記録の42 ピッ、シュルッ、ダスパーン
キキョウという心強い味方を得て、一時はどうなるかと危ぶまれた予選突破が現実的になった
しかし彼女をずっと頼る訳にもいかない。予選が終われば敵同士になる可能性は大いに有り得るからだ
ロイという荷物を抱え、大幅に弱体化してしまった今の私では武闘大会優勝など夢のまた夢だろう
だからと言って諦める理由にはならない。弱体化したならその状態でも勝てるような戦い方を身に付けるだけ
――という話をキキョウにしたことを、私は猛烈に後悔した
「……と、言うわけで。クソザコリッツ君でも出来る戦い方を見つけようの会、開幕でーす!」
「いぇーい!」
「イィヤッフゥゥゥ!!」
謎の会が開催されてしまったのだ。キキョウの号令にスイもロイもノリノリで応え、肝心の主役が置いてけぼりなのはいかがなものかと
というかロイ。貴様はノっちゃダメだろ。誰のせいでこんな会を開く羽目になったか分かってるのか?
「では、意見のある者は挙手してから発言するように!」
場所を港町からオッカ丘に移した私達は今、上記の問題についての話し合いをすることになっていた
進行役のキキョウを中心に他3人が意見を出す形である
「くらえぇ……ぶげぇ!」
「覚悟ォ……ばはっ!」
無論、こうしている間にも他の参加者達は襲ってくるのだが、キキョウが全て退けてくれている
おかげで私達は話し合いに集中出来る。彼女の努力を無駄にしない為にもここで答えに辿り着かなければならないな
「はい!」
「じゃあスイちゃん! うーん、手を挙げるだけで可愛い!」
キキョウの強烈さに初めは圧倒されていたスイも、この短時間ですっかり打ち解けたようだ
だが調子に乗るからあまり甘やかさないで欲しい。今だって何か勝ち誇ったような顔でこっちを見ている
「その鎧を脱ぎ捨てればいいと思います」
「それが出来ないからこんな会開いてるんだろ!」
初っ端からとんでもないこと言ってくれたな
それが出来たらこれまでの何話かカットして今頃もう予選終わってオー・シャンティ号に――ってなんの話だこれは
「はい!」
「じゃあ鎧!」
「ロイ様はいつか絶対役に立つので浄化は辞めた方がいいと思います!」
「却下。次」
「なんで旦那が却下するんですか!」
「当事者だからだ!」
ロイのはもう願望だ。どれだけ泣こうが喚こうが私は絶対にこいつを浄化して力を取り戻してやるからな
「じゃあ私から1つ」
「いよっ! 待ってました!」
キキョウが手を挙げ、ロイが盛り上げ、スイが拍手する
なんだこれ? 祭か? 宴か? お前らもう楽しんでるだろ
「お腹空いたからご飯食べようよ」
……宴する気満々だなー。触れてこなかったけどなんかずっと大荷物抱えてるなと思ったんだよなー
「よいしょっと!」
ドスンと大きい音を立てて荷物を下ろすと、キキョウは鼻歌交じりに中へ手を突っ込み次々に中身を取り出していく
まさか中身全部食料だったり――
「ほい! 沢山あるから好きなだけ食べてなー」
するんだよなー。あんだけパンパンに張ってた入れ物がぺっちゃんこになっちゃったもんなー
「わーい! いっただっきまーす!」
大喜びでご飯を口に運んでいくスイ。ホントにその体のどこに吸収されているのか不思議で仕方ない
ただ長期戦になることも考えると食える時に食った方がいい。ロイを除く3人で食事をしながら話し合いは続く
「問題は長時間戦えないこと、そして攻撃が軽くなってること。一撃の短期決戦が出来るのなら何も困ることはないのだがな……」
「軽くなったって言っても無になった訳じゃないんだし、手数で勝負すりゃいんじゃないの?」
「それも考えたさ。ただ筋力も落ちてるからどうしても次の一手が遅れる。その隙に反撃をもらってもおかしくない」
その辺の有象無象なら通用するかもしれない戦法は沢山あるだろう
だが私が見据えるのはもっと先。武闘大会でキキョウやネクゥ、果ては魔王やその手下達を相手にした時にも戦えるように備えなければならないのだ
「でもさ、完全に弱体化した訳じゃなくない? だってなんか凄いのあったじゃん」
