37.アレクセイ君の場合
――弟君の場合――
部屋でウトウトしていると、廊下を小走りする音が聞こえてきた。
誰か俺に用がある者がいるのだろう、俺の部屋の前で立ち止まり、逡巡してから四回、扉を叩く音が聞こえた。
「ア、アレクセイ様。緊急事態にございます」
「どうした、入ってこい」
本来ならば名前の確認くらいするところだが、緊急事態だというのならば仕方がない。
若干緊張した面持ちのローブ男が入ってきた。
「お前は?」
「はっ!魔術師団所属のアウレーリウスと申します」
そう言い、手に持っている杖に刻印された当家の炎の紋章を見せてきた。
「そうか。何があった?」
「は!町の北西にて、敵対生物の侵入との報告がありました」
「何!?」
町の中に敵対生物の侵入?
何があった?
防壁の強度からして、余程の強さで無い限り、壊すことは不可能。たとえ空を飛べたとしても、誰にも気付かれずに侵入など不可能だ。
「魔術師団は?」
「老師の指揮で既に現場へと向かわれました」
魔術師団はいないか。
最近漸く取り込めた強い手駒を一時的とはいえ、手放すのは惜しいが、ここで魔術師団を出しておかないと評判が下がる。
そんなくだらない理由で廃嫡なんてされたら堪ったものでは無い。
「何故町の中まで侵入を許してしまった?」
「申し訳ありません、そこまでは」
「知らないか」
まあいい。
町の中にまで敵対生物を侵入させてしまったとなると、それは俺の失態となってしまう。
ならば、原因を作ればいい。
「だが、予想はつくな」
「と、申しますと?」
「おそらく兄さんが手引きをしたんだろうな。あの私生児が」
「なっ!?ケイデン様が!?」
「私生児ごときに様なんて付けなくてもいい。所詮どこの馬の骨とも知らない娼婦から生まれた奴だ」
「……」
兄さんの出自には謎が多い。父上がある女に孕ませ、丁度十年前、兄さんが六歳、俺が四歳の頃に父上がその女共々城に連れてきて以来、ずっとこの城に居続けている。
どこかの下女だと言われていたが父上はその女の出自について一言も口にしておらず、当人もそれを明らかにすること無く、その一年後に姿を消した。
当然母上は怒り狂った。父上と母上は貴族には珍しい恋愛結婚だったから、尚更だろう。
兄さんとその女は虐められ、一年後にその女が消えてからは特に過激になった。父上と母上は一年の内半分を王都で過ごしていたから、その半年間は気が楽だっただろう。
しかし兄さんは優秀だった。
母上からの虐めに堪え忍んでいる姿を見た俺は、自分の中に嗜虐心が芽生えたのを悟った。
兄さんを前にすると思わず悪態をついてしまう。思っていることと正反対の言葉が口をついて出るのを、俺はどうしても止められなかった。
悪いことだとわかっていても、思わずやってしまう。そして母上はそんな俺を肯定してくれた。
自分でも調子に乗っているのには気付いている。
それでも、俺は自分を抑えきれなかった。
「奴はあれで中々頭が回る。この街を乗っ取ろうと画策しているようだが、好きなようにはさせないぞ」
「頼もしい限りです」
自分を正当化しつつ、兄さんを悪者にする。
本当の悪者は、ここにいるのにな。




