勇者と泣き崩れる王女
福沢諭吉は学問のすすめで、自分の権利が害されるとき、この命をもって抵抗すべきだと言っている。
第二王女ルイスは、ソワソワしていた。
今日は、カレミスが見つけた勇者が、召喚される予定の日である。
ルイスは勇者と最初に顔を合わせ、この国の代表として対談し、相手の心に自分を染み込ませ、家族のような存在になることが目標である。
ルイスは、鏡前で笑顔を作り、自分に気合いをいれる。
――メイクよし、髪よし、笑顔は? ――
「――よし、可愛いわルイス、これなら男はメロメロよ。
可愛い私なら、必ず出来る。
頑張るぞー、おー」
ルイスは右手を振り上げた。
――姉様が繋いでくれた希望を、現実に変える。
ルイスは、自分に自分でプレッシャーをかけ続けた。
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石盤の近くに、ルイスは一人で待っていた。
カレミスが転移した部分だけ、石盤はスッポリ無くなっている。
ここに勇者が石盤ごと召喚されるのだ。
他の仲間たちは、遠くから観察している。
大勢で出迎えては、勇者を萎縮させてしまうからである。
太陽は眩しく、庭の芝を揺らしながら吹く風は心地いい。
勇者を迎えるにはもってこいの天気だった。
突然、カレミスが転移した空間が、薄緑色の光を放ち始める。
光の粒子が集まって人形を作り、その人型は、密度が少しつつ高まって、
やがて……人間になった。
――姉様、見つけることが出来たのですね。
まず一つ成功を重ねた作戦に、喜びを感じる。
そして、勇者が召喚されたと言うことは、姉様も生きているとわかる。
その事実は、ルイスを元気づけた。
勇者と思われる人間は、回りを見渡し、動揺しているようだ。
こちらに気づき、じっと見つめてくる。
ルイスは、瞳を覗き、感情を読み取る。
――驚き、不安、緊張、恐怖の感情!!
この勇者の感情からカレミスが、何も説明をせずに勇者を転送した可能性が、ルイスの頭をよぎった。
しかし、自分の姉のことより、目の前の勇者。
ルイスは観察する。
髪は短髪で、身長は推定170超えているくらいだろうか。
身なりは清潔で、あまり頼りになりそうな体つきではない
魔王を倒せる可能性があるとは信じられなかった。
勇者に近づきながら、
金髪を少し整え、挨拶をする。
「初めまして、私はこの国の第二王女、ルイス・レバトニアと申します」
「あっ、えっと、僕は、紅葉谷 渡って……夢で自己紹介しても意味ないな」
ルイスの姉が何も言わないで転送したことが確定した。
渡は夢だと思っているようだ。
渡が転送されたくなかった場合、最悪のスタートになるとルイスは思った。
――ここで、出来るだけ良い印象を与えなければ!!
ルイスは覚悟を決めて笑顔を作る。
――私!! 私史上最高の笑顔で、一目惚れさせる。
それくらいの勢いで、
笑え、笑え、笑顔で、可愛く、愛嬌良く、笑え。
ルイスは笑う、王女だけあって、完璧な笑顔である。
しかし、緊張により、汗腺が仕事をしているようで、
冷や汗をかき、水滴がスッと頬を撫でた。
「紅葉谷 渡様、落ち着いて聞いてください。
これは夢ではなく、現実でございます」
「うわ、めちゃくちゃリアルな夢だな、
女の子の笑顔が眩しすぎる。
自分の想像力に脱帽したわ」
渡は、ルイスに近寄って、髪の毛を触った。
はい?なんで私の髪をいきなり触るのでしょう。
渡様の世界では挨拶として髪を触るのでしょうか、
篭絡するのも任務の内ですけど、
そうか!! 美しすぎる私が悪いのですね、なんて罪な女。
「なんだ、サラサラなこの感触、リアルすぎ、俺の妄想力レベル高すぎ君」
「お褒めに預かり光栄ですが……紅葉谷 渡様、
もう一度言いますが、これは夢ではなく現実でございます」
渡は、自分の頬を軽くつねる。
「痛い……マジで現実なのか」
ルイスは、渡の感情を読み取る。
――驚き、不安、焦り、恐怖、期待の感情
渡は期待もしていた。
ルイスにとっては行幸である。
期待があるということは、求めているものがあるということ。
求めているものがなければ、交渉自体することが出来ない。
何に期待し求めているのか?
知るためにルイスは言葉を切り出そうとしたが――
――渡が先に声を上げた。
「えっと、王女さんで良かったですか?」
「はい、あっています」
「取り敢えず、ここがどこか教えてもらって、良いですか?」
「渡様、そのお話は長くなりそうなので、
一旦宮殿の中に入りませんか?」
「あー、取り敢えずこのままで良いですから、
場所を教えて貰って良いですか?」
渡は警戒している様子だ。
何とか、自分に対する警戒心だけは解きたいですね。
「そうですか、お日柄も良いですから、外でお話しするのも、清々しくて、気持ちいいのでそうしますか」
ルイスは明るく振る舞い、思考を巡らす。
――明るい天気を、上品に手を上げて楽しむ私。
渡様からは、可愛く見えているでしょうか?
