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国東零音は褒められたい  作者: KanaMe
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第01話 引越し

日常回です。

まだまだ動きはありませんが二人の関係が少し分かる回かな?

「ありがとうございました。」


 私は引っ越し業者さんのトラックに向かって軽く会釈をした。ブロロンっと重たい音を立てトラックのエンジンがかかる。車窓から引っ越し業者のお兄さんが軽く会釈を返してくれた。ゆっくり動き始めたトラックは次第にギアを上げ、気が付けば町の中へと姿を滲ませていった。


「いい天気だぁ。」


 春休みがつい先日始まったばかりの3月の終わり、晴天と呼んで差し支えないだろう空を見上げて私は陽光を手で遮りながら去年の春を思い返していた。


 去年の春を思い起こせば瞼の裏に浮かぶ景色がある。仄暗い公園。私を見つめるとても真剣な眼差し。空になったお弁当。


「すべてはあの日から始まったんだよね。」


 あの日は今日ほど見事な晴れではなかった、少し寒かったし。だけどとても穏やかで私にとって忘れられない日だ。






 あの日。お母さんに誘われて二人でうんと着飾って、たけのこご飯のおにぎりをメインに据えたお弁当を作り例年に比べてずいぶんと早起きさんの桜を見に行った。


 私はてっきりお母さんと二人で花見をするものだと思っていたのだが、たくさんの人で賑わう公園の片隅でお母さんは見知らぬ男の人の元へと私を案内した。


「君が彩音(あやね)さんだね。」


 私はぎこちない返事を返すとその男の人も少し困ったような笑みを返してくれた。状況を呑み込めないでいた私に少し頬を赤らめたお母さんが同じように困ったような笑みを受かべて話してくれた。


「紹介するわ。お母さんの恋人なの。」


 驚く私にお母さんは「私たち付き合っているの。」と恥ずかしさを隠せないのか目線を外しながら話してくれた。「混乱するよね。でも彩音さんにはちゃんとお話をしたくて。」と男の人が続けるが…。


(ゆずる)さんまず自己紹介をしなきゃ。」

「あぁ、いけない。ちゃんと練習していたのに。」


 といった具合に慌てふためく二人を見ていたら無性におかしくって「プフッ」と思わず笑ってしまったのだった。





 人だかりを避け少し開けた場所に腰を下ろした私たちは、いくら早起きとはいえまだ雨を降らすほどではない桜を遠目に二人分のお弁当を分け合いっこしつつお花見という名目の自己紹介を始めた。


 自己紹介をしていると何だかとても恥ずかしくて、でも嬉しくって私はついつい色んなことを聞いてしまう。そんな私に時々言葉を詰まらせつつも弦さんは答え続けてくれた。あっという間に時間は流れてあたりが暗くなるのと同時に冬の匂いが公園に漂い始めたところで、そろそろお開きということになった。


「ごちそうさまでした。話には聞いていたけど本当においしかったよ。」

「そうでしょ!彩音の料理は最高なの。」

「お母さん恥ずかしいからやめてよ。」


 お花見が終わるころにはすっかり私たちは打ち解けていた。


「もしよければまた作ってもらえると嬉しいな。」

「任せて任せて!ね!彩音!」

「はい。今度はちゃんと3人分作ってきますね。」


 私が答えると弦さんは少しばつの悪そうな顔をした。少し間が空いて「ごめんね。」と言った。


「出来る事なら5人分…いや6人分くらい用意してもらえるとすごく嬉しいんだけど。」


(えっ!?そんなに!?)


 驚く私に気が付いたのか慌てて弦さんは話を続ける。


「僕は今日くらいのお弁当で満足なんだけど…。実は僕にも娘がいてね…。歳は君より一つ下なんだけど、とにかく()()()()よく食べるんだ。」


 さっきの自己紹介では出てこなかった単語が出てきた。お子さんがいたのか。少し失礼かもしれないけど意外だった。なんというかそういう感じには思えなかったからだ。するとお母さんが「やっと会えるのね!」とうきうきしていた。どうやらお母さんもまだ会ったことが無いらしい。


「うん…今までは迷っていたけど、でもそろそろ決めないとね。」

「彩音さん。」


弦さんは先ほどまでの柔和な雰囲気から一転し真剣な眼差しを私に向けた。


「僕は(かなで)さんと本気でお付き合いをしています。そう遠くない未来同じ名前になって欲しいって考えている。だからね、彩音さんとももっと仲良くなりたいんだ。」


 とても真剣な眼差しだった。さっきまではどことなく頼りない印象だったけど今は違う。その眼差しからは覚悟が滲んでいることがまだまだ幼い私にも感じ取れた。


「きっと簡単なことじゃなくて、奏さんにも彩音さんにも、もちろん僕にもたくさん問題がある。だけどそれをこれから一つずつ解決していきたいんだ。」


 弦さんの眼差しはまっすぐに私の目を捉えていた。私はその眼差しから目を逸らさず、ただじっと見つめ返した。


「そしていつの日にか何も問題がなくなった時。その時には僕の家族になってほしい。」


 私はこの日を多分この先一生忘れないだろう。私には大好きなお父さんがいた。だけどもういない。この先もずっとそうだと思っていた。でも今私の目の前にいるこの人は、真剣な眼差しのこの人は、いつか…。


