79.美
――元騎士団長視点――
胸に大きな穴を開け、苦しげな表情に、それでも笑みを浮かべている若さま。
その死に顔は血で汚れ、眼からは涙が伝い、普段の若さまの可憐な笑みとは似ても似つかないものなれど、とても高潔で、美しかった。
何を持っても再現出来ず、言葉を尽くしても到底伝えられない美しさ。
人は、ここまで美しくなれたのか。
私は若さまのご遺体に縋り付いて号泣するお嬢様のことを忘れ、ただ、見入った。
「彼のことは、残念だが」
「……なんですか」
唐突にゴブリンが言葉を発した。
私は彼が魔の森の勢力であることや、何よりも若さまの顔を見ていたのを邪魔され、少し不機嫌に応じた。
何故魔の森の勢力が若さまとあれほど親しげだったのか、何故このゴブリンはこんなにドライなのか、など、疑問は尽きないが、それでも生前若さまが親しくしていらした方だ。
下には置けまい。
「|グギャグギャ《早く移動した方がいいぜ》」
「……そうですね」
私はもう一度若さまを見た。
瞬間、お嬢様の泣き声も、その姿も、何も見えなくなる。
ただ、若さまの顔だけが真っ暗な筒を抜けた先にある。
「グギ!」
「はっ!」
私は今、何を。
お嬢様へと視線を移す。
「お嬢様。行きましょう。若さまのご遺体は、私がお持ちしますから」
「駄目ぇ!カッドが死んじゃう!」
「……お嬢様。若さまのことは、諦めてください。それに、神聖魔術の使い手の元へとすぐに運べば、蘇生するかもしれませんよ」
「いやぁ!《蘇生》が使える神官なんて見つからないわよ!」
幼子のように泣きじゃくりながら若さまのご遺体に縋り付いているお嬢様を見て、ゴブリンは私に目で問いかけてきた。
『どうする?』
私は首を横に振って応える。
『どうしようもない』
こんなに泣いているお嬢様を見るのは久しぶりだ。
本当に、何年ぶりだろうか。
九年前に母御が失踪してからは、一度もお嬢様の泣いている姿を見たことはなかった。
「お嬢様。若さまも仰ってましたよ。もう、ここを離れましょう。ここに留まって魔術師団本隊に追いつかれれば、若さまが犬死にしたことになってしまいます。今すぐに、魔の森へと向かいましょう」
「でも、でもカッドがぁ!」
どうしたものか。
お嬢様の扱い方をよくご存じであった若さまであれば、ここでお嬢様を宥め賺してどうにか出来たのであろうが、本当に、若さまが亡くなられたことは残念だ。
お嬢様を見ていると、再び若さまの顔を意識しそうになる。
すぐに彼方へと視線を飛ばし事無きを得るが、もう一度若さまの顔を直視すれば今度こそそれに取り込まれてしまうだろう。
若さまの死に顔は、それほどに美しいものだった。
後ちょっとです。
今度こそ終わります。




