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01 結婚は無理

ああ。私は結婚とか無理だ。

薄々気付いていたその事実は、思っていたよりもすとんと私の中に落ちてきた。



三十歳になった夏に、およそ十年ぶりとなる中学時代の同窓会があった。

人並みに結婚したいな、子供が欲しいな、なんて、そんな年相応の事をちょっぴり考えながら。それでもそんな、同窓会で再会した人と運命的に恋に落ちるだなんて少女漫画じみた事が起きる訳がないよね、と冗談半分に笑いあいながら。当時の友人と共に参加したのだ。

今にして思えば、その辺りの会話がフラグだったのかもしれない。

小学校、中学校と一緒だった一人の男の子に声を掛けられたのだ。いや、仮にも三十路の男性に対して男の子呼ばわりはよろしくないだろうから、仮にU君としておこう。

U君は、あれだ。モーニング娘。のハッピーサマーウェディングに出てきそうな人だった。背は低いけど、優しい人。つまりは、その顔立ちにまで人の好さが滲み出ているような人だ。それが好みか否かと問われればノーコメントを貫きたいが、百人に聞けば百人が好青年だと答えるだろう人だった。そして大手メーカー勤務で、土日休み。有給も難なく取れて、残業もほぼ無いのだそうだ。なんだその職場は。羨ましすぎる。天国かよ。

おっと話がずれた。

まぁ、そんなこんなで、私とU君はLINEで連絡先を交換した。ふるふるだかふりふりだか、いまいちどうしてそれで連絡先が交換できるのか分からない、スマホをゆらゆらさせるやり方で。


そこからの展開は、ろくに恋愛経験のない私にとっては怒涛の展開だった。

初デートまで一週間。その翌週に二回目のデート。二回目のデートで告白された。世の男女はこんなにも慌ただしい恋愛をしているのだろうか。それともこれが普通なのだろうか。恋愛経験どころか友人すら多いとは言えない私に知る術はない。


初デートは、まぁ、割愛しよう。

飲みに行ってカラオケで二時間ほど過ごしただけだ。取り立てて話すような出来事はなかった。思っていたより話が弾んで、そこそこ楽しかった。


問題は、二回目のデートの最後だった。

ビアガーデンに行って、二時間ほど飲んで食べた。八月の終わりで、夜だったのにまだ汗ばむくらいに暑くて、暑さの苦手な私は正直行く前から帰りたかった。それでも、誤解がないように言っておく。この時点では、まだ楽しかったのだ。インドア派の人には恐らく共感してもらえると思うが、嫌だったのは行く前だけで、その場に行ってしまえば問題なく楽しめるのである。

問題は、そう、その後に連れて行かれた岐阜駅直結の、シティタワー。無料で上がれる展望デッキで起こった。

高い所が苦手な私は、なるべく窓際に近寄らずにいた。今にして思えばどうして嫌だと、登りたくないと言えなかったのか分からない。もしかしたら酔っていたせいかもしれない。分からないけど。

とにかく、そんな風に腰の引けた私の手を取って――突然の接触にぞっと鳥肌が立った私には気付かず――U君は言った。


「僕と結婚を前提に付き合ってくれん?」


「え、嫌や」


思いの外、その即答は囁き合うようなカップルしかいない周囲に響いたようで、U君だけでなく、周囲の空気まで凍ったようにしーんとなったのを覚えている。


「ごめん、でもやっぱ無理」


握られていた手をほどいてそう言っても、U君はぽかんと口を開けたまま身じろぎすらしなかった。彼なりには勝算があったのだろう。何と言っても相手は私だ。お世辞にも性格が良いとは言えないし、容姿だって贔屓目に見ても十人並みがいいところだろう。取柄といえば平均よりも多少良かった学生時代の偏差値と、平均よりも多少大きいサイズのおっぱいだけ。それも学生時代の偏差値なんて過去の栄光だし、おっぱいは垂れない事を祈るしかない。アーメン。

また話がずれた。

とにかく、そんな取柄すらぱっと浮かばないような三十路の女相手に、検討の余地もなく即答で断られるなんて思ってもみなかったに違いない。硬直したU君は、私が背を向けてエレベーターに乗り込んでもう一度振り向いて、そしてその扉が音もなく閉まるまでずっとそのままだった。


それから。

一人になってエレベーターの中で、私は叫んだ。


「っ、神様オッケー分かった! 私はお一人様で好きに生きる!!」




そして冒頭に戻る、である。

これ以上上手く説明ができないのだけれど、無理だと思ってしまったのだ。

もっと早く気付いていれば、U君と連絡先を交換して無駄な手間を掛けさせる事も、苦手な暑い場所でお酒を飲む事も、高所に登る事も、U君をカップルだらけの展望デッキに置き去りにする事もなかった筈だ。U君の今後の幸せを、身勝手は百も承知で祈っておく事にしよう。

本当にすまんかった。

幸せになってくれ。


いや本当にね、私がどこかおかしいんだと思うの。

一般的にイケメンと言われる部類の男性を見ても、顔がいい以外の感想が湧かないし。

二人でご飯に行く程度には好感を持っていた男性に触られれば、ときめくより先に悪寒が走るし。

学生の頃は良かったなあ。勉強さえしていれば真面目だねと褒められて、恋人なんて作らなくても適当に友達の話を聞いていれば何も問題なかった。深く関わる子なんていなくて、学校で過ごす数時間をやり過ごせばいいだけだった。

社会人になって、使えるお金は増えて確かに一時はとても自由になったけど、それはたった数年の事だった。二十代後半になって周りが結婚・出産ブームに入ると、今度はそれを求められるようになったのだ。

なんてことだ!

結婚。今度は話を聞いているだけでは済まない。自分で相手を探し、選び、関係を深めなくてはいけないのだから。

あの頃の私の絶望を、なんと言えばいいのか未だに分からない。

小学校から専門学校まで、通算十四年間の窮屈な学生生活を終えて、ようやく好きに生きられると思ったら今度は結婚して子供を産んで、新しい家庭を築けだなんて。それが人並みの人生だなんて。

嫌だ。

私は私の、これまでずっと一緒に生きてきた家族が好きだ。

私は私の好きにできるのがこれまでの三十年だけじゃ物足りない。


私は私の為だけに生きて、死にたい。


ね、人並みに生きていきたくて頑張ってはみたけれど、やっぱり無理なものは無理でしょう。

神様。無理して結婚する前に教えてくださってありがとうございます。

仏様。人生八十年として残り五十年、本当に好きに生きてみたいと思います。

好きに生きるっていうのがどんなものか、正直分かっちゃいないけど。



これは私が、私の「好き」を知る毎日の備忘録。


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