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014:道中

「お前、もう動いて大丈夫なのかよ?」

「そっちこそ。腕、痛めてるって聞いたよ?」

「おう、どっかの誰かさんが無茶な運転で俺を振り落としてくれたおかげでな」


 ジト目でにらみながらそう言うジェドに対して、フェイは小さく『……あっ』と声を漏らすと、そっぽを向いて口笛を吹くという古典的なリアクションを取る。


「……お前、まさかあん時……っていうか今の今まで後ろに俺が乗っていた事忘れ――」

「まぁまぁ――まぁまぁまぁっ! アタシもアンタもキョウスケも生き残ったんだからいいんじゃないのっ! 終わりよければすべてよし!」


 地面に叩きつけられたジェドはもちろん、トラックでの体当たりを敢行したフェイも頭を打ち、加えて割れたフロントガラスの破片による細かい傷がついた顔にも湿布が張りつけられている。


「それで、遺体の回収は?」


 わざとらしいフェイの話題転換に、ジェドは小さく「この野郎……」と呟きながらも乗った。


「あぁ、終わったよ……。ほとんどはトラック置き場で殉死したし、偵察に出てた二名の遺体も回収した。全員、な」

「それじゃあ……」

「あぁ、抜けだした奴はいねぇ」


 ジェドがクシャクシャの手巻き煙草を口にくわえ、火を点ける。


「工作した人間は、まだここにいる――そういうこと?」

「……それはそれで解せねぇな」


 吸い慣れたというべきか、吸い飽きたというべきか。

 不味そうに煙を吸い込むジェドは、それを勢いよく吐きだす。


「あの騒動は間違いなく逃げ出すチャンスだった」

「この辺りにクリーチャーは少ない。元々、昨日までに自警団が念入りにここら辺は掃除していたしね」

「あぁ、だから夜でも逃げだせたハズだ」


 このまま犯人がいたのでは、この施設に根を張ろうにもその根を疑わなくてはならない。


「隊長はどうするつもりだと思う?」


 自警団の長であり、今回の計画の現場責任者であるバリー。そして彼にもっとも近いのは、実質この開拓部隊第一陣の副長を務めるジェドだ。


「聞いちゃいないが……多分、隠すつもりだと思う」

「……やっぱり?」


 ジェドの推測は、フェイの想定の通りだった。

 下手に結束を乱す事は、そのままコミュニティの崩壊へと繋がる。

 特に、こんな四方を危険に囲まれているような地ではなおさらだ。


「工作をしやがった奴が戻っていないって事は、戻れなかったと取るべきだろう」

「迎えが来るはずだったのに来なかった、とか?」

「あり得る話だな。あるいは、俺たちの後に来る第二陣と交代で戻る事になっているのか……どちらにせよ、これ以上の工作は文字通り自分の首を締める」

「それすら思いつかずに強行したら?」

「さすがにそんな馬鹿はいないと思うが……」


 ジェドは、腰に下げた拳銃をポンポンと叩く。


「そん時は、コイツの出番さ。――残念ながらな」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「やっぱり、お前がこっちに来る事になったか」


 しばらく車の中でバリーを待っていたら、見なれたスーツの女が共に歩いて来た。エレノアだ。


「まぁ、な」

「……実質、ウィットフィールドは切り捨てられたって訳か」

「ああ。物資の提供はトロイに一任している。まぁ、大丈夫だろう」


 エレノアは、俺たちが乗って来た車。それの後ろに取りつけられた輸送用の簡易トレーラーに目をやる。


「あぁ、トロイが手配してくれたみてーだな。多少だが弾薬類と食糧、水。向こうに運びこんでいる分とも合わせれば、そこそこの量になるだろう」


 俺の言葉に、バリーはやはりと言いたげにため息を吐く。


「……だが、勘の良い奴はすぐに気付くだろうぜ? 自分達はドーバーに捨てられたって」

「そうだ。だから私が行く」


 思わずバリーに目を向けると、深いため息を吐く。


「……殺される可能性がある……って言ってもダメか」

「失敗したトップが責を取るのは当たり前だろう」


 目を見りゃ分かる。こういう目をした時は何を言っても聞きゃしないんだ。

 ハッキリとそう言いきられたコイツの言葉に、バリーは首を振って肩をすくめる。

 言いたい事は分かる。


――この嬢ちゃんなんとかしてくれキョウスケ!


