輪廻転生~永久に終われない彼の物語~
鬱展開やグロいシーンがあるので笑いを求めている方や食事中方にはおススメしないです。
ある日、とある男子学生が自殺した。
理由は生きるのが面倒だから。
怠惰を極めていた彼は常日頃、「生きるのがメンドイ……」と言っていたし、事実、遺書らしき紙にも「色々面倒になったから。身勝手でゴメン」という二文が書かれていた。
否、その二文しかなかった。
彼は勉強するのが、運動するのが、就職するのが、将来のことを考えるのが、学校に行くのが、布団から出るのが……生きるのが面倒だった。
ただただ寝てたかったし、仕事や学業に囚われず、寝て起きてテレビを見て飽きたらまた寝る……そんな感じのボーッとした生き方をするのが彼の望みだった。
しかし、そんな生活が現代日本において認められる筈もなく、彼は「仕方ない……生きるか……」と惰性で生きていた。
毎日のように「やっぱり働くのメンドイなー……死にたいなー……」と思いながら学校に行き、学生らしく騒ぐ友人達の後ろで「人が集まるだけでも人間関係とか色々面倒なのに仕事か……やりたいこともないしなー……」と悩むのが日課だった。
そんなある日、彼は思ってしまった。
「……うん。やっぱ死のう。働くのもメンドイし、人と話すのもメンドイ。てか死んだ後のことを考えるのもメンドイ。あ、でも遺書書くのもメンドイなー……」
と。
内心、「痛いのが嫌だからって言っても……自殺の準備もメンドイなー……」とは思ったものの、そう決めてしまった彼の動きは早かった。
誰しもが躊躇う筈の自殺も入念に準備し、実行する時期も即座に決めた。
「決行は冬だな……ただでさえ死体の処理やら葬式やらで面倒そうだし、腐るのはなー……いやー……メンドイなー…………」
家族や友人、知人達のこと等一切考えなかった。あるのは「メンドイ」という怠惰な感情のみ。
そして、彼は自殺した――
――筈だった。
(……? どこだここ? 自殺した気がするけど……)
大量の睡眠薬を飲んで死んだ筈の彼だったが、驚くべきことに目を覚ましたのだ。
疑問を覚え、目を開けてみれば今時珍しい木造の天井。辺りを見渡せば木造の机や椅子で貧相な食事をとっている男女が居るではないか。
(んー……? ……まあ良いか。考えるのメンドイし。寝よ……)
普通ならばありえない思考なのだが、彼は普通ではなかった。
死ぬ直前に言った台詞も「……水と薬をいっぱい飲まなきゃいけないのってメンドイな」だけであり、死ぬことへの躊躇いがなかったり、その他のことを一切考えない程度には変わっていた彼だ。彼にとって見知らぬ部屋や見知らぬ夫婦らしき男女、何故か思い通りに動かない体はどうでも良かった。
そして、再び目を覚まし、状況を確認した。
それを終えた彼の思考はこうである。
(うわー……転生ってやつじゃん……死にたいから自殺したのに……また生きなきゃいけないのかー……メンドイなー…………)
そう。彼は転生していた。
彼の体は赤ん坊になっており、先程の男女の恐らく己の母であろう女性に乳を飲まされていたのだ。
(うわー……体が出来上がってないからか動けないし、自殺出来ない……出来る年に育たなきゃいけないじゃん……クソメンドイ……)
こうして、第二の人生を歩み始めた彼だったが、二ヶ月もしない内に彼は死んだ。
理由は魔物に襲われたから。
彼が転生したのは地球ではなく、ドラゴンやゴブリン等の魔物が跋扈する剣と魔法のファンタジー世界。イクスという、彼からすれば異世界だったのだ。
それを知らなかった彼は(ん? ……うわー、母さんと父さんらしき人が熊みたいな化け物に食われてる……グロいなー…………ん? あ、次は僕ですか? そうですよね、お腹空いてますもんね、しょうがn……)という思考の途中でガブリと食い殺され、魔物の腹の中へ旅立った。
