第02話 通学路
新キャラ登場です。
個人的にとても好きなキャラが書けました。
いつも通りの朝。いつもより少しだけ遠くなった通学路。いつもは吐かない大きな大きな溜息を私は気が付ないうちに溢していた。
「3年生初日で溜息?」
「あ、薫おはよー。」
「おはよう。」と素っ気なく返す彼女は南戸薫。幼稚園来の私の親友だ。いつも通りの薫の塩対応を受けながら私は今日から3年生だということを思い出した。まったく実感が無かったのですっかり頭から抜けていた。
「今日から3年生かぁ、なんというか実感無いねー。」
「そうね。」
薫は基本的に塩対応。言葉使いもどことなくドライだ。昔はとても可愛らしい喋り方だったのだけど…。
彼女のお家は旧家ですごく大きい。3人の兄姉弟と両親、あとはお爺ちゃんがいる。お爺ちゃんの事を薫は心の底から尊敬しており物心つく前からそばを離れずに育った。それが直接の原因なのかはわからないのだけどいつの間にかこんな話し方になっていた。
お爺ちゃんと言えば実は南戸家は柔道一家だったりする。お爺ちゃんとお母さんはオリンピックの金メダリスト。お兄さんと弟さんは二人とも全国大会で優勝している。薫も去年は全国大会に出た。家柄だけではなく柔道に関してもすごいお家だ。
「楓さんは一緒じゃないの?」
「姉さんなら先に出たわ。生徒会の仕事があるんだって。」
「え?今日からお仕事あるんだ。」
「ええ。」と薫はまたしても素っ気なく答えた。南戸楓さん。薫のお姉さんで私にとっても姉のような存在であり、中等部2年生の頃から生徒会役員のメンバーとして活動している。去年は生徒会副会長だった。
今年からは高等部なので違う校舎になったけど、同じ敷地内にあるので朝は変わらず一緒に投稿する約束だった。けれど新年度からいきなりお仕事とは大変そうだ。
「大変だねぇ。」
「そうね。」
安心と実績のドライな反応に将来柔道家として大成したならば某ビールメーカーからCMのオファーが来てもおかしくはないなとつい想像してしまう。
「ところで、どうして溜息を吐いていたの?」
薫がいつも通りの顔で人気歌手が務めるビールのCMに出ているところを想像して、可笑しくって笑いそうになっていたところに急に話しかけてくるものだから「へ?」っと変な声を上げてしまった。
「あなたさっき溜息を吐いていたでしょ。悩みでもあるのかと思って。」
薫は整った顔立ちを崩すことなく私に目を向け言った。昔から薫のこういうところにはすごく助けられてきた。少しでも気になったことがあれば自分から声をかけてくれる。普段はドライな対応しか出来ないと思われるかもしれないけれど実はとても友達思いなのだ。
「あぁ、えっとね、なんていえばいいのやら…」
私がもごもごと言葉に詰まっていると少し柔らかな表情になった薫が「妹さんの事?」と尋ねてきた。以前から零音ちゃんの事に関しては度々話を聞いてもらっていたので察してくれたのだろう。私は「うん。」と答えた。
「先日引っ越して一緒の家で暮らし始めているのよね。」
「うん。だけどなんというかまだぜんぜん距離が縮まんないんだよねぇ。」
「そう。」と薫は前を向きながら言った。わが親友ながら横顔も美人である。少しの間無言で歩いていると、変わらずに前を向きながら薫が口を開いた。
「小学校。2年生の春。覚えてる?」
「え?」と私は聞き返したが薫は前を向いたままだ。
(う~ん…)
私が考えていると薫は「フフッ」と少し笑って答えてくれた。
「私が初めて柔道の試合に出て何もできずに負けた時の事よ。」
「あぁ!」と私は手をポンっと叩いた。
「あったねぇそんなこと。懐かしー。」
「あの時私は皆から慰められて、でもそれが嫌で家に帰らずに日が暮れても公園でいじけていたわ。」
「そうそう。あの時南戸家の人だけじゃなくてうちの両親もすごい探したんだよね。」
「ええ。」と薫は穏やかな表情で答えた。
「公園のベンチで泣きつかれた私はいつの間にか眠ってしまったの。」
「うん。」
「少しして寒くて目を覚ましたら隣であなたがじっと座っていたわ。」
「…うん。」
そうだ、あの時私は一番最初に薫を見つけたんだ。懐かしさとともにその景色が目に浮かんできた。
既に茜は欠片を残して黒に近い蒼が辺りを呑み込んだ公園の隅、一つだけ仲間外れにされた古びたベンチに膝を抱えて顔を押し付け沈黙している薫を見つけた。
