第20話 国東美音
久しぶりにクラスメイトの唯、七海、麗奈の登場です。
少し短めですが、よろしくお願いします。
【琴ノ葉学園】【3-A】
12時45分。午前の授業を終え、教室内は昼食を取りながら会話に花を咲かせる生徒達で賑わっていた。それはもちろん私たちのグループも同じであった。
「んでさ。今度のA.f.Tにセナが出るって情報がってさ!」
「A.f.T?」
「大会だよ大会!Aim for the Top。国内最大規模の大会なのよ!」
唯が七海に熱く語っている。以前から彼女はオンラインゲームが大好きで、動画配信サイトで有名プレイヤーの動画を見ては私たちに語り掛けた。私はゲーム自体をしないので、結果として少し知識のある七海が聞き手になることが多かった。
「そのセナさんて人は有名な人なの?」
「もちよ!めちゃくちゃ強いのに、どのクランにも属さないソロだったんだけどさ、今はバレットって人とデュオを組んでて、今度のA.f.Tに二人で出るらしいんだ!これはもうやばいって!!」
「そ、そうなんだ…。」
どんどん興奮を高める唯に、若干引き気味の七海。私の隣にいる麗奈は会話に入れないのか、お弁当を凝視していた。流石に七海がちょっと可哀想なので他の話題を振ってあげよう。
「大会は大切だけどさ。その前にやらなきゃいけない事あるんじゃない?」
「ん?やる事なんかあったっけ?」
「来週。月曜日に数学のテストだよ~。」
「は?…ははは。そんな事か…。」
唯は俯きつつ不気味に笑っている。一瞬動きが止まったかと思うと、バッと顔を上げて声高らかに言った。
「無問題!私たちには彩音がいる!!」
「えっ!?私!?」
「あったりまえじゃない!って事で週末あんたの家行くから勉強お・し・え・て。」
語尾にハートマークが付きそうな言い方で唯が言った。けれど週末は…。返事を返せずにいると察してくれたのか七海が声を掛けてくれた。
「彩音ちゃん。何か用事入ってるの?」
「うん。実はね…。」
私は零音の事を可能な限り話した。土曜日に再試験がある事。その後にも柔道の特訓がある事。最初は茶化し気味だった唯を含め、最後まで三人は聞いてくれていた。
「大変…ですね…。」
「あはは…。まぁちょっとね。だけど零音が頑張るなら私も頑張んないとね!」
「そっか…。そうなると…。あれ?やばくない?」
唯は冷や汗をかきながら、どんどん顔色が悪くなっていく。ふと隣を見ると七海も顔色が優れないようだった。
「七海!アタシに数学教えてくれ!」
「む、無理だよ~!私だって彩音ちゃんに教えてもらえなかったら半分取れるか怪しいもん!」
「半分も取れれば十分だろ!!アタシなんか赤点不可避なんだぞ!!」
「唯。今から勉強すればきっと赤点回避できるよ。」
「今更自分で頑張って赤点回避できるなら、とっくのとうにやってるわよ!」
「そうだ!薫さんに教えてもらおうよ!」
「薫!?…いや。それはダメだ…!あいつに頭を下げるのは…!アタシのプライドが許さない…!」
唯は以前から薫をライバル視している部分があった。事の発端は、二年生の時の体力テスト。吹奏楽部の走り込みで体力に自信のあった唯は、薫に負けてからと言うもの、様々な分野で勝負を挑んでは返り討ちにされていた。そのうちにこの四人で組むようになったのはいい思い出なのだけれど、依然としてライバル視は続いているようだ。当の薫は全く意識していないようだけれど。
「あ、あの…!」
頭を抱え悶える唯を見かねたのか、麗奈が声を掛けた。
「良かったら…なんですが。私が彩音さんの代わりに教えましょうか…?」
「麗奈ちゃん…!!」
「ちなみに麗奈の前回のテストの順位は…?」
唯だけではなく私と七海も麗奈に詰め寄る。成績は優秀そうだけれど実際のところはどうなのだろう?麗奈は目を逸らしながら呟くように話した。
「さ…。」
「「「さ…?」」」」
「三位…です。」
「マジ!?」
「麗奈ちゃんすごい!!」
「わぉ。私より上じゃん!」
それぞれに麗奈を称える。それが恥ずかしかったのか麗奈は顔を真っ赤にして少し俯いていた。
「七海!女神だ!女神がいるぞ!」
「麗奈ちゃんばんざーい!女神様ばんざーい!」
「私も今度、勉強教えてもらおうかな~。」
「…。」
騒ぐ二人を眺めながら呟くと、麗奈がこちらを見ているのに気が付いた。目が合うと、一瞬逸らすがもう一度こちらも見てゆっくりと話し始めた。
「あ…やねさん。」
「ん?何?」
「その…これくらいしかお手伝いできないですけど…。頑張ってください…!」
「…ありがと。麗奈。」
麗奈に感謝しつつ未だに騒がしい二人を落ち着かせて、残り僅かなお昼休みをこれ以上減らさぬようにお弁当に手を付けた。
【国東家】【零音の部屋】
17時11分。私は一人勉強机に向かい、黙々と数学の問題を解いていた。彩音さんが作ってくれたお手製のプリントには、今回のテスト範囲から選出された様々な類題が用意されている。一つ一つ解いていく。彩音さんから受けたアドバイス通り、もし分からない問題があれば跳ばす。ついつい考え込んでしまう私の癖を彩音さんは理解していたのだろう。とは言え、今のところ躓く問題はなかった。
「ふぅ…。」
