第93話 〜お兄ちゃんは囲まれたようです〜
「疲郎丸……」
「決まったことをいつまでもウジウジと言ってんじゃねぇ、このウジ虫が」
「ロキさんの言葉が、いつもより俺の心にキツく感じる……」
俺は相棒……改め、『疲郎丸(妹命名)』を見つめながらため息をつく。
「どうして……」
「過ぎたことは仕方ないよ、ヒロくん。元気だしてこ!」
「お前が原因じゃい」
「あいた!」
脳天気な妹に、俺は軽くチョップを食らわす。これくらいの罰は許されるだろう。
「ところでロキさん、次はどうされるんですか?」
伊織の質問に、ロキはフードを深く被り直す。
「あー、そうだな……今日はもう、宿に戻って……」
「見つけたぞ!」
どこからかそう声がし、気づけば俺たちは数名の武装した兵士に囲まれていた。
「な、なんだ!?」
「……チッ」
ザワつく周囲を気にせず、他の兵より一際武装した兵士が現れた。恐らくこの男が、兵たちのリーダーだろう。
「貴様が半魔のガキだな」
「……人違いだって言ったら?」
「魔族の分際ごときが……誰が口を聞いていいと許した!!」
リーダーの男が合図をすると、地面から無数の鎖が現れ、ロキを拘束する。それはロキが以前、道化師を捉えた際に使用した鎖の魔法に似ていた。
「ロキ!」
「来るな、バカ兄貴!」
体制を崩して前に倒れ込んだロキを、リーダーの男が見下ろす。
「いい眺めだな、地べたにはいつくばる魔族の姿とは」
「そうかよ、そりゃあ良かったな」
「だから……誰が口を聞いていいと許した! この汚らわしい、紅魔の悪魔が!!」
「ぐっ……!」
リーダーの男は、ロキの頭を踏みつける。
「てめぇー! ロキロキに何し……!」
「落ち着け、ヒナ!」
飛び出そうとする妹を、俺は羽交い締めにして止める。
「止めるなヒロくん! アイツ、ぶっ飛ばす!」
「だから落ち着けって! あれはこの街の兵士だ! さっきのチンピラどもをボコすのとは意味が違う!」
この街の兵士ということは、アイツらは警備兵。つまり、俺たちの世界で言う警察官だ。
そんなヤツらをぶん殴ったとなれば、公務執行妨害やらなんやらとイチャモンつけられ、下手したら指名手配にされかねない。
俺の考えを察したのだろう。リーダーの男は下衆な笑みを浮かべて、ロキの頭を何度も地面に擦り付ける。
「よもやこんな下賎な魔族が、この街に潜んでいようとはな……この魔族の首を差し出せば、領主様もさぞお喜びになろう」
「クソが……!」
「喋るなゴミが。どうせ先日の魔獣騒動も、お前が手引きしたのだろ?」
「……っ!?」
「我々警備兵の顔に、よくも泥を塗ってくれたものだ。そこの情報提供者には、感謝しないと。なぁ?」
リーダーの男の視線の先には、先程のチンピラ三人がいた。
「アイツら……!」
だいたい察しはつく。
恐らく先程の騒動の後、屯所に駆け込んだのだろう。そこで自分たちの言いように事実を塗り替え、コイツらが来たってことか。
「旦那! あのおかしな格好をした三人も、そこの魔族の仲間です!」
「ほう?」
「……っ! 待てっ、用があるのは僕だけだろっ……アイツらは、関係ない……っ!」
「黙れ、薄汚い魔族め」
リーダーの男は俺たちを見るや否や「捕らえろ!」と命令を下す。
「なっ、近づくな!」
「やめてください!」
「フシャー!」
兵士たちに取り囲まれた時だった――――。
「その命令……今すぐ取り消していただこうか」
俺たちは、声の主へと振り返る。
「……チッ、やっぱり来やがったか……」
「手続きに、少々手間取ってしまいまして。遅くなってしまい、大変申し訳ありません。ロキ様」
声の主はフード付きのマントを被っており、顔は見えない。しかしそのしぶい声から、男性の声だとわかる。
「まずはその方から、その汚い足を退けて頂こう」
「貴様っ! 誰に向かって……」
「『誰に向かって』とは……」
一歩。
たった一歩、歩いただけのように見えた。
一度だけ瞬きしたその僅かな時間で、フードの男はリーダーの男の目の前にいた。
「そっくりそのまま、お返ししよう」
そして一発、リーダーの男のみぞおちに拳をお見舞いした。
「ガ、ハッ……!」
そしてそのままリーダーの男は、軽く数メートル吹っ飛ばされた。
「た、隊長ーっ!」
俺たちを取り囲もうとしていた兵士たちは、リーダーの男へと駆け寄る。
「おケガはございませんか、ロキ様」
「見てわかんねーのか、ボンクラウサギ」
「これは手厳しい。さ、手を」
フードの男はロキに手を差し出して立たせる。
「ババァにしては、遅せぇやり方だな」
「お嬢様はお忙しい身ですので、どうかそうおっしゃずに」
「チッ、分かってる……」
何が起こったのか分からない俺たちは、ただ呆然とロキたちのやり取りを見ているしかない。
……と、思っていた矢先。フードの男が、俺たちの元へと近づいてくる。
「お話は伺っております。ヤヒロ様、ヒナコ様、イオリ様」
「な、なんで俺たちの名前を……?」
ロキのあの言動から、敵では無いとは分かる。だが、警戒しない理由にはならない。
「私はフレイファイア家の使用人が一人……」
そうしてフードを外す。フードの下は――――。
「ヒイラギ、と申します」
鳶色の髪に無精髭のはえた、ウサギ耳の男だった。