次に目を覚ました時、彼は二ヶ月前と同じような風景を見ていた。
即ち、木造の天井と机と椅子、貧相な食事をとる男女である。
(………………。おいまたかー……何回転生すんだよー……メンドイなーもう……早く死なせてくれよー……)
怒るのがメンドイという理由で滅多に怒ることのない彼だったが珍しく怒った。「ちょっと理不尽過ぎない?」と。
無論、普通なら体験しないであろう輪廻転生と生きたまま食われるという出来事をちょっとの一言では済ませられないのだが、彼にとって永遠の安寧が最優先のようで己の境遇など二の次だった。
その後もやはり魔物に襲われて死に、赤ん坊からやり直してまた魔物に食われ……を繰り返した。
死んで生き返って死んで生き返ってを繰り返すある日、彼は自分に【輪廻転生】という固有の能力が備わっていることに気付いた。
(何か毎回両親が違うなー……流行ってた死に戻りとは違うのか……?)と思った彼は異世界ならテンプレだろうと、「ステータスオープン」という言葉を心の中で念じたのである。
それが功を成し、己の能力であろう色々な数値やスキルを見ることが出来たのだ。同じくテンプレである鑑定スキルがあったので、それでスキルの詳細などを見ていった。
そして、明らかにこれが何度も転生を繰り返す原因だろうと思われる【輪廻転生】と書かれた部分を鑑定した。
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固有スキル【輪廻転生】lv1
死ぬと転生する。所持者が死亡した際に発動し、転生する体にこのスキルと所持者の魂が付与される。
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(スキルを付与? ってことは……えっ……まさか転生してもこの能力付いてくるの……!?)
イクスでは一般的に固有スキルと呼ばれる特別なそれだったが、彼からすれば「永久に死ねないとか地獄かな?」の一言に尽きる。
発動条件も己の死のみ。どうしろと? と思ってしまったのも無理はない。
生きるのが面倒で自殺した彼に永久に生き続けなければならないという力が備わったとは何という皮肉だろうか?
(……永遠の命が望みかって……? 望んでないよバカぁ……!)
その事実に気付いた彼はショックで食べ物を喉に詰まらせて死んだ。
生後間もない赤ん坊の体には大きすぎる絶望だったらしい。
かくして、死んでも死んでも別の人生が待ち受けるという彼にとって地獄のような毎日が始まった。
ある時は5歳児まで生きて死に、ある時は20歳になる直前で死んだ。
死に方によっては終われるんじゃないかと考え、多種多様な死に方をしてみたり、彼にとって苦痛以外の何物でもなかったが逆に必死に生き足掻き、老衰で死んだこともあった。
が、無事(?)転生し、どうあっても終われないことが発覚した。
「……そういえばオークに犯されそうになったこともあったっけ」
「……えっ、急にどうしたの?」
彼は元々男だったとはいえ、繰り返される転生には何の関係のないことだ。
当然、女性として生まれることもあり、人間の女性を襲い孕ませることで有名なオークに囲まれて自害したこともあった。
面倒なことに騎士の家に生まれてしまい、女騎士として鍛え上げられていた彼だったが、もうどうしようもない事態だということに気が付くと、「くっ、殺せ!」と叫んでから、喉をかっ切って転生した。
急に叫んだと思ったら盛大な自殺である。
その姿には仲間どころかオークも固まった。
