記録の41 キキョウ
この緊張感のない感じ。そして現れるなり人のことを……ましてや瀕死の人間の肩をバシバシと力強く叩いてくるこの厚かましい態度
まさかこんな所で会うとは思ってなかったが、こいつは間違いなくキキョウだ
「いやー懐かしいなーリッツおいー。どうしたどうしたおいー? ボロボロとか珍しいなおいー?」
「ちょ……やめろ! 叩くな!」
「リッツ……この人は?」
止まらない肩への平手を振り払う。するとスイが恐る恐る尋ねてきた
まぁそうなる気持ちも分かる。戦場のど真ん中でこんなことしてる奴なんてどう考えても普通の神経はしてないからな
ぶっちゃけ私もこいつのこういう所は苦手だ。スイも警戒するに越したことはないぞ
「……えっ、なにこの娘。めっちゃ可愛いんだけど。ちょっとリッツ! なにこの娘! どこで会ったの!? 紹介してよ!」
「あぁもううるさいぞ! 私は疲れてるんだ! 2人とも後で説明するから今は何処かに隠れるぞ!」
スイを見てテンションを上げるキキョウと未だ困惑気味のスイ
とにかく何処か落ち着いた場所へ移ろうとするが、情けないことに走って逃げられる程の体力は残ってない
「おぶってあげよっか?」
見透かしたようにニヤニヤとこちらを見つめてくるキキョウ
「いらん! 1人で歩ける!」
誘いを断って再び歩き始めるが、それを許さない者共がここには沢山いる――他の参加者達だ
せっかく手負いの獲物がいるのだ。潰さない手はない
それに仲間らしき者が現れたとしても所詮は1人。私達を見張る奴らはその何倍といる
何もわざわざ姿を見せる必要はない。さっき私が戦ったのは全員近距離型の武器だったが、参加者の中には他の武器を携えた者だって当然いる
例えばそう――魔法とか
「キキョウ! 後ろだ!」
キキョウの背後から迫るのは小さな火の弾。威力こそ大したものじゃないだろうが当たればまぁ少しは痛いと思う
しかし体力が重要なこの戦いにおいて余計なダメージは避けるに越したことはない
「後ろ……? あつっ!」
私の忠告虚しく弾はキキョウの首に命中。当たった部分を抑えて弾の飛んできた方向を一心に見つめると再びこちらを振り返った
「……そういえばさぁ、聞いてよ。ネクゥの奴がさぁ――」
「なんだ、ネクゥも来てるのか? ……ってそうじゃないだろ! 攻撃されたんだぞ!」
火の弾が当たったことなど全く気にする様子もなく自分の話を優先するキキョウ
またひとつ、良く知る名に気を逸らされそうになったがなんとか耐えて話題を戻す
「なんだよー。せっかく会ったんだからもっとお喋りしようぜー?」
「だから場所を変えてからだと言ってるだろ! お前はホントに話を聞かないな!」
「もー、リッツはいっつも母ちゃんと同じことを言うなー。後ろって言うから振り返ったでしょー? ほら、ちゃんと聞いてるじゃん」
「手遅れだったけどな!」
相変わらずこのマイペースさには呆れさせられる
攻撃されたにも関わらずヘラヘラ喋ったり、逆に呆れられたり、キキョウと居るといつも振り回されて疲れるのだ
「はいはいわーったわーったよ」
面倒くさそうに返事をしたキキョウはまず、私の体を担ぎ上げると近くの民家の陰に放り投げた
「そこならさっきみたいに狙われることもないだろ。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
そう言ってさっき火の弾が飛んで来た方へ歩いて行ってしまった
「不安だ……」
「大丈夫かしら……。他にも敵は居るんでしょ? あんな堂々と歩いてたら……」
心配だが自分に出来ることは無い。そんなもどかしさから不安混じりの声が出るスイ
だが安心しろ。そして心配するならキキョウじゃなくて攻撃してきた奴にしてやれ
その直後、私のハリセンよりも高めで、しかしどこか重さを感じさせるバチィィィンという音が辺りに響き渡った
「ただいまー」
「おかえりなさい……って、ええっ!?」
戻ってきたキキョウにスイは驚きを隠せないといった様子
行ってから帰ってくるまでの時間もそうだが、キキョウが小脇に抱えているのは左頬を真っ赤に腫らした見知らぬ男。それも何故か気絶した状態でだ
