第90話 〜お兄ちゃんは選ばれたようです〜
「……なぁ、兄ちゃん。これは提案なんだがよ……俺がこの棒を仕上げちまってもかまわねぇか?」
「………………はぁ?」
カゾさんの言ってる意味がわからず、思わず間抜けな声を出す。
ちょっと何言ってるのか分からないあまり……。
「ちょっと何言ってるのか分からないっす」
ありのままの本音が出てしまった。
そんな俺に代わり、ロキが口を挟む。
「おい、おっさん。このバカ兄貴は棒を返しに来ただけだ。なのに、なんでそんな話になる?」
ロキは俺が言いたかったこと代弁してくれた。
そんな俺たちにどう説明するか悩むカゾさんは、時折口ごもりながら説明する。
「いや、俺にも詳しくは分からないんだが……どうもこの棒が兄ちゃんを『主人』として認めたみたいでさぁ……」
「「『主人』……?」」
唐突に出てきた言葉に、俺とロキは思わずハモる。
そしてカゾさんは、この世界の武器や防具の特性について教えてくれた。
要約するとこうだ。
まずは武器について。
武器や武具は造り手……職人によって、その性能や特性、耐久性が変わる。つまりは職人としての技術が試される部分。
そして次に店主が買い付けた素材ベース、または自ら持ち込んだ……つまりオーダーメイドによっても変わってくる。ここは素材の質で左右される部分。
もちろん、素材が良くても職人の技術的経験不足だったり場合や、職人が良くても素材が粗悪品だった場合、出来上がる武具の品質は悪くなる。
職人の技術と素材……この両方が揃ってこそ、最高の武具ができ上がるのだ。
……と、言うのは普通に考えればわかることだが、どこでトラブルが起きるか分からないからな。みんな、最低限の知識として覚えておこうな!
次に、今回の場合の話について。
店で買った or オーダーメイドしてもらった武器は盗難防止のため、大体の人たちが魔法で武器に自身の名前を刻む。これは落し物防止で俺も子供の頃よくやったので、大変馴染み深い。
また稀ではあるが、ダンジョンなどでレアドロップした魔剣やいわく付きの武器に『自分が主人だ』と認識させるために名を刻むこともある。これはある意味、武器との『契約』に近いらしい。
そして一番大事な、今回の件について。
これはもう、イレギュラー中のイレギュラーな話らしい。
それは武器に『意思がある』パターンとの事。
稀に武器自身に意思があり、持ち主を選ぶのだとか。
そしてこの麺棒……こう見えて立派な武器の一つだったらしい。俺からしてみたら、どう見ても麺棒なのだが……立派な武器! らしい!
「どうやらよぉ、この棒は既に兄ちゃんを主人に選んじまったみたいだ」
「ちなみに俺が選ばれると、何が起こるんだ?」
「この棒が契約破棄するまで、兄ちゃんの指示ひとつでどこからでも現れる」
「仮に盗まれたり没収されても、呼び出せるんだな!」
仮にうっかり忘れても、手元に戻ってきてくれるのは嬉しいことだ!
「ついでに兄ちゃんの意思とは関係なく、わざと捨てても契約破棄するまでこの棒はついて回る」
「もはや呪いの類じゃねぇか」
ロキの辛辣な言葉に、俺は苦笑いする。
「でも、なんで俺なんかを選んだんだ?」
あの時は無我夢中で何も考えず、この麺棒を掴んだ。
――――――ただそれだけで主人に選ばれるなんて……。
「もしかしたらなんだけどよぉ……初めからこの棒は兄ちゃんに使って欲しかったのかもしんねぇーぜ?」
「俺に?」
カゾさんは「実はな……」と神妙な面持ちで口を開く。
「この棒は元々、客の持ち込んだ素材だったんだ。どうしてだか顔はよく覚えてないんだが、背格好からして子どもだったと思う……そんで、そいつが言ってたんだ」
『この子を必要とする人に渡して欲しい』
「名前を聞こうにも、気づいたらいなくなっちまっててな……あの時は意味がわかなかったが、もしかしたら兄ちゃんのことだったんじゃねぇーかな?」
「……それって、いつ頃の話だ?」
「いつだったかな……だいぶ前の話だってことは覚えてんだが……」
……ちょっと待て。
――――――それってつまり、俺たちがこの世界に来ることを知ってたってことか……!?
内心で動揺している俺に気づいたのか、ロキが俺の肩に手を置く。
俺の素性を知っているのは、この場ではロキだけだ。ロキの目は「今は何も言うな」。そう訴えていた。
「……でもさ、見ず知らずの俺がそれをもらっちまうのはなんか気が引けるって言うか、なんっつーかさぁ……」
俺は何とか平静を装いながら、会話を続ける。
「だがよぉ、兄ちゃん。この棒が兄ちゃんを主人に選んじまった以上、どこまでもついてくるぜ? それによぉ……」
「『それに』?」
カゾさんは頭を掻きながら、おずおずと口を開く。
「この棒は恐らく『精霊界』にある『世界樹』の一部だ。レア中のレアな上に、下手したら一生お目にかかれない品だ……」
そこまで聞いた俺は、思わず床にひれ伏していた。
「何卒……何卒よろしくお願いします……!」
土下座する俺を見て、ロキとカゾさんがなんとも言えない表情をしていたのは、言うまでもなかった。