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国東零音は褒められたい  作者: KanaMe
13/32

第12話 夢中

今回は非常に視点の切り替えが多くなっています。

読みにくい点など多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

【律明大付属】【柔道部】


 17時00分。焔のような西日が道場の窓から差し込む。道場内に響く鈍い衝突音。柔道と呼ぶにはあまりにも乱暴な攻めに、南戸大輔はこの日初めて受けに徹する形になっていた。


「…誰だよ、アレ。」


 思わず溢した言葉。南戸大輔と対峙している相手。そう、国東零音はいつも仏頂面で楽しくなさそうで、勝っても負けても無表情。きっと柔道に対して()()何も感じないのだろうと思っていた。しかし、今、目の前で南戸大輔を圧倒している彼女は…。


「怖い…。」


 誰かが言った。いや、口に出さないだけで皆そう思っている。


「レオちん…。」

「…。」


 それは大和先輩たちも例外ではなく、アタシにも言えることであった…。


「国東…。」


 アタシの小さな呟きは、彼女の放った足払いの鈍い炸裂音にかき消されたのだった。






 正直に言うとガッカリした…で合っているのか?以前から知っている奴だった。姉ちゃんたちとも時々一緒に練習してたし。だから中学に入ってしばらく経った頃、久しぶりにこいつを見た時、誰だか分らなかったんだ。


 バコンッ!っと鈍い炸裂音と共に、じわりじわりと骨にまで響く激痛が左脛を襲う。もはやローキックと呼んで差し支えない足払いを受け、思わず動きを止めてしまいそうになる。しかし、止まれば最後。今のコイツは容赦なく畳みかけてくるだろう。痛みを堪え、俺は動き続けた。


(迷っている場合かよ…。)


 分かっている。そんな場合ではないのだ。コイツは()()だ。さっきまでのただの乱取りとは違う。これは()()だ。互いの維持と矜持のぶつかり合い。その土俵に俺は引きずり込まれた。


 コイツの放つ尋常ではない殺気に気圧され、浮足立った俺は今に至るまで、押され続けていた。だが、本気を出す訳にはいかない。階級どころか、何もかもが格下であるコイツに本気を出せば、最悪の場合ケガでは済まされない。


 距離を取るため、俺の襟を掴んでいる国東の右手を解こうとした。しかし、国東は自分から手を離すと強引に左袖だけを取り、無理やり大外刈(おおそとが)りを掛けてきた。当然そんな技では俺を倒すことは出来ない。俺は冷静に大外刈りをいなす。が、そのまま背を向けると俺の左腕を脇に絞め、身体ごと回転し、強引に技を掛けに来た。


外巻込(そとまきこみ)!?強引すぎる!」

「危ない!!」


 外野がワーワーと叫んでいる。確かに捨て身技である外巻込は一歩間違えば大けがに繋がる危険な技だ。だけどこれは()()だ。コイツは今まさに真剣勝負をしている。だったら迷わず使うべきだ。


 ポイントにはならないと察知したのだろう。完全に崩れ落ちる前に寝技に持ち込もうとしてきた国東から何とか逃れると、武本先生の待てが掛かった。


「…そうだよな。これは真剣勝負なんだよな。」


 呟きつつ始めの位置に戻り、正面の国東を見ると、今にも崩れそうなほどの疲労が伺える。あれだけの長時間、俺と本気で乱取りをしたんだ。立っているだけで辛いだろう。しかし、その目には鈍く、朦朧としてはいるものの、殺気が滲んでいるのを感じる。


 先ほどの急激な変化に気圧されもした。その理由はよく分らん。だけど、柔道家としてコイツは本気で俺に挑んできている。それだけは確かだ。


「はじめッ!!」


 再開の号令が掛かる。俺の雰囲気が変わったのを感じたのだろう。先程のように国東は飛び掛かっては来ず、腰を落とし、こちらの出方を伺っている。俺は深呼吸をして、息を整えた。