何故そんなことを叫んだのかというと、一度で良いから言ってみたかったらしい。
現在ははただの村娘として生きており、友人の一人と駄弁っている最中だった。
(何回やり直そうと僕は男だからなー……野郎どころか魔物になんか犯されたくないっつーの……)
しかし、その後彼は両親に決められた許嫁と結婚し、二児の母となった。
「……うわー……………………しかも案外悪くないというのが…………」
「え? 何か言ったかい?」
「あ、気にしない方が良いよ旦那さん。その子、昔っから変な独り言言うときあるから。普段はボーッとしてるだけで良い子なんだけどね~……」
恐ろしいことに気付いたら夫が居て、気付いたら愛しくなっていて、気付いたら子供まで出来ていたことに複雑な気持ちになった。
それでも、何度も転生を繰り返したせいか、日本に居た頃よりは死にたいという願望が薄れ、それなりに平和な毎日を送っていたが、やはり魔物に襲われて死んだ。
(…………また平民か。あの人……のことも心配だけど、あの子達は大丈夫かな。……いや、家に居た僕が襲われたんだ。望みは薄いか……)
そんな人生もあれば、逆に親だけが死んでしまう人生、子供だけが死んでしまう人生、友人だけが死んでしまう人生もあった。
魔物が居るイクスでは平民が魔物に襲われて死亡するのは極々自然のことだったが、彼からすると、それも複雑だったようだ。
生きるのが面倒、という普通ならば考えられない理由で自殺したのだ。
魔物に襲われたのとは違い、仕方がないでは済ませられない。
彼は逆の立場になって漸く自殺してしまったことを後悔した。
死んだ理由は違うとはいえ、残される側の気持ちを理解したのである。
そんな彼だが何度転生してもイクスの平民や騎士にしかなれず、平和な地球でやり直すことは一度もなかった。
どうやら【輪廻転生】はイクス限定で転生を繰り返す能力らしい。
(………………よし。今度は冒険者になろう。もうあんな思いはしたくない……メンドイけど、大切な人が死ぬよりはよっぽどマシだ……)
様々な人生を歩んできた彼は決意した。
魔物を討伐する冒険者になり、大切な人を失わないようにしようと。
しかし、生きとし生ける者の大半が平民のイクスで何度転生しようと、冒険者としての力を表せるかというと別の話。
彼は転生者ではあったが、彼自身には【輪廻転生】以外のチートが備わっていなかったのである。
故に何度か雑魚魔物に殺されることもあった。
運良く才能溢れる体に転生し、冒険者として名を馳せてハーレムを形成することもあったが、人類の敵と称される人と魔物が混ざった人系種族、魔族として生まれ変わってしまい、前世の自分の息子に殺されるという数奇な人生を送ったこともあった。
(せめて人族だけにしてくれよー……)
イクスには人族、人と獣が混ざった獣人族、人と魔物が混ざった魔族が存在する。
殆どの生き物が人族であり、平民なのだが、稀に騎士や貴族として生まれることもあれば、獣人族や魔族として生まれることもあった。
その為、前世の子孫と相対することもあったのである。
子孫からすれば「僕はお前のお父さんだ」、「君は僕の孫なんだ」といったような、世迷い言に近いそれを信じる筈もなく、彼も「そうだよね―……」と、半ば諦めていたので潔く首を差し出したこともあった。
また極稀にだが、赤ん坊からだけではなく、ある程度育ってから転生することもあった。
恐らく、何らかの衝撃や何かの弾みで、ふとした瞬間に『僕は【輪廻転生】持ちの転生人間だった』と思い出すのだと思われるが詳細はわからなかった。
そして、それを何度か繰り返してから思った。
(あれ? もしかして【輪廻転生】って……僕の魂が乗っ取るような形で発動してる?)