「…はい。」

「ありがとう。」


 気が付けば私は泣いていた。弦さんもお母さんも泣いていた。久しぶりに思いっきり泣いて何だかすっきりした私は次に会う約束をした後笑顔でお別れをしたのだった。


 思えばあの日から今日までの道は決まっていたのかもしれない。そんなことを思いながら私は新しい家の門戸を開いた。






 しかし引っ越し当日に両親ともども仕事とは全くツイていない。二人とも同じ会社の同じ部署で働いているのだがよく言えば仕事人、悪く言えば世捨て人。


(…ってそれは言いすぎか。)


 二人ともとても仕事に熱心なのはいいが熱中すると衣食住を丸々二日間放棄することもあるのだ。


(あれ?やっぱり世捨て人なんじゃ…。)


 最近は社運を賭けた大型プロジェクトの担当になったとかでこんな風に帰ってこれない日も往々にしてある。流石にもう慣れっこだった。気がかりなのは体調を崩さないかということだった。


「もう二人とも若くないんだぞ…」


 一人で呟きながらリビングで荷物を整理しているとガッターンと二階から大きな地弦きがした。慌てて二階へ上がると両親の部屋の前に積んでいたお仕事の資料やファイル等が入ったたくさんの段ボールが見るも無残に崩れていた。


「えっ、ちょっ、零音(れおん)ちゃん!?大丈夫!?」


 私の声に反応したのかもぞもぞと段ボールの山が動き始めた。一瞬動きが止まったかと思うと中からのっそりと巨大な影が起き上がった。


「…ごめんなさい…荷物を…運ぼうとして…」

「ううん、そんなことよりケガしてない?」


 私が周りをくるくると回ると「あっ…えっ…」と零音ちゃんは戸惑っていた。


「見たところケガはないみたいだけど…どこか痛いところとかない?」


 私の問いかけに零音ちゃんは俯きながら消えそうなくらいの小声で「大丈夫です。」と言った。「良かったぁ。」と私は胸を撫で下ろした。


「あ、あの…ここ…私が片づけます…」

「いいよいいよ、ここは私がやっておくから。」

「…でも私が散らかしてしまったし。」

「う~ん、でもほら私力無いし。零音ちゃんには私が運べない荷物運んでもらいたいな。」

「…はい…彩音さん。」


 そういうと零音ちゃんはばつが悪そうな顔をしたまま一階に降りて行った。「ハァ…。」思わず溜息がこぼれた。


 国東零音(くにさきれおん)。弦さんの娘であり私の義妹だ。あの日とても()()()娘さんがいるとは聞いたがまさかここまで大きいとは思わなかった。


 身長は弦さんよりも高く肩幅に至っては私の二倍近くはあるだろう。それもそのはずである。なぜなら彼女は小学生の時柔道の重量級で全国準優勝の成績を残しているのだ。とても輝かしい成績だ。


 ただ中学生になってからは伸び悩んでいるようで最近は目立った成績は残せていないようだった。そのことが起因してか実は先ほどの通りあまり私たちの間も上手くいっていなかったりする。


「仲良くなれるかな…」


 つい口からこぼれてしまった。仲良くなりたい。そう思うのだがなかなか上手くいかない。零音ちゃんと私の間には壁があるのだ。目には見えないけどとても分厚くて高い壁が。


 正確に言うと私だけではない。お母さんや弦さんにもだ。仲良くなりたいと思いつつ嫌われたくない一心でさっきのように距離を取ってしまう。今までも仲良くなるチャンスはあった。だけどいつもこんな感じで後退りをしてしまう。


(まるでヤマアラシのジレンマだ…。)


 私はいつか何かの本で読んだ言葉が頭に浮かんだ。お互いが傷つけあうことを恐れてちょうどいい距離を保ってしまう。


 一歩を踏み出す決心がつかなかった。お互いに普通とは少しだけ違う境遇で育った。だからこそ人一倍敏感な部分が心にあることを私は知っている。


 分かってしまうが故にこの一歩が零音ちゃんを傷つけてしまわないかと余計に決意を鈍らせた。


 しばらくして手が止まっていることに気が付いた私は自分に言い聞かせるように目の前の事に集中することにした。


「…よし!早く片づけ終わらせよう!」


 パンっ!っとほっぺに気合いを入れた直後ガッターンと今度は一階から地弦きが(こだま)した。引っ越しの片づけは長くなりそうだなと私は少し気が重くなったのだった。

二人はまだ他人。

この先の展開にご期待ください。

次回は幼馴染回です。

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