53.ダゴン
「総員、突撃!全ては王の仰せのままに!」
「「「「「「全ては王の仰せのままに!」」」」」」
蟻人共が突撃していき、機械兵共がバリケード――腰の位置まである土の壁やそれと隣接している胸まで埋まりそうな溝、地面から飛び出している土で出来た槍衾や、氷で覆われた地面――の向こうから反撃してくる。
蟻人共はその巨躯に似合わぬ鋭い動きでこれを避け、その先にある氷に滑った。しかしその勢いのまま槍衾を粉砕し、土の壁にめり込んだ。蟻ならではの堅さがあればこそ出来る芸当だ。我であれば、『金剛』を発動せねば同程度の堅さは得られないだろう。まあ、この程度の堅さを割るのは造作ないのだが。
「さて、我も少しはやっておくか」
我はもう戦えなくなった物へ鞭打つ趣味は無いが、自称平和主義の小僧のように戦闘を楽しむという趣味も無い。寧ろ平和が一番だとすら思っている。
それ故、多少の禍根は残ろうとも、ここで人間共をこの世から消し飛ばしておいた方が我らにとってより良い未来が待ち受けているということがわかりきったことならば、たとえ戦闘意思も、戦闘能力も皆無だとしても、そうする所存だ。
「せめてもの慈悲だ。苦しまずに逝け」
両手の間に魔力を集積させて行く。
我は修道僧であるが故に、基本的に魔法は使わない。広範囲殲滅魔法などを使うよりも、巨大な岩を空中で砕いた方が早いからだ。しかしそれをやると、稀に体のあちこちに穴が開くだけで死なないということが起こる。
それでは慈悲にならない。
「生死は何人も操ることが出来ず、来たるべき時に来たれり」
そのための、詠唱。
可視化された魔力が渦巻き、どんどんどす黒くなって行く。
「故に、我は冀う。彼の者に死、あらんことを。彼の者に生、あらんことを」
我ほどの強さならば、このくらいの詠唱でも本来の威力は出せる。
しかし、失敗は許されない。蟻人共と機械兵共の戦力差はほぼ無く、現状は拮抗している。
「我は矮小で、強き者なり。古より眠りし者よ、我が願いに応え、その姿を顕現せよ」
これは我が配下の死霊召喚術士より教わった、怪物を呼び出す魔術。
セントールは主に槍を使うが、奴は槍を使うよりも魔術を使うのが好みだという変わり者だ。体内から魔力が抜けて行く感触が堪らぬらしい。なんというか、うむ、変わった奴だ。
称号スキル『ネクロノミコン』を獲得してから、このような怪物を呼び出す魔術をいくつか習得したらしい。これはその中でもかなり格の低い部類だ。怪物が取得した経験値が全て召喚者の物になるなどという、高等な能力は有していない。その分経験値を消費して召喚する訳でも、召喚するのに全魔力が必要な訳では無いのだが。
「其は太古の栄光なり。かつて海に沈みし帝国を守護した彼の者共の一柱なり」
召喚するのは悍ましき姿の魚人のような者。
魚人よりも遙かに醜悪で、狂っている。
「ああ、祖先よ。〈深き者共〉の一柱よ。父なるダゴンよ、目覚めたまえ!」
こうした怪物を召喚する時特有の妙な高揚感と、魔力を抜かれた脱落感が我を支配する。
そして我の手元にある魔力は回転を増していき、漆黒の色となった時に、我の手元から解き放たれた。
解き放たれた漆黒の渦はより大きく形を変えていき、やがて人間のような、しかし限りなく魚に近く、それでいて、やはりどこか人間らしさを残している姿を型取り始めた。
やがて現れた姿は、人間とも魚ともつかない、まさしく魚人のような、しかし言い表せないほどの醜悪さを有しているモノだった。
我も最初にこれを見た時は気を失いかけ、半狂乱になって粉々に砕いたものだ。もはやこの醜悪な姿にも慣れてしまったが、あのとき素直に気を失って、こんな姿に慣れなければ良かったのかもしれない。
別にクトゥルフ神話にするつもりは無いので、ご安心ください。