実際、思い出す形で転生する際は元々の人格と混ざって今の彼が形成されるような感覚があったので、その仮説は当たっているのだろう。
(ってなると……僕は転生する度に人を一人殺してる……のか? うーん……傍迷惑な存在だなー僕……)
厳密に言うと、元々の人格達は彼が体に移った瞬間、彼を核として統合されるので、死んでいるのとは少し違うのだが人の死について複雑な思いを重ねる彼からすれば殺してるのと同義。
しかし、そうは言ってもどうしようもない話なので、出来るだけ死なないようにし、転生したら幸せに生きることを目標にして生きた。
転生を繰り返し、千年に届くのではないかと思えるほど生きたある時、あることに気が付いた。
ステータスの【輪廻転生】を何気なく鑑定した時のことだ。
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固有スキル【輪廻転生】lv2
死ぬと転生する。所持者が死亡した際に発動し、転生する体にこのスキルと所持者の魂が付与される。
<同時付与>
・過去の記憶
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他のスキルや数値は当然転生する度に変わっていたのだが、引き継がれる【輪廻転生】だけはこうしてレベルが上がることがあった。
スキルというのはレベルが上がると何かしらの+補正が働くものなのだが、この【輪廻転生】は<同時付与>というよくわからない能力が追加されたようだった。
「同時付与? 今までの記憶を転生先に全て付与するってことかな。……今までと何が違うんだろう?」
lv2の時点では何も違いはなかった。
その後、また何百年、数千年と転生を繰り返した時に決定的な違いが現れた。
「あれ? またレベルが上がってるな。……50歳も生きられれば長生きって言われるこの世界で数千年規模の転生を続けないとレベルが上がらないとかどんだ……けっ!?」
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固有スキル【輪廻転生】lv3
死ぬと転生する。所持者が死亡した際に発動し、転生する体にこのスキルと所持者の魂が付与される。
<同時付与>
・過去の記憶
・過去の所持スキル
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他は一切変わっていなかったが、<同時付与>の部分に『過去の所持スキル』と追加されていたのだ。
「つまり僕が持つスキルは次の転生先にも引き継がれるってこと……か? ……ち、チート過ぎる」
幾ら価値観や倫理観が変わったとて、死ねば死ぬほど強くなるのに等しいその力を手に入れても彼の目的は変わらなかった。
転生先で出会った大切だと思える人を守り、幸せに暮らすこと。
それが人格を乗っ取ってしまう彼に出来る最大限の贖罪だったのだ。
その力を手に入れるまでの人生で得たスキルは反映されないようで次の転生先から発動するものだったが、彼の転生人生は劇的に変わった。
異世界イクスに存在するあらゆる生物は一様にステータスを持っており、それを見ればどのようなことに向いているか、どのようなスキルを持っているかがわかる。
そして、人系種族ならばもう一つ必ず持っているものがあった。
それは職業。仕事という意味ではなく、個々が持つ才能を言語化したもの。それがステータスに現れる職業だ。
例えば剣士。剣の才能に溢れ、腕力や脚力が上昇しやすくなる。
例えば魔法使い。魔法の才能に溢れ、魔力や魔法の扱い方が上達しやすくなる。
といったものである。
彼は転生した際、必ず最初に確認するのが職業だった。
ステータスの数値や持っているスキルは職業に左右されるからだ。
それによって、どう生きれば幸せに生きられるかを考え、実行するのだ。
しかし、今までのスキルも転生先に継承されるようになった今では職業に関わらず、好きに生きられるようになった。