 こんな感じだ。


「大体の流れは想像がつく。お前が出て行く事も、お前の邪魔してきた連中の思い通りだぞ」

「つまり、誰も見捨てないだろうと信頼されているわけだろう? ならば、応えるしかあるまい」


「……というわけだバリー。今更問答なんて無駄さ」

「もうちょっと粘れねぇのかお前さん!?」


 無理だって。絶対無理だって。地味に過ごした時間長い女だからよく分かるんだって。つーかお前もそれ分かってるから俺に投げたんだろうが。


「なるほど。ドーバーを治める人物はユニークな女性だと聞いていたが……」


 トレーラーの空いたスペースの上にシートを広げ、先ほどまで銃の分解整備を行っていた女がボソリと呟く。お前いつの間に後ろに忍び寄っていやがった。


「ん? 君は……見ない顔だが……」


 早速車に乗り込もうとしたエレノアが、首をかしげてスナイパーにそう尋ねる。

 まぁ、当然だろう。コイツ、マジでドーバーの人間全員の顔を覚えているからな。

 急に知らない顔が生えてきたらそりゃ疑問に思うだろう。


「あぁ、彼の物になろうかどうか悩んでいるただの女だ。気にしなくていい」



――……お前なに言っちゃってんの? 初耳なんだけど?



 俺を見ながらクソふざけたセリフを抜かしやがったスナイパーに向けて、咄嗟にそう言おうとする俺。

 だが、口から出るのは言葉ではなく、


「あだだだだだだだだだだだだっ! ちょ、まっ、エレノあだだだだだだだっ!!」


 エレノアの右手によって鼻に指を突っ込まれ、そのまま持ちあげられて苦痛に呻く俺の苦悶の声だけだ。


「キョウスケ……貴様の女癖の悪さは知っているが、まさか仕事の最中(さなか)に口説いていたのか? 命の危機の最中で口説いていた訳か? ん?」

「ちげーよ馬っ鹿! おっま馬っ鹿! ここに来てそんな感想か馬っ鹿!」


 笑顔とは最大の威嚇だという話を元の世界でクラスメートとしていた事があったが、今ならよく分かる。

 というか殺気を込めて鼻フックしてくるって今更ながらコイツどういう女だよ。


 押し殺したようにクックッと笑う狙撃女の声が、無性に腹立たしかった。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「なるほど、君は傭兵なのか」

「ああ、といってもどこにでも雇われる訳ではない」


 鼻フックからの関節技(サブミッション)というコンボを乗り越え、今度はバリーではなくエレノアが運転する車の中で、俺達は今後を話し合っていた。


「地上奪還。あるいはその助けになる目的を持つ作戦にのみ力を貸す。それが私の信条だ」

「……ポーツマスで活動をしなかったのはそれが理由か?」


 以前向こうで話を聞いた時、特別に話は聞かなかった。恐らくほとんど活動はしなかったのだろうと思って聞いてみたら予想通りだ。


「あそこの場合、そもそも戦闘になるような事態が少なかったというのがあるがね。基本的に探索区域にいるクリーチャーはアルミラージのみだし、よっぽど深入りしなければそこまで危険ではない」

