皮切りにどんどんと3年生の先輩方が道場にやってきた。先輩方一人一人に下級生は挨拶をする。柔道部の日常風景。
(…始まる。)
私は帯をきつく結びなおした。
沢山のキャラが登場しましたがそれぞれの個性が出せてたかな?
妄想の段階では適当なキャラでいいんですが、いざ文章にすると無個性すぎて背景と同化しそうになるので、キャラクターそれぞれに色を付けるのってすごく大変だなと小説を書き始めて初めて気が付きました。
次回は楓さん登場回です。よろしくお願いします。