キキョウが言ったのはさっきの戦いで放った最後の一撃のこと
確かにあの一撃に関しては間違いなく今までの私を超えた強さと速さだった
「あれは私も何がなんだかよく分かってない。無我夢中だったもんでな」
しかしどうしてそれが出来たのかが分からない。スイを守ろうとしたら力が湧き上がってきただけで特別なことは何ひとつしてないのだから
加えてあの力には凄まじい反動が付きまとう嫌なオマケつき
仮にもう一度出来たとして、それでトドメを刺せなければさっきの二の舞になることは確実だ
話し合いは停滞。食べる手だけが進む。しかしここで一石を投じたのは意外にもロイだった
「なんかこう……ダッといってワッとやってグンッ、ガシャーンってやるのはどうッスか?」
「ロイあんたバカじゃないの? そんなんで理解出来るわけ――」
「だからそのダッとワッ、ガシャーンが無理なんだよ。グンッは出来るかもだが体力面を考えるとあまり良いとは言い難いな」
「今ので通じたの!?」
やっと使えそうな意見が出たか。しかしロイの案も元の私なら出来ただろうが、今の私では無理な部分が多すぎて現実的ではない
そうだな……もっとタンッ、パパッ、デン、プイーンなら出来るか……いやいや、だったらヌイッ、ペッ、コマッの方が……
くそっ! 呪いの装備とやらがこんなにもめんどくさい代物だったとは!
「じゃあヘヌッ、ンッパ、ソロンは!?」
「それならチッ、モッ、ゴドンの方が少ない力でいけるだろ!」
キキョウも混ざり話し合いは白熱の一途。しかしどうしてもこれだと言う答えに辿り着けないまま時間と体力だけが削られていく
私とロイとキキョウの3人で繰り広げられていた議論の中に、スイが恐る恐る手を挙げて入ってきた
「……じゃ、じゃあチュッ、ササッ、ピョンッ……なんてのは?」
「……スイ。ふざけるくらいなら黙っててくれ」
「スイちゃんまだお腹空いてるの? 見かけによらず大食いなんだねー」
「さすがにそれはマズイッスよ。爆発したらシャレになりませんもん」
「私なに言っちゃったの!? 意味わかんないんだけど!」
どうやらスイはこの高次元の会話について来れてない様子
ふん。知ったかぶりすると痛い目を見るいい例だな。そこで大人しく指を咥えて見ているといい
「ニュッ、せてっ、ローン!」
「ぎっ、おみっ、にょぽぽーん!」
「シビッ、んぬぬ、ゆぁーン!」
だがどれだけやっても話はまとまらない。キキョウもロイも必死で知恵を振り絞ってくれてはいる
あと一歩……あと一歩のところまで来ている気がするのに。その一歩が踏み出せないのが非常にもどかしく息苦しく感じる
「それならピッ、シュルッ、ダスパーンでいいんじゃない?」
誰が言ったかその言葉――いや、誰が言ったなんてもう気にならなかった
たった一瞬の衝撃。頭の中に電流が走ったかと思えば、これまで闇に閉ざされていた視界がたちまちクリアになったような、とにかくなんか凄く晴れ晴れしい気持ちになった
「……ッそれだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それは正に私達が求めていた答え。理想と言ってもいいほどだった
3人声を揃えて喜びを分かち合う。周りの目なんか関係ない
そうしてひとしきり笑い合い、気づいた時には周囲を大量の敵に囲まれていた
「めちゃくちゃ強い奴がいるって噂だったが、本当にこいつらなのか?」
「ふざけた奴らだが間違いない。今のうちに潰しておいた方がいい」
どうやら港町での私とキキョウの戦いが他の参加者同士で共有されていたようだな
武闘大会本戦で自分が勝つ確率を上げるためにもここで強者を潰しておく算段のようだ
1対1なら無理でも数で圧倒すれば――か。私もこうしてキキョウと組んでる以上、卑怯とは言うまい
「こいつはまた随分と派手なお祝いだね」
「ちょうどいい。たったいま天より授かった力を試させてもらうとしようか」
だが少し遅かったな。天啓を授かった私に最早怖いものなど無いということを、その身に思い知らせてやろう




