88.感傷
――元騎士団長視点に戻る――
いざという時の肉壁としても、いや、お嬢様の戦闘能力を考慮してしまえばその位しか使い道が思いつかないが、すぐにお嬢様達へと追い着かねば。
「ちょっと待ってくれ」
「誰だ?」
背後から声がかかり、振り返って臨戦態勢をとる。
「オレだよ、オレ。さっき会ったばっかだろう?」
「ああ、お前か」
そこにいたのは若さまと親しげに話していたチンピラだった。
「態々ここまで追い掛けて来るなんて、ご苦労なことだな」
「頼む!オレ達を連れてってくれ」
私の皮肉を歯牙にも掛けず、頭を膝にぶつける勢いで下げるチンピラ。
「悪いが、それは出来ない」
「何故!?」
「素性の知れない者を連れていく義理も、守ってやる意味もないからな」
「オレのことはケイデン様が存じ上げている!ケイデン様ならわかってくださるはずだ」
冷たく突っぱねるも、それでもめげないその心は評価に値するし、私もその心意気は気に入った。だが、私の一存では決められないことだ。
「生憎だが、若さまは亡くなられた」
「……は?」
私の言葉に凍り付くチンピラ。
「今、なんて?」
「聞こえなかったのか?若さまは亡くなられた」
チンピラは口をあんぐりと開けて押し黙った。
「若さまは敵の魔術師の不意討ちからお嬢様を身を挺して守ったのだ。若さまの胸に敵の魔術が直撃し、亡くなられた。お嬢様方は若さまの遺言に従い、魔の森へと向かっている」
それを聞いてチンピラはしばらく俯いていたが、きっと顔を上げて、私に掴み掛かってきた。
「なんだ?」
「……お前は!ケイデン様が亡くなられたなら、少しは悲しんだらどうだ!」
私はその言葉に抵抗しようとしていた不意を突かれ、押し倒された。
「ケイデン様が亡くなられたんだぞ!お前は、ケイデン様の騎士だろうが!何故そんなに淡々とケイデン様の死に際を語れるんだ!」
「私は……」
私は若さまの騎士ではなく、母御の騎士だ。
喉元まで出かかった言葉は声にならなかった。
ならば、私は若さまに忠義を誓っていないというのか?否。
若さまと過ごした時は全て偽りであったというのか?否。
私は若さまの騎士ではないが、若さまに忠誠を誓っていない訳でもない。私はただ、若さまのことが好きだ。
「いや、済まなかった。オレはちょっと正気を失っていた。許してくれ」
チンピラはすぐに体を起こすと、頭を下げてきた。
「おい、チンピラ」
「なんだ?騎士」
私はおそらく、これから騎士として恥ずべき行為を行うだろう。騎士の名を地に陥れ、秩序と混沌を混同させる行為となるだろう。
だが、一人の男として、一人の人間として、しないという選択肢はなかった。
「私の名前はコッケルだ。お前の名前は?」
そう言って、私は右手を差し出した。
「……。オレはオトマールってもんだ。よろしくな」
チンピラ……いや、オトマールは少し驚いた顔に笑みを滲ませ、私の右手を強く握った。
「そうか。着いてこい、オトマール。若さまを復活させに行くぞ」




