勇者と過去の決心
――学校での渡――
渡の学校での立ち位置は、真ん中より少し下くらいだ。
この基準は忘れ物をしたとき、何人に物を借りることが出来るかで、判断している。
借りることが出来ないのは、自分以上の人間だ。
渡には幼馴染がいた、名前を奏という。
奏は気の弱い女の子で、渡と仲が良かった。
ある日、奏に対するいじめが始まった。
理由は詳しく知らない。
知ろうともしなかった。
奏が教室で、蹴られ、殴られている。
渡は、その光景を見ていた、
ただ見ていた。
そして心の中で自分を責める。
何故俺は、助けないんだ?
ここは、動かないといけない場面だろ。
しかし、助けると標的が俺に移るのは目に見えている、
自分に危害が及ばないのなら放置でいいか。
しかし、見ているのは不愉快だ。
助けたい気持ちと、面倒に巻き込まれたくない気持ち、
二つの間で心は揺れていた。
渡は動き、立ち上がって、声を上げた。
「ちょっとそれくらいで、やめ――」
「――わたるくーん。何か言いった?」
いじめる側の犯罪者が、渡に素早く詰め寄り、
ブレザーのネクタイを軽くつかんだ。
渡は少し考えて、声を出した。
「んー、ちょっと、トイレに行きたくなっただけ」
「はやく、行ってきなよ」
渡の面倒ごとに巻き込まれたくない気持ちが勝利した。
学生生活の大半を問題解決に費やす必要はないと判断した。
渡はその場から離れるため。
一歩一歩、歩みを進める。
ふと、後ろを振り返ると、奏と瞳が合った。
今、思い出しても寒気がしてしまうような、
混沌とした瞳をしていた。
罪悪感がふつふつと湧き上がる。
自分の助けたい気持ちに、自身で言い訳をする。
――人助けは、自分の身を滅ぼしてまで、することじゃない。
滅ばぬ程度にするのが正しいんだ。
だから、奏を見捨てるのも間違ってなんかない。
人間は基本、他人の為ではなく、自分の為に動かねばならないんだ。
だけどこの考えは、
……昔憧れたヒーロには、似つかわしくないな。
自分を正当化した。
何度も何度も自分に言い聞かした。
そして奏と自分を照らし合わせ、
自分が危険な状態に追い詰められたとき、
どうするかを決めることにした。
――俺が自分の尊厳を、他人に害されたとき、
この命をもって抵抗してやる。
絶対にだ。
********************
――アブソル王国――
渡たちは、宮殿の中に向かっていた。
話は、宮殿内ですることに決定した。
最初は渋った渡だったが、ルイスの泣く姿を見て、
家族を思う心を感じ、
バリスの、裏表のなさそうな性格を感じ、
決して悪い人達ではないと、位置づけた。
バリトが前を歩く、右手にミーティーを抱えている。
その後ろを、渡とルイスが付いて行く。
――なぜミーティーさんは、自分で歩かないんだ?
渡は疑問に思ったが、聞くことはしなかった。
渡は、改めて景色を見渡す。
――大きな庭だな、宮殿も大きい。
芝は刈り揃えられていて、踏み心地が良い。
少し遠くには、石で造られている祠のようなものが見えた。
宮殿は右と左にシュウマイのような屋根がある。
無駄な飾りはないが、窓が均一に並んでいて、
壁に太陽の光が跳ね返って、白さがまぶしい。
渡が目を細めながら宮殿を眺めて歩いていると、ルイスが話しかけてきた。
「渡さん、お腹空いていませんか?」
渡は自分のお腹と相談する、
どうだい俺のお腹、何か欲しいかい? 食べたいよ!!ちょっとでいいけどね。
そうか、わかったよ。
「軽く、何か食べたい気分ではあります」
ルイスは、ポンと手を叩いて、
「そうですか、お食事でもしながら、お話をしましょうか」
ルイスはニッコリと笑った。
――また、この笑顔だ。
渡は、この作り笑顔に無性に腹が立っていた。
男はみんな好きでしょ、私可愛くない? って顔面で語ってくる、
自信のある笑顔だ。馬鹿にされている気分になる。
しかし、気に入らなくても、すぐに自分の世界に帰ることが出来ない以上、
付き合って行く必要がある。
だから、渡は表面上だけでも、仲良くする努力をすることにした。
「良いですね、そうしますか」
渡が、ルイスの瞳を見て答えを返すと、
ルイスは笑うことをやめた。
宮殿の入り口をバリトが開く、
「渡様、どうぞお入りください」
ルイスが、宮殿内に入ることを促してきた。
「お邪魔します」
――広いな、それに綺麗だ。
太陽光が上手に部屋の中を明るく照らしていて、
照明はつける必要がないくらい明るい。
壁には暖色系の色石が均等に設置されている。
装飾は少なく、
唯一飾られている、花瓶
その花の匂いが、柚子のような香りを発していた。
――陶器の入れ物や、建築技術もある、悪くないな。
文明の発達がそれなりであることを確認して、
渡は安心していた。
「渡様、ベランダに向かいましょう。
もう昼食の時間ですので、食事をつまみながら、
お話をしましょう」
「ルイスさん達は昼食を食べられてないのですか?」
「ええ、今ちょうどお昼の時間ですから」
「ちなみに、食事は、朝、昼、晩の三回ですか?」
「そうですね、アブソル王国は一般的に、
朝起きて食べ、太陽が高い位置で頂食べ、日が沈んで少ししたら食べる、
計三回ですね」
ルイスは昼食と言っている、渡は昼食を食べている、
渡は気づいたことを口に出す。
「時差が発生しているみたいですね、僕は昼食を食べましたから」
「そうでしたか、私達だけ昼食にするのは、おかしいと思いますので、
お茶とお菓子を用意しましょう」
このとき、バリトに抱えられている、ミーティーのお腹がグーとなった。
「ルイスちゃん私は食べるわ」
ミーティーはバリトに抱えられながら張り切って答える。
――ミーティーさんは動いてないのに腹は減るんだな、なんでだ?
渡は、さらに疑問を広げた。
ルイスは申し訳なさそうに、
「渡様、食事を頂きながらでも問題ないでしょうか」
「問題ないですよ」
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