名無しの少女
一体どのくらい経っただろう。
人影は、まだ目的に着かないのか、もしくは紗良を走らせて遊んでいるのか。おそらく後者の方だろうが、紗良はまだ追いかけ続けていた。
━━この人影を追いかけた先にはきっと何か面白いものがある!
そう紗良が期待を抱きながら追いかけ続けていると廃墟が少なくなり、地面がコンクリートでできた広場のような場所に来ていた。広場にはベンチが1つ。
そこに追いかけ続けていた人影は座っていた。
そこに居たのは少女。紗良と同い年位の少女が居た。
その少女は、紗良と目が合うと、ニコッと笑顔を向けベンチの空いている所へ手をぽんぽんと叩いた。どうやら座れと言う意味らしい。
隣に座っても少女はしばらくの間、口を閉じたまま雪を見ていた。
ベンチに座って初めて気がついたがここは雪が降っていなかった。蝉の鳴き声も聞こえない。
正確に言うならばこの場所だけ。
コンクリートの地から一歩出れば確かに雪は降っているのに、蝉の鳴き声だって聞こえるのにまるでこの広場だけ周りの空間から隔離されているようだ。
沈黙が2人を重く包み込む。
沈黙に耐えかね、先に口を開いたのは紗良の方だった。
「あの…えっと…こ、ここは?」
少女は一瞬驚いたようにこちらを向いたが直ぐに優しい笑顔になり答えた。
「シロバ」
「シロバ??」
「そう。白い場所と書いて白場」
━━コンクリートで白いからか。
「へぇ、そのまんまの名前だね」
紗良が少し笑いながらそう言えば、少女も笑いながらそれに応えた。
「まぁ、私たちが勝手にそう呼んでるだけなんだけどね」
「…私たち…?」
「うん?」
「そう言えばまだ聞いてなかったけど貴方は誰?」
「ここら辺に住んでる者だけど?」
「名前は?」
「名前は…無いよ」
少し寂しそうな顔になって彼女は言った。
「何で…」
「分からない。でも多分昔はあったの…」
「覚えて…ないの?」
「うん…」
少女は、寂しげな顔から無理やり笑顔を作り出すと微笑んだ。紗良はそんな少女の表情を見て、なぜかどうしようもない気持ちになった。自分に何か出来ることはないのか……。
「そうだ!」
「?」
「決めた!名前!」
「えっ」
紗良の言葉に、少女はまさに目が点になった。
「白花雪!」
「しろばな…ゆき…?」
「うん、今考えた。白場で会った花のように可愛くて、雪のようにふんわり している感じだから」
「……」
「どう、かな…?」
━━まぁ、さっき会ったばかりの人にいきなり言われてもなぁ。
雪は数秒間フリーズしたように動かなくなっていた。かと思えばいきなり「白花雪」と呟き始めた。声はだんだん大きくなり、白場じゅうに響き渡るくらいになると、雪の瞳は輝き、まさに花のように可愛らしい笑顔になっていた。そして
「ありがとう!この名前大切にするね!」
と明るい声でこの空間を満たした。