今までの人生で魔法使いになることが多ければ、魔法使いが持つスキルもその分継承されるので、幾ら転生先が剣士だったとしても魔法を使っていた方が強かったり、あるいは両方を極めることも出来たのである。
問題は職業に関係ないスキルや性別、種族が限定されるスキルもあるのでステータスを人に見せられなくなったことだろう。
これにより、彼は今まで以上に幸せになり辛くなってしまった。
大切な人が出来、「何故貴方はそんなに強いの?」と聞かれた時、彼は隠していたステータスや素性を正直に答えるようにしていたのだ。
ステータスを見せたり、「僕は転生者でスキルを受け継ぐことが出来るんだ」と話していた。その為、化け物扱いされることが多く、大切な人が〝敵〟へと変化することも珍しくなかった。
転生先で赤ん坊のうちに鑑定され、
「【輪廻転生】だと!? て、〝転生者〟だっ! 殺してしまえ!」
と、問答無用で殺されることも増えた。
無論、それは【輪廻転生】について教えた、元大切な人が居る地域限定だったが、「まさかうちの子が〝転生者〟だなんて……! 何かの間違いです!」と自分を庇って殺されてしまう親も居れば、「うちの子が〝転生者〟なんて……気色の悪いっ! 早く殺してくれ!」と寧ろ嬉々として周りに差し出す親も居たことは堪えた。
「……皆が殺されたのは僕のせいだ」
と自暴自棄になり、襲い掛かってくる〝敵〟を皆殺しにしたこともあったが、虚しいだけだった。
「僕が存在しなければ転生先の体の持ち主もその家族も〝あいつら〟も……皆、仲良く平和に生きていけたのに……僕は……僕は何てことをしてしまったんだ……僕なんか存在しなければっ……!」
やがて彼は大切な人が出来ても【輪廻転生】についてだけは教えることを止め、ひっそりと生きることにした。
極々稀……数百年に一度あるかないかの人生で本当にこの人だけは信頼出来ると思って教えると、「貴方が伝説の〝転生者〟なの!? 凄い!」といった感じで喜んで彼の側に付いてくれる物好きも居たが、大概は「〝転生者〟を庇うなんて……」という四面楚歌状態が続くことに耐えられず、〝敵〟になってしまうことが多かった。
数千年も転生を繰り返し、一度か二度だけだがそれでも付いてきてくれる最愛の人が出来たりもした。が、当然年には勝てない。
やがて、お互いに死に、転生した先で前世の子孫が『〝転生者〟の子孫』だと迫害されているのを見た時、『寂しい、悲しい、信じてほしい、僕はただ幸せになりたいだけなのに』という己の感情や甘さは消え失せてしまった。
「……もう数千年どころじゃないな。何万年……生きたかな、僕は……。僕は何の為にこんな力を持っているんだろう?」
代わりに異世界イクスに実在するらしい神に何故、と問うことが増えた。
勿論、返事があるわけではない。あくまで自問自答に過ぎない。
何故、転生するのか。
何故、前世の記憶や力を持っているのか。
何故、生きるのか。
何故、死ぬのか。
何故、神は自分を選んだのか。
誰も信用出来なくなり、それでも誰かと添い遂げることを、幸せを、生きることを知ってしまったが故にその寂しさに耐えることが出来なくなっていた彼だったが、何故か狂うことはなかった。
理不尽だと怒りに震えて凶行に走ることはあっても、何の罪もない人々や優しくしてくれた人にはその一面を見せることは決してなかった。
「いっそのこと、レベルが上がる前……スキルも継承されるという力を得る前の方が良かったな……」
成り上がる力がないとわかれば、それなりに幸せになれる道を模索出来たが、どんな転生先だろうとスキルという超常の力は遺憾無く発揮され、成り上がることが難しいことではなくなってしまった。
その代償として、人を信じることや信じられることが激減し、〝敵〟が増えたのだ。
そして、もう一つ大きすぎる代償があった。
彼自身の人格だ。
【輪廻転生】は彼の人格を軸に転生先の元の人格がプラスされる能力。そして……彼自身は気付かなかったがlv2で追加された、<同時付与>・過去の記憶というのは人格も全て引き継がれるということなのだ。