「ったく、ビンタ1発で伸びやがった。根性ねーの」
同情するぞ名も知らぬ男よ。貴様はただ目を付けた相手が悪かっただけ
「こいつどーしよ? 飛んでいかないってことはまだリタイア判定じゃないんだよな?」
「私がトドメを刺す。お前ではホントにトドメになりそうだからな」
「大丈夫だってー。ほら、アレだってあたしがやったんだぜー?」
キキョウの指差す方を見ると既に浮き上がってる風船が5つ。さっき私が倒し損ねた奴らだ
「他にも敵が居ただろう? そいつらはどうした?」
「あー、なんかみんな逃げちった。だからまぁいいやーって」
キキョウのビンタを見て危険だと判断したのだろう。周囲から敵の気配は全て消え去り、これでようやく落ち着くことができるようになった訳だ
「ところでネクゥは? 一緒じゃないのか?」
「寝てるから早く予選終わらせてだって。つまんねーヤローだよなホントに」
キキョウがキキョウならネクゥもネクゥだな。2人共相変わらずで安心したような……もう少し真面目になってて欲しかったと複雑なような……
まぁ私が旅に出てから大して月日も経ってないし変わらないのも当然か
「それよりリッツ! その娘! 誰!?」
さっきからスイに対して異様な執着を見せるなこいつは。私に会ったときより興奮してるじゃないか
「こいつは妖精のスイだ。襲われてたところを私が助けてな。それからついてくるようになった」
ちなみに性格は悪いし大食いだと付け足してやろうと思ったが黙っておいてやろう。どうせすぐバレるしな
「うっひゃ〜……ちっちゃくて超可愛い……。ねぇリッツ、スイちゃんあたしにちょうだい!」
「ダメだ。そもそも物みたいな言い方をするんじゃない」
初めて見る妖精に目を輝かせるキキョウ。よっぽど気に入ったのかちょうだいとまで言い始める始末だが軽く一蹴してやった
「いいじゃんいいじゃーん! なんでリッツはこんな可愛い娘と一緒に旅ができるのー!? ズルいズルいズルいズルいー!!」
「スイ、紹介が遅れたな。こいつはキキョウ。私の幼なじみでこんなんでも一応歳上だ」
「なんだかパワフル人ね……」
歳は私の5つ上で25歳。いい歳して地面に寝っ転がってじたばたしてる悪い意味で年齢を感じさせない奴だ
こんなんでも尊敬はしている。私が世界最強の剣士なら彼女は世界最強の武闘家と言えるだろう
もし武闘大会で争うことになったとしたら、流石の私も覚悟を決める必要があるな
「あともう1人ネクゥって奴も来てるようだがそいつもまぁ癖のある男でな。そのうち会えるだろう」
互いの紹介はこんなもんでいいだろう。次は何故キキョウとネクゥがこんな所に居るのかを聞かねば――
「はいはーい! 俺、ロイって言います! キキョウさん! よろしければ俺とデートにでもあだだだだだ!!」
「貴様は黙ってろ。話が進まなくなるから」
またしても余計な所で口を挟むアホは斬魔の剣で黙らせておくとして、話を再開せねば
このままこいつらに好き勝手させていては日が昇りかねん
「アッハッハッ! なにコレー鎧に顔ついてんだけどー。しかも喋ってるし! うはー気持ちわりぃー!」
「そ、そんなぁ〜。確かに見た目はこんなんですけど俺って中身は結構イケてるんスよぉ〜?」
「ホントにイケてる奴はそんなこと言わねーっての。性格良い奴は自分のこと性格良いって言わねーだろ?」
キキョウは大笑い。スイは彼女に圧倒されてるのか珍しく静かで、ロイは辛辣な一言に落ち込んでいる
これもう収拾付かないのではないだろうか
「ところでリッツ」
「うおっ……急に真面目になるな。ビックリするだろ。で、なんだ?」
ロイを見て笑ってたかと思えば突然真顔でこちらを向くキキョウに驚かされながらも聞き返す
「なんか調子悪そうだな。なんかあったか?」
真剣な表情から繰り出された質問に、私は一瞬言葉が出なかった。痛い所を突かれたと思ってしまったからだ
隠したって無駄だろう。普段は適当で雑な言動が目立つ癖に、時々妙に鋭いところがある
どうせこの質問も見抜いたうえでしてるのだ。下手に誤魔化したり強がったりするより正直に話した方がいい