「……ちょっと前に大攻勢があったばかりだけどな」


 もっとも話を聞く限りは、例の少年団員のうかつな発砲で余計な数を集めてしまったというのが真相のようだったが。

 恐らく、そこら辺は誤魔化しているのだろう。その少年団員のために。

 あの眼帯の男――スナイパーの女のように、なぜか誰にも名前を教えない男の姿を思い出す。


「まぁいい。これからどうするつもりだ?」

「どういう意味だ、キョウスケ」


 前の座席は女性陣、そして後ろは男性陣で固まっている。

 トレーラーを引っ張っているので安定性に気をつけ、なるだけまともな道を選びながらゆっくりとエレノアは車を走らせている。


「ドーバー側も一応は支援を続けるだろうが、多分量は最低限。トロイがなにかしくじったら打ち切りもあり得るぜ」


 トロイが物理的に排除される可能性も含めてだ。


「あぁ。だから一刻も早く、ウィットフィールド拠点を完全な形に近づけなければならない」

「……自給できる体制にって意味か? だが――」


 水はまだどうにかなる。青いアンチクショウが空に浮かんでなければ雨水は使えるし、多少リスクはあるとはいえ、他にも水を綺麗にする方法はある。

 一番の問題は作物だ。それを育てる土だ。

 まず汚染されていない土を見つけるのが大変なのだ。

 外は基本的に、どこもかしこも青い雲の雨に晒されている。完全な室内の土などがあれば話は別だが、大抵はどこかからかあの雨がしみ込んできているものだ。


 外から土を入れる場合は植物の種を植えて隔離した場所で育て、その芽が青く光るかどうかで調べるのだが……基本的に9割外れだ。

 結局、作物残渣などを腐らせて肥料として土にばら撒いていく事くらいしか現状ではできない。


「可能性があるとしたら、デカいショッピングセンターとかか。あそこら辺なら、昔の園芸用の土なんかが残っているかもしれない」


 実際、何度か発見した事がある。なにげに価値の高い商品で、一袋運ぶだけでかなりの食糧との交換を向こうから提案されたりする。

 寒期の燃料並に重視されるのだ。


「……キョウスケ」

「ん?」

「ウィットフィールドを拠点にするつもりはないか?」


 ……正直、言われるだろうと思っていた言葉だ。

 ただ、切り出されるのは向こうに着いて――もっと言うのならば、ウィットフィールドにいる人間の動きを見据えてからだと思っていた。


「ウィットフィールド拠点は、これから必ず必要になる。人が、人類がグレートブリテン島を取り戻す第一歩としてだ」

「絶望に駆られて、お前を殺そうとしてもか?」


 その場合はコイツをかっ攫うか、死を偽装して俺の旅に連れていくつもりだ。


「あぁ、もちろんだ」

「……早く生活圏を広げ、新しい生活基盤を確立させないと人同士の戦争が起こる。そう考えているんだろう?」


 そう聞くが、エレノアはハンドルを握ったまま答えない。

 ただ、その口元は苦々しく歪んでいた。


「比較的安定しているドーバーですら政争が起こったんだ。他の追いつめられているシェルターなら、物資や資源をめぐって他のシェルターを襲おうとしてもおかしくない。……ひょっとして、他のシェルターの一部はもう準備を始めているかもな」


 エレノアではなく、隣のバリーの身体がピクリと僅かに震える。

 隊長に任命されてからも現場で動いているバリーだ。ひょっとしたら、すでにそういう雰囲気を掴んでいるのかもしれない。


(……バーハム辺り……かな)


 ここらで雰囲気が異質なシェルターとなると、ここから北西のカンタベリーに向かう途中の小さなシェルターを思いつく。

 親しい友人も何人かいるのだが、それ以上に排他的な雰囲気が強いシェルターという事で思いつくのはそこだった。


「キョウスケ」


 ハンドルを握ったまま、エレノアは口を開く。


「なんだ?」

「ウィットフィールドに根を張れとは言わん。ただ、これから私……あるいはバリーは……どちらかがウィットフィールド拠点を中心に活動する。それはそのまま、地上での生き方の模索になるだろう」


 横目でバリーを見ると、小さく、まるで渋々とでもいうように頷いていた。


(この頑固おやじ、エレノアとの根競べに敗北しやがったな)


「それはきっと、後に続く人間達への道しるべとなる。だから――キョウスケ」


 風化によってか、あるいはクリーチャーによってか崩壊した建物等の残骸の山。それを避けるようにハンドルを切りながら、エレノアは俺に懇願するのだ。


「頼む。ウィットフィールドを……見捨てないでくれ」




「……わかってるよ、エレノア」




 そんなつもり、さらさらねぇよ。



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