あくまで彼が主軸なので一人や二人なら大した影響はなく、そこまで変化はないのだが既に彼の中には何千、何万人もの人格がプラスされている。
彼を中心に人格の渦が蠢いているのだ。彼が主軸という点は変わらないが度重なったそれらは彼に悪影響を与えた。
逆に言えば、彼が今まで狂わなかったのはその大量の人格達が盾となり、守ってくれたからとも言えるのだが。
「俺は……ん? わ、私……? 違うな……アタシ……でもない。わ、わし……わが、我輩……? これも違う。小生……。……いや、僕か。あ、あれ? 可笑しいな……僕っ……僕は……ぼ、僕……は……?」
最早、自分が何者なのか彼には判断出来なくなってしまったのだ。
徐々に狂い始めた彼だったがその力を間違ったことに使うことはなく、あくまで己の正義の為に使い続けた。
幸せに生きたい、自分を認めてくれる人達を守りたい、本当は〝敵〟なんて存在しないこの世界を平和にしたい、と。
既にそんな風に優しく思えることは出来なくなっていたが歩んできた人生のようにそんな人生を装うことは出来た。
ある時は己の力のみで、ある時は己の力だけでなく、周囲の力を借りて、ある時は街や国と協力して平和に貢献していた。
もう二度と家族を失わないように、もう二度と家族から〝敵〟が現れたりしないようにと願いながら。
しかし、平和は長く続かなかった。
出る杭は打たれるように、少しでも目立った力を持つと〝転生者〟だと騒がれて殺される歪んだ世界になりつつあったのだ。ステータスによって簡単に確認出来るというのに。
平和の為に惜しみ無く力を使っていた彼は当然、弾劾された。
過去の人生で行った、守りたいが為に仕方なく殺したという事実を隠され、無差別に人を殺し回ったと吹聴されたのだ。
過ぎた力は己を滅ぼす。
それを強く実感した瞬間だった。
家族同然に守っていた国からの、国を上げての裏切りの吹聴はやがてイクスに住む者ならば誰もが知る伝説となった。
何度転生をしても生まれた途端に殺されることも増えた。稀にステータスを確認されずとも一度外の世界に出れば〝転生者〟だと疑われて殺される赤ん坊や人々を見かけることが日常茶飯事になった。
「まるで魔女狩りだ……」
彼は強すぎたのだ。
人々が疑心暗鬼に囚われ、前日は仲良く話していたのに次の日にはお互いがお互いを〝転生者〟だと騒ぎ立てて殺しあったり、お互いが周囲の者に殺されることも珍しくない暗黒の時代が訪れる程に。
彼にとっては守りたい人々の為の行動も周りからすればただの人殺し行為であり、理解できない悪逆である。
ある意味、そんな時代が訪れるのも当然と言えた。
「あはっ、あはははははっ……悲しい……悲しいなぁ……! 何でこんなことに……僕はただ……僕はただ守りたかっただけなのに……死んでほしくなかっただけなのにっ……! ぐすっ……クソ……クソクソクソォッ! 悲しい……悲しいぃぃ……!」
やがて彼は狂ってしまった。
自分が行動しなければ守りたい人々が死ぬ。
守りたいと思っても周りが騒ぎ立て、罪のない人々が死ぬ。
何もしなくとも平和に生きられた筈の人々が自分のせいで殺しあう。
そんな世界に疲れてしまったのだ。
〝敵〟だけでなく、守りたかった筈の人々や平和を望んでいた人々まで殺戮するようになってしまった。
毎日毎日殺し回り、殺し疲れたら寝て、起きたらまた殺す。
「う~ん……お腹空いたな……メンドイけど、仕方ないな。ご飯にしよう」
食事を用意するのが面倒だったので適当な村や街を襲って人を食べた。
何故か涙が止まらなかったが彼は知らんぷりを決め込んだ。
「あはっ! くふっ、くふふ……くっくっくっ! あひゃひゃひゃ! 確か踊り食いって言ったっけなぁっ! あはははははっ」
戯れで人々を誘拐しては一人を恋人や家族の前で拷問して殺し、食わせてみたり、踏ませてみたり、ぐちゃぐちゃにして遊んだりもした。
涙が止まらない、何故だろうか? と思うことが増えた。
「人が狂う姿は面白いなぁ……! なぁオイ! どんな気分だ!? 同じ人間に足や手からじわじわ食われる気分ってのはっ! えぇっ? 泣いてねぇで教えてくれよお嬢ちゃんッ! くはははははははっ!」
