第95話 〜お兄ちゃんは向かうようです〜
「それで? フレイファイア公爵様の使用人であるヒイラギさんが、わざわざココに来た目的は?」
俺が本題に入ると、少しだけ空気がピリついた気がした。
何が起きているのか分からない、妹と伊織だけを置いて。
「……本当に、勘がいいと言うか、鋭いというか……話に聞いていた通りだな、アンタは」
そう言ってヒイラギさんは立ち上がると、お辞儀をする。
「我が主、アンジェリカ・フレイファイアの命により、アナタ方を我が主の屋敷に招待したい」
「なっ……!」
「はぁ……?」
突然の申し出に呆然とする俺とは反対に、ロキが先に反応する。
「テメー、それは……!」
「もちろん、ロキさまもセージさまも、一緒に帰るんっすよ」
「だけど……」
「それに……――――」
そう言って、ヒイラギさんはロキに何かを耳打ちする。
それを聞いたロキは、一瞬驚いた顔をして直ぐに納得したように頷く。
「……わかったよ」
「理解してもらえたみたいで、何よりです」
ヒイラギさんは軽く笑うと、俺たちを見る。
「アンタらも、ついてきてくれるよな?」
俺は一瞬どうしようか考える。ロキとセージがいなければ、この世界についてまだまだ分からないことだらけだ。
だからこそ、答えはひとつ。
「もちろん、よろしく頼む」
……つまり、俺たちには選択肢があるようで、実際のところはないのだ。
「それじゃあ俺はセージさまを迎えに行って、移動する準備をしてくる。その間、アンタらは……」
「ま、まって、ヒイラギさん!」
淡々と準備を進めるヒイラギさんに声を上げたのは、意外にも妹様だった。
「何だい? お嬢ちゃん?」
人見知りな妹は伊織の後ろに隠れながらも、震えた声で喋る。
「お、お願いが……あり、ます……!」
俺たちは首を傾げながら、妹の『お願い』を聞くのだった。
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「キミ〜ぃ!」
『ガウゥ〜!』
妹とキミーは、感動の再会とばかりに抱きつき合う。っか、お前ら昨日も会ってたよな?
「へぇー……話には聞いていたが、立派なウッドマンだな」
ヒイラギさんは感嘆の声をあげる。
そう、妹の『お願い』は『キミーを一緒に連れていく』ことだった。
たしかに、キミーは妹の『使い魔』的ポジションだ。
俺も今回の話が出た瞬間、キミーをどうしようかと悩んだ。
しかしそんな悩みも嘲笑うかのように、案外とあっさりとOKされたのだった。
「このウッドマンについても、事前に聞いていたからな。もし連れて行きたいと言われたら、承諾するようにお嬢に言われている」
「めちゃくちゃ有能な人なんだな、公爵様って……」
「有能っちゃ有能だが、お嬢の場合はなぁ……」
何かを言いかけて、ヒイラギさんはまた渋い顔をする。一体どんな人なんだ、フレイファイア公爵とは。
「まぁ、お嬢はスゲーお人だ。それだけは保証する」
そう言われて俺は、一つだけ心配していることを聞く。
「なぁ、ヒイラギさん……もし失礼なことしたら、首と胴体がサヨナラしたりとか……」
「………………」
俺の質問に、ヒイラギさんは少しの間を置いて笑う。
「………………気にするな、お嬢は心の広いお人だ。よほどのことがない限り、消し炭になることはない」
「まって、今めちゃくちゃ怖いこと言わなかったか!? ねぇ!?」
「さぁ、この用意した魔方陣に入ってくれ」
慌てる俺を無視して、ヒイラギさんは準備を進める。
「『魔法陣』ですか? 馬車とかじゃないんですね」
俺に変わって、伊織が質問をしている。ほう、『魔法陣』とな?
「馬車を使ったら、ここからひと月くらいかかっちまっう。それならこの魔法陣で移動した方が、時間的にも効率がいい」
「なるほど。安全性はどの程度……」
伊織がヒイラギさんに、魔法陣で移動した際の安全性について色々聞き始める。
さすが心配症な伊織、説明書は最初から最後まで読む派だな。
しかし、この魔法陣……。
「どっかで見たことがあるような……」
「どうされましたか、ヤヒロさん?」
俺が考えていると、ひょこっとセージが顔を出してきた。
「おぉ、セージ。無事に戻ってきたか」
「はい。ヒイラギ様のおかげで、無事に合流出来ました」
教会に呼ばれていたセージは、ヒイラギさんが迎えに行ってくれた。セージは帰省本能が皆無だから、誰かが迎えに行かなければ戻って来れないのだ。
「いや、この魔法陣……どこかで見たことある気がしてさ」
「魔法陣は様々なものに使われていて、素人目線だと違いが分かりませんからね。……かという僕も、その一人なのですが……」
セージは恥ずかしそうに頬をかきながら答える。なるほど、どこかで使われていた魔法陣を、たまたま目にして覚えていだけか。それなら納得だ。
「そうだ、セージ。ヒイラギさんに聞いたけど、俺たちのこと色々と考えてくれてありがとうな」
「い、いえ! 僕がしたくてやったことですから!」
「ロキもありがとうな!」
俺の突然の礼に驚いロキは、照れくさそうに鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「……じゃあ、そこの兄ちゃんも納得してくれたところで。みんな魔法陣の上に乗ってくれ」
伊織に説明し終えたヒイラギさんが、そう言って魔法陣に乗るように指示する。
「それじゃあ、魔法陣を発動するぞ」
その時だった。
小さな光がフヨフヨと飛んできた。
――――……なんだ? 昼間なのに、ホタル……?
小さな光は、そのまま俺の指に止まる。
「……よくわかんねぇけど……お前も一緒に行くか?」
そう問いかけた時、光は大きく発光した。