第85話 〜お兄ちゃんはお父さんが怖いようです〜
悲鳴のする方へと駆けつけると、人集りの中心に三人の男と一組の親子がいた。
「なんかあったんすか?」
どういう状況なのかわからない俺は、近くにいた人にたずねてみる。
「あぁ……街一番のゴロツキが暴れてるのさ」
「またなんで?」
「どうも、魔獣騒動の頃に子どもに恥をかかされたみたいでねぇ。虫の居所が悪いのさ」
つまり、『八つ当たり』というやつだ。
男たちは一人の子どもを取り囲み、何度も踏んだり蹴ったりしている。
父親らしき人物も、ひとしきり蹴られたり殴られたりしたのだろう。既にボロボロだ。
ボロボロになりながらも父親は、三人の中でリーダー格のようなガタイのいい男に、泣きつきながら訴える。
「お、お願いします、もう……もう、やめてください……っ!」
「うっせぇ! 黙ってろ!」
リーダー格の男は父親を一蹴すると、子どもへと向きなおる。
「テメェんとこのガキの躾がなってねーから! こうやって代わりに躾てやってんだろうがァ!」
リーダー格の男の取り巻きの、背の低い小太り気味の男と細身の男が下品に笑う。
「アニキ直々に躾てもらってんだ」
「感謝しろよな!」
「お願いします! 私はどうなってもいいので、その子だけは見逃してください……!」
「ギャーギャーと……うるせぇーんだよ!」
リーダー格の男が子どもの頭を踏みつけようとした、その時――――――!
「うるせぇのは、テメーの方なんだよ」
先程まで近くにいたはずのロキが、いつの間にかリーダー格の男の前に立っている。
そして軽く上げた足のつま先で、踏みつけようと男の足を止めていた。
「なっ……!?」
「んな弱っちぃヤツらを痛めつけて、イキがってんじゃねーよクソが」
そう言ってロキは、まるでボールを蹴り上げるかのように、自分よりガタイのいい大柄の男の足をを蹴り上げた。
その勢いで、リーダー格の男はバランスを崩して倒れる。その時頭を強打したためか、男は軽く気絶したようだ。
すると、細身の男が何かを思い出したように『ハッ!』と声を上げた。
「こ、このガキ……あの時の……!」
「あー! 思い出したー!」
突然、妹が三人を指さしながら声を上げる。おや? 知り合いか?
「何だ、ヒナ。アイツらを知ってんのか?」
「知ってるも何も! 前にロキロキにボコボコにされた人たちだよー!」
「へぇー、ボコボコに……」
ん? ちょっと待てよ。
さっき『魔獣騒動の頃に子どもに恥をかかされたみたい』の子どもって、もしかしなくてもロキのことか?
「小さな子イジメてた卑怯な人たち!」
「うるせぇーぞ、クソガキ! 殺すぞ!!」
妹の声が大きかったばかりに、小太り気味の男に聞かれてしまったようだ。男が妹に『殺す』宣言をしたことで、俺はカッとなり……。
「あぁ!? ウチの妹を殺すだァ!? テメー、ふっざけんな! んなことしたら、俺が殺されるだろうが! 親父にィ!!」
と、反射的に叫んでしまった。
カッとなったこともあるが……思わず出てしまった俺の言葉に、静寂が流れる。
「なにやってんだ、バカ兄貴……」
冷ややかなロキの視線と、その場にいる全員の戸惑いの目が集まる。
いやだって、妹に何かあったら親父に殺されるのは確実だから! だって、本能が親父を恐れてるから!!
あれは何年前の話だったか……昔、庭を動物に荒らされた時期があった。庭にこれ以上被害を与えないためにと張っていた網に、ある日の夜中。野生の雄鹿の角が引っかかった。
ちょっと何言ってるか分からないとは思うが、ウチの親父殿ときたら……なんということでしょう! 網に引っかかっていた雄鹿を、最終的にはヘッドロックをかけて絞め殺したのだ!(な、なんだってー!?)
まぁそんな感じで。ウチの親父は、素手で野生の雄鹿を倒せる……そんな父親だぞ? 半分は血が流れてはいるとしても。只の一般人として育った俺が、化け……そんな親父にかなうわけないじゃないか!!
「な、なんだテメェ!? 引っ込んでろ!」
「はい! 引っ込んでます!!」
今の俺の判断の速さは、きっと天狗面のおじいさんもニッコリの速さだろう。
だってあまりの速さに「引っ込んでろ!」って言った本人が、思わず「お、おう……そうか……」みたいな顔してるからな。
「……っ、クソが! 調子に乗りやがって……!!」
俺が茶番をしていたせいで、気絶していた男が目を覚ましてしまった。男は勢いよく立ち上がって、ロキのフードを掴む。
「しまっ……!」
ロキのフードが脱がされる。
美しい赤と白の髪が、光を反射しながら宙を舞う。
――――――その瞬間。俺と妹、伊織を除いた全員の表情が凍りついた。
「な……お前……っ!」
どこからか悲鳴が上がる。
何が起きたのか分からず、俺はロキの方へと視線を向ける。……そこには瞳から光が失われ、俯くロキの姿があった。
「ま、魔族だ!」
「魔族がどうしてココに……!?」
「結界は!? 結界はどうなってるの!?」
その場にいる全員が『魔族』という単語に、動揺し始める。
「魔族は……!」
その言葉が全ての合図だった。
「出ていけっ!!」
何かが飛んでいったと思った瞬間、ロキが額を抑える。
「……っ!」
「おい、ロキ。一体どうし……」
額を抑えるロキの手の隙間から、赤い液体が流れだしていた。
どうも、斐古です。
本日「お兄ちゃんは『妹が!』心配です」は、無事に四周年を迎えられました!(*´꒳`ノノ゛パチパチ
応援してくださっている皆様のおかげです。ありがとうございます。
これからもヤヒロ兄ちゃんたちをよろしくお願い致しますm(*_ _)m
近々お祝いイラストをX(旧:Twitter)の方にあげようと思います。お楽しみに!
良ければ感想・ブックマーク・レビューなど頂けると今後の励みになります♪