「悪かったな国東。ここからは本気(マジ)だ。」


 そう言うと俺は前髪をかき上げた。






 信じ難い事が僕の目の前で起こっていた。いや、予感はあった。けれどまさか本当にこうなるとは…。


「…先生。…南戸君。…ほ、本気…ですよね?」


 隣にいた森川は震える声を必死に絞り出し、訊ねてきた。答えようとするも声が出ない。気が付けば僕の身体は全身が緊張し、冷や汗が滲み出ていた。周りを見渡せばここにいる全員、目の前で起こっているあり得るはずもない光景に目を奪われ、まるで魂でも奪われたかの如く見入っていた。


「…あぁ。間違いなくアレは南戸の本気だ。」


 何とか答える。しかし森川からの返答はなく、また僕もそれ以上の言葉を紡ぐことは出来なかった。







 南戸が本気になった。その瞬間、道場内にいた全員が息を呑んだ。殺気。ただただ純粋な殺気。試合ですら滅多に拝めない南戸の本気。まるで首元に日本刀の切っ先を突き立てられているかのような緊張感。息をする事すら躊躇われるほど、アタシに向けられていない殺気ですら、これだけの緊張感を生む。それなのに…。


(なんで…。なんで攻める事が出来るんだよ…。)


 国東は南戸の殺気を一身に受けながら、攻め続ける。南戸の本気の攻めを受けながらも、尚も攻め続ける。止まる事を知らず、まるで壊れてしまったおもちゃのように、国東は攻め続けた。南戸もまた、国東の技に怯む事無く、攻め続ける。


 お互いが全力で攻め合う。一見すれば好勝負と言えるだろう。しかし、アタシの勘が告げる。このままだと危ない。最悪の場合、どちらかの選手生命が絶たれてしまうかもしれない。そんな不安がどんどんと押し寄せる。


(…動け。…動けよ。…ビビってんじゃねぇぞ。)


 この試合は止めなくちゃいけない。しかし、分かっていても身体が動かない。足がコンクリートで埋められてしまったかのように動かないのだ。理由は明白だった。あの二人の間に入ることが…怖かったからだ。


 アタシの葛藤の最中、ついに均衡が崩れ始める。


 国東が押され始めた。無理もないだろう。あれだけ長時間の練習の後に、本気の南戸と試合をしているのだ。限界なんてとっくに過ぎていておかしくはない。百戦錬磨の南戸と()()()()()()の国東とでは、そもそも勝負になっている今までが異常なのだ。


 嫌な予感が加速する。国東も必死に抵抗するが、南戸の激流のような圧力の前には、成す術がない。留まることを知らない南戸の技の嵐を前に、ついに国東は片膝をついた。その機を逃す訳もなく、南戸は流れるように寝技を仕掛ける。抵抗も虚しく、南戸は()()()()へと移行した。


「腕ひしぎ…!」


 腕ひしぎ十字固め。関節技と言えば誰もが想像するであろうこの技は、極まってしまうと絶対に抜け出せない。折れるか参ったか、その二択である。つまりは国東の詰みだ。先程までの異常な殺気を放ったまま折ってしまうのではないかと危惧したけれど、腕ひしぎを極めた直後、南戸はいつもの雰囲気に戻っていた。しかし、場内の空気は一向に軽くならない。


「…おい。」


 そう言うと南戸がまた険しい顔つきになる。既に十分に決まっているであろう腕ひしぎを一向に緩めようとしない。どころかギリッギリッと尚も力を籠める。


「ま、まて南戸!国東の腕が…!」


 アタシは叫ぶのを途中でやめてしまった。()()を見てしまったからだ。アタシは全身の血の気が引くのを感じた。


「なんで…なんで笑ってんだよ…。」


 国東は笑っていたのだ。関節の極まっている腕を無理やりに引き抜こうとしながら、彼女はただ、楽しそうに笑っていたのだった。


「本気かよ…。折れちまうぞ…。」


 南戸の声に耳を貸さず、腕を引き抜こうとする。既に勝負がついたものとして止めてもいい頃合いなのに、一向に待てが掛からない。南戸も必死の形相で審判である武本先生を見る。しかし、武本先生は何かに魅入られてしまったかのように、その場から動こうとしなかった。


 いや、アタシだって動けない。きっと当事者である国東と南戸以外、全員が国東の放つ異様な空気に魅入られて動けなくなっていた。


 ミシッミシッと関節を締め上げる耳障りの悪い音が聞こえる。それなのにアタシは止めることも、目を背ける事すらできない。南戸と国東の表情はお互いの立場とは真逆の相貌だ。