「……体が思うように動かないというか、体力や筋力が落ちた気がするんだ。いつも通りの動きが出来なくなってる」
キキョウは心底納得したのか、やっぱりなといった様子で首を大きく縦に振って頷いた
「だよなー! そうじゃなきゃリッツがあんな奴らに手こずるはずないもんなー!」
彼女の言う通りだ。いくら武器がハリセンだったとは言え、私があんな奴らに遅れを取ることは絶対に有り得ない
あの程度の実力なら一撃でリタイアさせることなど朝メシ前――にも関わらず奴らは立ち上がり向かってきた
そうして考えてみると、どうにもおかしなことが続いている
ロイを浄化させようと斬魔の剣を持っていた時、やたらと剣が重く感じた
あの時はロイがしつこかったのもあったが、私自身が剣の重量に耐えきれず降ろしてしまったのだ
次にオッカ丘を下ってから港町に行くまでの僅かな距離と時間の中でかなり体力を消耗していたこと
きっとロイの奴に振り回されて余計な体力を使わされたのだろう。休めば回復したし深く考えはしなかった
最後にさっきの戦闘中の転倒。何かに躓いたか足がもつれたかと思ったが違う
私の意思に反して足が動かなかったのだ。上半身だけが先行し下半身がついてこれなかった結果、前のめりになって倒れてしまった
原因は恐らくこの鎧。やかましいだけで無害なのかと思いきや、迷惑なことにきっちり呪いの装備としての役割を果たしていたのだ
正直、キキョウが居なければ私はあそこで失格になっていただろう
……いや待て。さっきの奴の口振り、まるでずっと見ていたかのような――
「キキョウ。お前いつから見ていたんだ?」
「えっ? 最初からだけど?」
私の質問の真意など知る由もないだろう。悟られないように、あくまでただ疑問に思っただけだと
決して顔や声を崩さず、普通を意識して尋ねる
するとキキョウは当たり前だと言わんばかりに、あっけらかんと答えてくれた
「最初から……とは?」
「えーっと……予選始まる前にネクゥがどっか行っちゃったでしょー? それから適当にぶらぶらしてたらリッツのこと見つけてー……そしたらなんか絡まれてたから面白そうだなーって眺めてた」
ここまでのことをひとつひとつ思い出しながら指折り順序だてて話していく
もう面白そうって言っちゃってるし答え合わせも出来ちゃったな
久々の再会よりも好奇心の方が勝っちゃったんだな
「つまりだ。私が苦戦していると知りながらお前はずっと傍観していた事になるな。その割には偶然再開したかのような感じで話しかけてきたが何故だ?」
「…………あっ、やっべ」
ならばもう隠す必要もないだろう。徐々に低くなる私の声を不思議に思ったのか、キキョウはこっちに目を向けるや否や青ざめていく
ここでようやく質問で誘導されていたことにも気が付き、失言を抑え込むかのように慌てて口を塞ぐ
だがもう遅い。一度相手の耳に届いてしまった言葉は二度と取り消せないのだ
「何がヤバいんだ? 言ってみろ」
「い、いやー……なんつーかさー……、そう! リッツならどうせすぐやっつけると思ったし!? あたしの助けなんかいらないかなーって! そしたらなんかリッツヤバそうな感じじゃん? あー、これは行かなきゃなと。助けに行かなきゃなと思ったわけよ! けどリッツなら……リッツならきっとこの困難を乗り越えられる! そう信じたあたしは――」
「本音は?」
「ギリギリで助けに入ったらあたしメッチャカッコイイじゃんって思ってタイミング窺ってました……」
……もう何も言うまい。『そんな悠長なこと言って間に合わなかったらどうするんだ!?』とか責めようにもそれは絶対に有り得ない
何故なら間に合ってしまうから。さっきは戦闘が一段落したからのんびりしてたみたいだが、キキョウが本気を出したら私と同じくらい速い
「そんじゃあ行こっかー。サクッと終わらせてネクゥと合流しようぜー」
そんな彼女が同行してくれると言うのだ。こんなに心強い味方は世界中どこを探してもいないだろう
新たな仲間を加えた私達は再び、欲望渦巻く予選の中へと飛び込んで行く