平和に過ごしていたであろう人々を殺すのはとても気持ちが良かった。
自分と同じように理不尽に人生を踏みにじられる人々を見るのはとても面白かった。
数百年もすると、神を自称する存在が何回か現れたが全て殺して食べた。
もう涙は出なかった。
「神ってのは人より美味いんだなァッ!? くひゃひゃひゃひゃッ!」
神は確かに神足る力を発揮していたが数十万年、あるいは数百万年も力を蓄え続けた化け物には勝てなかった。
神と化け物の戦いは辺りを更地と化し、余波で地形を変え、世界すら滅ぼす為、人々に恐れられていたが自分達がどうなろうと神を応援する者も少なくなかった。戯れで殺され、食われる家畜以下の人生よりも平和な未来を望んでいたのだ。
やがて神、ひいては世界が滅び、自分以外の生物が存在しなくなり、やることがなくなった彼は虚無感に耐えられず、再び人間等の生物を生み出して新しい世界を創造した。
元の世界イクスを再生させて改良を加えただけとはいえ、神すら超越した彼にとって造作もないことだった。
「僕が創ったのに人で遊ぶのも変だな……けど、世界を経営するのもメンドイし……そういや、神ってのは神々の世界から選ばれた奴等が己の支配したい世界に定住……ってか寄生するんだっけか。あいつらに任せりゃ良いかな。文明レベルも低いし、人も弱い……うん、この世界なら手も出されやすいよね」
人類を滅ぼせば、終わりなき転生人生に終止符を打てると考えたが何回滅ぼそうとも必ず人間が生まれ、ある程度の文明が築き上げられると、結局生まれ変わってしまったので諦めたのだ。
滅ぼした瞬間に自殺しても気付いたら赤ん坊になっているのだからそれも当然の帰結。もう何もかもが馬鹿馬鹿しくなってしまったのだろう。
彼は神々の性質を利用して新たな世界を牛耳らせ、自分は雲隠れした。
幾ら神すら越える存在とはいえ、彼はあくまで人間だ。死ねば別の人間……自分を知らない人間に転生する。原初の記憶以来初となる自殺をし、再びただの人間に戻った。
「うん……やっぱり平和が一番だね。この力は使わないでこれからはただの人間として生きていこう」
世界はリセットしたので自分を恐れるものはもう居ないし、自分のせいで争いを始める者も殺されてしまう者も居なくなった。
後は力を隠して死んでいくだけだと心に決め、本当にただの人間として生き始めた。
「自殺なんてするんじゃなかった、命が勿体無かったな……僕が間違っていたんだ。ゴメンね……友達どころか……もうお父さんやお母さんの顔も思い出せないや……」
稀に遠い記憶の彼方の地球のことを思い出すこともあった。
(メンドイからって死ぬんじゃなかったな。自殺しなかったら……僕はどんな人生を歩んでいたんだろう? 彼女は出来てたかな、あるいは彼? いや、あの頃の僕は男色じゃなかったか。まあ、今も男色ではないけど。……ちゃんと働けてたかな? 親孝行は出来たかな? 幸せに……なれた……かな……?)
そんな時は決まって狂ってしまった頃のように何故か涙が溢れた。
何故かはわからなかった。何でこうなったんだという後悔の涙なのか、理不尽を呪う悔し涙なのか、過去を憂いて流れた涙だったのか……
そんな彼だったがその後の人生は全て不必要に殺すこともなく、不必要に守ろうとすることもなく、ただ一回一回の人生を幸せに、後悔しないように生き、死んでいった。
仲間のせいでゴブリン等の低級モンスターに殺されることもあれば、家族のお陰で平和に過ごせた人生もあった。
そして……
今日も彼は転生する。
良い人生だった……今度はどんな人生だろう、と胸を躍らせて。
「悲しいけど……人生は一度っきり。死ぬときになって楽しい人生だったって胸を張れるように生きようじゃないか」
転生を繰り返すことに苦悩しながらも成長していく話が書きたかったのに無駄に壮大かつよくわからないストーリーに……
自分のやったことは何もかも悲しいの一言で済まし、何か良い風に終わったかなりのクズ主人公ですが大目に見てやってください。