10.渡り人
肩を叩かれましたが、お嬢さんと呼びかけてきたので、無視します。
「あの、お嬢さん?ちょっといいですか?」
そう言って肩を掴んできたので、その手を捻り上げます。
「いっ痛たたた!ちょ、ストップストップ」
降参したので手を解放してあげます。
「な、なんなんですか?急に人の腕を捻り上げたりして」
「はぁ」
私はこれ見よがしに溜め息をついて、彼の方へ向き直ります。そこにいたのは、優男風のイケメンでした。
「さっきから聞いてみれば人のことをお嬢さんお嬢さんと。私は男ですよ!?見てわかりませんか?挙げ句の果てに馴れ馴れしく肩を掴んでくる始末!あなた、一体何様のつもりですか?」
「兄ちゃん達、喧嘩なら余所でやってくれ」
「あ、マスター、串焼き一本追加で」
「……あいよ」
喧嘩になるかもしれないと判断したのか、首を突っ込んできたマスターに串焼きを頼みます。酒屋で串焼きというのはちょっとどうかと思うのですが、ある物は仕方がありません。そして、美味しい物は頼まなくてはなりません。
「それで、なんのようですか?」
「えーと、女扱いしたことは謝ります。その上で頼みたいことがあるのですが」
「はいよ!朝食Bセット、串焼き一本追加だ」
「ありがとうございます。お代はこれでよろしいでしょうか」
「1、2、3……よし、ピッタリ頂戴しました」
タイミング良く、優男な渡り人の方が何かを頼み込もうとしてきた時に、マスターが朝食を持ってきてくださいました。数日前、持てるスキルを駆使して、城の金庫から拝借してきた資金から朝食代を捻出します。
「それで、どんなことを頼みたいんですか?」
若干いたたまれなくなった雰囲気の優男さんに、話を振ってあげます。
「僕とパーティーを組んでくれませんか?」
「ああ、そんなことですか。別にいいですよ?」
その程度のことを了承しないほど狭量ではありませんから。
「いいんですか?じゃあ、早速」
「その前に朝ご飯を食べさせてください」
渡り人の方々は食事をしないのでしょうか?
「いただきます」
まあ、いいです。
そんなことを聞いてボロを出したくありませんから。
今の私は、一人の渡り人です。
「……」
「……」
私が食事をしている間、優男さんは黙って隣に座って待っていてくださいました。これは評価を少し上方修正しなければなりませんね。
「ごちそうさまでした」
優男さんがパーティー申請を出してきたので、受諾を押します。
「君の名前を聞かせてくれないかな?」
……パーティになった瞬間に馴れ馴れしくなりましたね。
「私の名前も、あなたの名前もどうでもいいので、速く依頼を達成しに行きましょう?何か依頼を受けているんでしょう?」
「はぐれゴブリン退治の依頼を受けてる。それじゃあ早速」
「その前に、役割を分担しましょう」
意気揚々と出て行こうとした彼を捕まえます。
私は口元をナプキン代わりのハンカチで拭いながら、彼のことを尋ねます。
「ジョブはなんですか?」
「ええと、剣士見習いだよ」
「なるほど。剣士見習いですか」
初級職ですか。まあ、初日の渡り人などこんなものでしょう。渡り人の真価は成長速度にあるらしいですし。
「私は短剣使いです。では、取得しているスキルを教えてください」
「スキル?……『剣戯』、『光魔術』、『看破』、『交友』、『体術』、『跳躍』、『回避』、『物理耐性』、『魔術耐性』。……あ、後は『致命の一撃』を取得してる」
『看破』は持っているのに、『鑑定』は持っていないのですか。『回避』はいらないので、『鑑定』に変えて欲しいですね。
それにしても、『剣戯』とは、懐かしいスキルです。これは剣士系スキルの初歩的なもので、『剣を振り回す時に若干の補正』程度の能力しかありません。
剣士を目指すなら誰でも一度は通る道なのですけどね。
「……そうですか」
どんな依頼を受けるかにもよりますが、彼を前衛に出すには弱すぎますね。
私は本当は後衛というか、遊撃をやりたかったのですが、ここまで弱いとは想定外です。
「では、私が前衛、あなたが後衛で行きましょう」
「え?」
「私のステータスで最も高いのはAGIです。その次に高いのがDEFなので、おそらく前衛もこなせるでしょう」
「……はい、そうですか。わかりました」
渋々ではありますが、彼は認めてくれたようです。
これは少し、彼にいいところを見せないといけませんね。