(ダメだ…折れる…。)


 誰もがそう思った。すると、いつの間にか二人の隣に一人佇む人がいた。


「そこまで。レオちんの負けだよ。」

「…。」


 しゃがみ込んだ倉敷先輩は国東に顔を近づけ、優しく微笑みながら言った。きょとんとした表情の国東だったが、少しして状況が飲み込めたのか、小さく頷くと身体から力を抜いた。それを感じたのか南戸も力を抜く。二人の放っていた殺気が消えていくのを感じたアタシは、久しぶりに息を吸ったかのように大きな溜息をした。


「ハァ…ハァ…ったく…。」

「南戸君もお疲れ様~。長い間ありがとうね~。」


 倉敷先輩は南戸の近くに移動すると、顔を覗き込みながらそう言った。やっと終わったのか。なんだか疲れたアタシは、国東に駆け寄る森川を眺めながらその場に座り込んだ。


「国東さん!国東さん!」


 森川が叫んでいる。ただ事ではない様子だ。先生を呼ぶ森川。駆け寄る先生。先程とはまた違う、重い空気が再び柔道場を飲み込んだ。




【駅】


 17時46分。大ちゃんから連絡を受けた私はPetit amourから飛び出して電車に乗り、零音ちゃんの学校へと向かっていた。なんとか電車に乗れた私は、スマホで道順を確認する。律明大付属中学校の最寄り駅まではしばらくかかる。私は深呼吸をして、騒ぐ胸を落ち着かせた。


 相変わらず鼓動の間隔は早いままだけど、頭は少しだけ落ち着きを取り戻した。慌てて飛び出したため、大ちゃんへの返事もしていなかったのを思い出し、再びスマホのメッセージアプリを開く。


『あや姉。悪い。妹の国東零音と練習試合をすることになって、本気出しちまった。ケガはないと思うけど、倒れちまって今は保健室で様子を見てる状態だ。ホントにごめん。』

『返事遅くなってごめん!零音ちゃんまだ起きない?今そっちに向かってるから!連絡ありがとう。』


 精一杯に平静を装う。が、送った後で確認してみるとこれはひどい。我ながらもう少し気の利いた返事は出来ないものかと少し呆れてしまう。そんな事を考えていると大ちゃんから返事が返ってきた。


『国東はまだ目を覚ましてない。本当にごめん。』

『そっか。ありがとう!練習だったんでしょ?大ちゃんは何も気にしなくていいからね!』


 大ちゃんは相当気にしている様子だ。無理もないだろう。それにしても…。


(女の子と男の子って一緒に練習するものなのかな…?というか試合…?)


 気になることは多々あれど、大ちゃんにこれ以上聞くのは気が引けた。今はとにかく律明大付属中学校へ向かわない事には始まらない。私は再度、道順を確認し直した。




【律明大付属】【柔道部】【準備室】


 17時51分。誰もいなくなった柔道場の準備室で一人、僕はスマホに語り掛けていた。


「…はい。…はい。本当に申し訳ありませんでした。私の監督責任です。…はい。…お姉さんが?…はい。分かりました。この度は本当に申し訳ありませんでした。失礼します。」


 電話の相手は国東の親御さんだ。事の経緯などを説明し陳謝すると、かなり焦った声色が伺えた。だが少しの間保留になり、再度繋がると冷静さを取り戻した声色に戻っていた。お父さんの話によると、今どうしても動けないようで、自分たちの代わりに国東の姉がこちらに向かっているようだ。以前より話には聞いていたが、会うのは初めてであった。