帰宅してから今まで、ずっとプリントと睨めっこをしていた。流石に少し疲れたので、椅子にもたれ掛かり天井を仰ぐ。私以外誰もいない家には、静寂だけが居座っている。彩音さんは今日は寄るところがあるらしく、少し遅くなるとのことだった。天井を眺めながらプリントを手に取り、ルームライトで透かして見る。
「…あれ?」
気が付かなかったが、一枚目と二枚目のプリントでは字の大きさが少しだけ違う。他のプリントにも目を通してみると、この膨大な量のプリントはすべて手書きであることが分かった。
「綺麗な字…。」
思わず声が漏れた。てっきりパソコンで打ち込んだ文字だと思っていたので気にしなかったけれど、これが一文字ずつ手書きで書かれた物とは到底思えない。それほどに綺麗な字であった。それにしてもすごい量だ。
「…。」
今回の件だけではなく、出会った時からずっと彩音さんは私に親切にしてくれている。どうしてここまでしてくれるのだろうか…。思い当たる節がない私は時々不安になる。もし彩音さんに嫌われたら…。
「っ…。」
既に想像するだけで胸が痛くなった。それほどまでに私の中で彩音さんの存在が大きくなっている事をこの数日、身に染みて感じていた。もし私が彩音さんに何かしてあげられるとしたら何なのだろう?テストで点を取る事?柔道を続ける事?考えれば考えるほど国東零音と言う存在の大半が空虚であるように感じられた。
「…お腹減ったな。」
彩音さんの作った料理が食べたい。空腹と睡魔で朦朧とする意識の中で、私は確かにそう思った。
【SOMY】【本社一階喫茶店】
17時15分。私は弦さんに会うためにお母さんたちの会社へと来ていた。前日よりアポを取っていたため、社内の喫茶店へ入ると直ぐに弦さんと会う事が出来た。
「やぁ。彩音ちゃん。迷わず来れたかい?」
「はい!弦さん。忙しいのにお時間を取ってもらってありがとうございます。」
「構わないよ。大切な家族の頼みだからね。」
弦さんに促されて空いていた窓際の席に座った。間髪入れずに店員さんがお絞りとメニューを持ってきてくれたので、私はレモンティー、弦さんはコーヒーを注文した。店員さんは注文を繰り返すと、軽やかな足取りで厨房へと向かってゆっくりと歩いて行ったのだった。
「さて…。大方の予想は付いているけれど。今日はどういったお話かな。」
弦さんの声は少し強張っているように感じられた。
「零音と…。」
「零音と…?」
私は少し躊躇ったけれど、意を決し訊ねた。
「美音さんについてお話を聞かせていただけませんか。」
「…そうか。やはり美音の事か。」
弦さんは少し難しそうな顔をしている。私たちを沈黙が包む。すると先ほどの店員さんが飲み物を運んできてくれた。手元に置かれたティーカップを手に取ったところで弦さんはようやく口を開いた。
「美音はミルクティーが好きだったんだ。」
そう言うと弦さんは湯気の立つブラックコーヒーに口を付けた。私もレモンティーを一口。レモンのさわやかな香りと酸味が紅茶の上品な香りと喧嘩せず、お互いを引き立てていた。
「僕は昔からミルク系の物が苦手でね。小学校の時の給食の牛乳も毎日のように残していたんだ。」
どこか懐かしそうな、寂しそうな目で弦さんは続ける。
「そんな僕に、彼女…。美音は好き嫌いはダメだ!って言って無理やり飲ませられたりしたっけな。」
ハハっと弦さんは困ったように笑った。
「人一倍身体が弱いくせにいつも元気で、明るくて。皆の中心に彼女はいたんだ。」
「僕とは真逆だろ?」と弦さんは変わらず困ったような顔で笑っている。
「僕は彼女が苦手でね。腐れ縁で高校まで一緒だったんだ。だけど高校の卒業式の日、突然彼女から告白されてね。ずっと好きでしたって。」
「それで…。付き合ったんですか?」
「いや…。断ったよ。」
少し気まずそうに弦さんは窓の外を眺めている。
「眩しかったんだ。傍にいると目が眩む。僕なんかじゃ釣り合わないって思ってね。」
「それで…。どうなったんですか?」
「彼女は必死に泣くのを堪えていたんだ。驚いたよ。何せ彼女のそんな顔を見るのは初めてだったからね。」
コーヒーを一口啜ると弦さんは目を瞑った。そのまま思い出すように続けた。
「慌てた僕は彼女にひどい事を言ったんだ。」
「ひどい事?」
「あぁ。僕なんかより君にふさわしい人はいくらでもいるだろうって。…どれだけ彼女を傷つけたか。」
「…。」
「そうしたら言われたよ。私が好きなのはあなただけだって。」
弦さんは目を瞑ったまま、声色を変えることなく続ける。
「涙を流しながら、それでも必死に笑う彼女に、その場でもう一度告白されてね。気が付けば僕は彼女を抱きしめていたよ。」
気が付けば弦さんは目を開き、少し恥ずかしそうに俯きながらコーヒーを啜っていた。
「そこからはまぁ…その…健全な付き合いを経て、僕が就職してすぐに結婚したんだ。」
明らかに端折られた部分はとても気になるが、それはまた別の機会にしよう。
「そうして…。」
「あぁ。そうして零音が生まれたんだ。」
ついに零音の過去へと踏み込む。心音の間隔がどんどん短くなるのを感じながらも、私は弦さんの目を真っすぐに見つめた。
やはりクラスメイトの会話は書いててとても楽しいですね。
唯は喋りすぎるので少し抑えめに書いてます。
さてさて、次週は零音の過去編です。
よろしくお願いします。




