イノリ Ⅰ
異能力、それはこの世界においてたまたま出来た産物。超能力や魔術の類いと似て異なる力…。
これは、そんな異能力という力を取り巻くとある世界の話である。
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「イノリ、イノリ」
大人と子どもが入り交じったような、美しくも可愛いらしい声に起こされた。
「ちょっとぉ…わたしよりも寝るってどういうことですかぁ?」
薄く瞼を開けば、隣には全裸の主人の姿を発見する。
「やぁっと起きましたね?もう、君が昨日から明日は会議がーって散々言う割には君のほうが遅いってどういうことですかぁ?」
大人びた顔をしているが、よく見れば少女のようにも見える風貌。何時もならバレッタで纏められている栗色の髪の毛は寝起き故か無造作に流れている。先程まで全裸であったが、隣でいそいそと着替え始めていた。
そんな様子をぼんやりと眺めていれば、一向に動かない自分に腹をたてたのかばしばしと胸板を叩かれる。
目覚めたばかりの億劫さで、主人であり幼なじみの顔を眺めつつ、緩慢な動きでベッドから下りた男、鳴海イノリは欠伸をついた。
「リン、お前なぁ…。今回たまたま早かっただけだろ?何時もなら俺が起こしてんのに…」
「たまたま、とはいえわたしが早かったのは事実ですよイノリ」
主人であり幼なじみ、水城リンは上着を着ながらニヤリと笑った。
「それがたまたまじゃなくて、いつもになれば俺達も気が楽になるんだがな…」
「主人を起こせるという素晴らしい仕事が出来るじゃないですか。わたしは言わば出来る部下のために仕事を提供している出来るオンナですよ?ふふん」
「本当に出来るオンナなら日常生活くらい自分でなんとかしろよな…」
20を過ぎた女が早起き出来ないのはどうかと思うんだが、とイノリはそっと悪態をついた。
「あ、イノリ。そこにあるバレッタとって下さい」
「おま…それくらい自分で取りにいけよ…。大した距離じゃねぇだろ」
そう言いながらも、ごねればごねるほどリンの機嫌が悪くなるのは目に見えている。こういった行為ですら彼女は人にやらせたがる。我儘と言えば可愛いがそれにずっと付き合わされる身にもなると飽き飽きするのが現状だ。
はぁ、とため息をこぼし目線の先にあるバレッタを指さし、念じる。すると、まるでそこだけ磁場が発生したかのようにバレッタがふわりと宙に浮く。そのまま指を滑らせてリンの近くに落とした。
それを見て、リンは得意げに笑う。
「君の異能力、所帯染みてて好きですよ」
「お前がそうさせてるだけだろうが、リン」
先程イノリが使った力は、異能力と呼ばれる不思議な力だ。何故こういう力があるのか詳しい解明はそこまで進んでいないが遺伝子組み換えが関わっていることだけは分かっている。
元々この世界は普通の世界だった。だが、文明の発達が進むにつれ不思議な力を宿す人間や獣が徐々に現れ始めたのだ。そして、気がついたらそれを宿すのが当たり前の世界になった。この2人はそんな世界に産まれた生粋の異能力者である。
そしてそんな異能力者を管理するのが序列システムであり、月に一度行われる絶対会議なのだ。
「わたしは君よりも序列が高いですからねぇ~。下は上に従う。当然の摂理です」
「お前なぁ…。その傲慢な考え方は何時か刺されても知らないからな」
その時は、君が守ってくれるんでしょう?とリンは続けた。そんな応酬をしていればいつの間にか身支度は終わったようで、最後に肩にローブや羽織に近いものを掛けてやれば完成だ。リンは鏡の前でおかしいところはないか念入りにチェックしていた。
「ほら、さっさと行くぞ。お前を待っているんだ」
「んー、そうなんですけどぉ…。まぁ大丈夫ですかね。さ、行きますよ」
「お前が仕切るのかよ…」
「そりゃそうです。もぅ、イノリはイマイチ覇気がないですねぇ。あ、わたしが気合いを注入しましょうか?…んーっ」
「それは昨日で間に合ってる…」
キスをかまそうとする主人を腕力で退けると、リンは残念そうに離れた。
「他の人なら喜ぶのに…」
「仕事のスイッチ入ったからまた後でな」
ぽんぽんとリンを頭を叩けば、子ども扱いしないで下さいと言わんばかりに拗ね、やや乱れた髪を整えてる。
ふぅ、と息をついて呼吸を整えてれば、そこにいたのは主人の顔をしたリンだ。
「さて、今回も張り切って会議いきましょうか?」
「あぁ。素敵な会議の始まりだな」
イノリの言葉に僅かに笑いを零して、部屋のドアをあけた。そこには既に待機していた幹部達が待っていた。彼らの言葉にひらひらと手をふりながら答え、水城リンと鳴海イノリ…序列4位と序列14位は歩き始めた。
お読みいただきありがとうございます。
桔梗館剥製室は、中の人が二人の為、緩やか更新の予定です。
(主にリン・イノリ視点は灰音、ウツメ・フセは近江蒐)
お楽しみいただけると幸いです。