「先生。国東の家族にはつながりましたか?」


 振り返ると大和が佇んでいた。


「ああ。ご両親は仕事で身動きが取れないみたいでな。代わりにお姉さんがこちらに向かっているようだ。」

「そうですか。」

「国東はどうだ?」

「まだ気を失ったままです。」

「…そうか。」


 沈黙。だが大和は鋭い目つきでこちらを見据えている。


「先生。」

「…どうした?」

「何故、国東と南戸に試合をさせたんですか。」


 当然と言えば当然の疑問だろう。大和は相変わらず鋭い目付きでこちらを見据えている。


「…国東の本気を見てみたかった。と言うのが正しいのかな。」

「国東の本気?」

「ああ。大和。君も見ただろう。彼女の本気を。」


 少しの沈黙の後大和は答えた。


「私には喚き散らしているようにしか見えませんでした。」


 大和は声色を変えず続ける。


「あんなもの国東の本気じゃない。あいつはもっと強い。私はそう思います。」

「あれで本気じゃない…?本当にそう思うのか?」

「はい。」


 本気じゃない…?ある種人間離れしたあの状態の国東が本気じゃない…?柔道界の至宝とまで言われる南戸と互角にやり合ったのに…?困惑する僕に大和は続けた。


「先生。」

「…なんだ?」

「国東がああなったのは、先生が何かしたからじゃないんですか?」

「…何か、とは?」

「国東に何か耳打ちをしましたよね?」


 流石と言うかなんというか。これは言い逃れできないと察した僕は観念することにした。


「…いいか大和。ここから先は国東の過去に踏み入ることになる。」

「…。」

「誰よりもこの柔道部を愛している君だからこそ話す。どうか、心して聞いてほしい。」

「…分かりました。」


 それから僕は、僕の知る限りの国東の過去と、国東にとって全力を引き出すための鍵、あるいはトラウマを蘇らせてしまうかもしれない言葉。どちらにせよファクターである人物について、大和にすべてを話した。


「…先生はそれを分かっていて…国東の全力を見ようとしたんですか。」

「…あぁ。」


 大和の声は少し震えていた。


「…謝ってください。」


 それはきっと同情でも憐憫でもなく。


「国東に謝ってください。」


 同じ柔道家としての純粋な怒りだったのだろう。


「…あぁ。そうだな。ちゃんと謝るよ。」


 痛いほどの視線を感じながら、僕は彼女と目を合わせることは出来なかった。




【???】


(ああ…。またここに来てしまった。)


 いつもそうだった。悲しい事。辛い事。そういった嫌な事があると私は決まってこの場所に逃げ込む。独特の薬のにおいが充満する部屋。やせ細った腕から何本も管が機械に繋がれている。その手を取り泣き崩れる男性。その隣で壊れそうなほどに泣きじゃくる…。幼い私。


(…ひどい顔。)


 幼き日の私は、いつ見てもひどい顔で泣いているのだった。そんな私の頬へ、やせ細った手が添えられる。すると、私はもっと醜い顔になりながら、涙を堪えるのだった。


(もう何度目だろう…)


 あの日から今日まで、何度繰り返して見たか分からない光景。最愛の母との最期の時。他にもたくさん思い出があるはずなのに、思い出すのはこの光景だけだった。母が最期に口にした言葉。いつもこの言葉を聞くとここから追い出される。私はそろそろかと、瞼を閉じた。しかし、今日は何か様子がおかしい。


(…あれ?)


 追い出される時はいつも目の前が真っ暗になるのに、まだ瞼の外は明るいままだ。


「…オン。レオン。目を開けて。」


 優しい声がする。心の脆いところを撫でられるような、苦しいけど懐かしい声。その声の通り私は目を開く。


「レオン。お母さんね。実はレオンに隠していたことがあるの。」


(これ…は…。)


 今までどうしても思い出せなかったあの日の続きが、何の前触れもなく始まったのだった。

今回は試験的に(?)視点の切り替えを多く入れてみました。

恥ずかしながら普段ノベルゲームはやるのですが、小説はあまり読まないもので、視点の切り替えを使っていいのかすら分からない手探り状態だったりします。

もし読みにくい!あるいは、分かりやすい!などコメントを頂けるとありがたいです。

さて、絶賛しんどい内容が続いておりますが、次回もしんどいです!

文章量も少なく表現する技量なんて、まだまだ持ち合わせていないのでどんどん増えてます!(助けて!

それでも、一度命を吹き込んだ彼女たちの言葉や行動を無意味にしたくない。

そして何より、これは僕が読みたいから書き始めた小説なので、責任をもって書き切ろうと思います。

どうぞ次回もよろしくお願いします!

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