やらないよりはまし、くらいの気持ちでぶりっ子しましょう。
「渡様、ここはアブソル王国という名前の、
人間国でございます」
「アブソル? 聞いたことがない国名です」
ルイスはにこやかなまま話す。
「渡様は、お知りにならないのも無理は無いでしょう、
渡様は、別世界からこちらの世界にいらっしゃった、
異世界人なのですから」
「あー、やはり異世界転移ものですか、
漫画や小説で少し読んだことありますけど、
自分の身に起こるとは、現実感が無いですね」
「渡様は落ち着いていますね、素晴らしいです。
もっと慌てられるのが、普通だと思いますよ」
渡様を褒めて、持ち上げて気持ちよくなってもらわないと。
「いや、本当にビックリしていて現実感がなくて、
受け止めきれていないだけですし、
ルイスさんは、話のわかる人そうなので最悪の状況では、
無さそうですから、
異世界に送ることが出来るのなら、
僕の世界に帰ることは出来ますよね?」
「渡様が、立っている足元ご覧下さい」
渡は足元を見つめる。
「そこに魔方陣が書かれていまして、
そこから渡様の世界に転移することが出来ていたのですが、
その魔方陣は回数制限がありまして、
もう使用出来ないのです」
「あの、簡潔に言って貰って良いですか?
戻れるか、戻れないか?」
渡は少し怒気を含めて声を出した。
ルイスは、笑顔を絶やさずに、
「渡様、戻ることは可能です」
怒っている、まあ、拉致ですからね、無理もないですか。
「良かったです、戻れるのですね」
「ええ、しかし今すぐ戻れる訳ではありません」
「どういうことですか?」
「渡様はこの国の勇者様として、召喚されました、
召喚される前に説明等は、ありませんでしたか?」
「ないですね。
変な老女に、絵の中の人達助けられるならどうする? って聞かれたので、
助けますと言ったら、変な光が沸いて、
光の外で土下座しながら、
国民を助けて、的なことを言われて、
この場所にいつの間にかいた感じですね」
ルイスは驚愕した。
――姉様が老女!! 老女とは何歳でしょうか?
仮に異世界で姉様が八十代だとしても、
姉様は五十年間以上勇者を探していたことになります。
姉様……きっと体力の限界が近かったのですね。
姉様は一人で、国のために長い時間厳しい旅をして、
目的を果たされたのですね。
あぁ、泣いてしまいそう。
駄目だ、笑顔を作らないと。
せっかく姉様が繋いでくれた希望が目の前に居るのですから。
ルイスは、瞼を少し閉じて、心を高ぶらせる。
――私がここで頑張らない、理由がない。
「そうでしたか、こちらの物の不手際で、
不安な気持ちにさせてしまい、大変申し訳ないです。
説明をさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「はい、いろいろ説明してください。
僕もよくわからない状態なので話を聞きたいです。」
ルイスは笑う、自分が可愛いのも自覚しているし、
男が女の笑顔で安心したり、好意を抱いたりすると知っているから。
渡がポケットの中身に、何か入っていることに気付いたようで、
手を突っ込み、何かを出した。
ルイスは警戒しながら考える。
――何が入っているのでしょう、魔力消費の関係で物なんて殆ど転送できないはず。
……手紙!! (親愛なる家族へ)とアブソルの文字で書いてある。
私達あての手紙です。
やった!! うれしい。
ルイスは、嬉しさのあまり渡に近づき、
手紙を受け取るため動こうとした瞬間――
――渡は、その手紙を破り捨て、放り投げた。
ルイスは、破り捨てられた手紙が放物線を描き地面と接触する場面を見つめ、
感情をあふれるのを感じた。
――姉様……優しかった姉様。
菓子を食べるときいつも大きい方をくれた。
頼りになって、私は姉様の背中を見て育ったんだ。
そんな姉様からの最後の贈り物が、
だめだ、もう笑顔なんて作れない。
ルイスは涙をこらえている。
渡を不安にさせてはならないから。
渡に頼りにされる存在になりたいから。
渡はルイスの異変には何も気づかず、言葉を吐き捨てる。
「なんか、変な手紙入っていたので、捨てちゃいました。
きっと、老女が入れたやつですよ、
人の事、何も説明しないで飛ばすような奴の入れたものなんて、
信用できないですから」
――姉様は何も悪いことしていないのに。
国民の為を思って一人で頑張っていたのに。
渡様には関係ないかも知れないですけど。
ひどい……姉さまを馬鹿にしないで。
ルイスは、吐息のような声を出す。
「姉様の事、悪く言わないでください」
「すみません、なんて言いましたか?」
涙と鼻水を流しながら 声を張り上げて、
「姉様の事を、これ以上悪く言うんじゃねえ」
そう言って、ルイスは二枚に破れた手紙を拾い、
胸に抱き、すすり泣き初めてしまった。
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