だけどその後どうしたんだっけ。私が思い出そうとしているのを感じ取ったのか薫は再び前を向き話を続けた。
「あなたが何も言わないから私も何も言わなかったの。本当は怒ってるんじゃないかと思って何も聞けなかっただけなのだけど。」
薫は歩きながら話し続けた。
「やっとの思いで口を開いた私はどうして何も言わないのって尋ねたの。そうしたらあなたは答えたわ。」
私が薫を見ると薫も私の方に顔を向け、少し微笑むと「何て言ったか覚えてる?」と尋ねてきた。正直に私はあまり覚えていないと答えた。「そう。」と薫は言うと再び話を続けた。
「くやしい。」
「え?」
「あなた悔しいって言ったの。」
「そんなこと言ったっけ?」
あまりに意外な言葉が出てきたため私は思わず聞き返してしまった。優しく微笑みながら薫はまた話を続けた。
「何であやちゃんがくやしいの?」
「だってくやしいんだもん。」
「負けたのは私だよ?」
「だってかおるちゃんいっぱい練習してたもん!」
薫が一人二役で続ける中私は(あぁ。そうだ。)と思い出したのだった。
「だってかおるちゃん…」
「いっぱいいっぱい練習して私とあそぶのもがまんしてたもん!」
薫が話している途中で私が割って入った。少し驚いた顔をした薫だったけどすぐに柔らかな表情に戻った。
「でも負けっちゃった…」
「…負けてないもん!かおるちゃんは負けてないもん!」
「…負けたの!私は負けたの!」
「負けてないもん!あんなに練習いっぱいしたから負けてないもん!」
二人とも立ち止まって見つめ合っていると何だかおかしくなって二人して笑っていた。
「フフッ、滅茶苦茶な理論を振りかざすあなたについ私もムキになって言い合いになったわ。」
「あはは、何で私あんなにムキになってたんだろうねー。」
「たぶん…」と薫が私より少しだけ空の方へ眼差しを向けて続けた。
「私が悔しいのを自分でも理解できていなかったんだと思う。行き場の無い気持ちにどう向き合っていいか分からなくって迷子になっていた私の代わりにあなたが悔しがってくれた。」
「流石に考えすぎじゃない?」と苦笑いをしながら言う私に「そうかもしれない。」と薫は相打った。
「だけど私は救われた。あなたと交わした言葉が、あなたと過ごしたあの時間が迷子になっていた私に帰る場所をくれたの。そうして今の私…。いいえ、私達の時間を紡いでくれたわ。」
じっと私を見る薫の顔は今までで一番優しさに溢れていた。何だか泣きそうになっている私に薫は少しだけ困った顔をしながら「感謝している。ありがとう。」と話を終えてまた前を向いて歩きだしたのだった。
「…あはは、なんか恥ずかしいな。」
私は薫の少し後ろを歩きながら必死に泣くのを我慢している。本当のところ全然我慢は出来ていないんだけど。
「きっと零音ちゃんも私と同じなんだと思う。理由は分からないけど心の中で迷子になっているんだわ。」
「うん。」
「でもあなたなら見つけてくれるんでしょう?あの日公園のベンチで一人泣いていた私を誰よりも早く見つけてくれた時のように。」
「…うん。」
「なら大丈夫。」と薫は振り返り微笑んだのだった。
「…ッーハァァァァァ。」
私は大きな大きな溜息を溢した。何故だか不機嫌になりそれを隠しきれない私をしり目に薫はいつもと同じ整った顔に戻っていた。
「ずるい。薫はずるいよ。」
「…え?」
予想外の言葉に面食らった薫は立ち止まった。
「あーあ。そうやっていろんな女の子を口説いてるんだ。」
「…突然何の話?」
「時々ラブレター貰ってるじゃん。そうやって気が付かないうちに色んな女の子を口説いては泣かせていたんだー。」
付き合いきれないといった具合に「ハァ…。」と薫は小さな溜息を吐いた。
私は「あははっ」と笑いながら「お返しー!」と精一杯に強がってみた。持つべきものは親友だなって心から思う。
(ありがとう。薫。)
直接伝えるには気恥ずかしさがどうしても勝ってしまう私は心の中でそう呟いたのだった。
なんでも言い合える幼馴染って大切ですよね。
僕にもそう言う友達がいるので少しだけ彼をモチーフにしてみました。
現実にいる人をモチーフにすると書きやすい気がする。反面引っ張られる感も否めないのであまり多用はしないようにしたい。