記録の40 不調
敵の数は20人程度。全員一斉にこちらへ向かって来ている。武器は剣や棍棒、素手等近距離戦闘向きの物のみ
方向は前方、全員確認出来ている。リーダーのような存在はない。大金目当てに一時的に結託しただけの統率の取れてない群れ
「ハッ!」
「うげぇ!」
「フンッ!」
「どぅふし!」
躱すのなど容易いこと。奴らの隙を縫うように移動し、すれ違いざまに1発くれてやればそれだけで済む
スパァンスパァンとハリセンの音が鳴り響き、次々と敵が倒れていく
その光景を目にした時、このような輩が取る選択肢は2つ
「ひえぇ……こんなん敵うわけねぇ。俺は降りるぜ」
「あっおい! 逃げんのかよ! クソッ、俺はやってやる!」
実力差を理解し諦めて逃げるか、往生際悪く向かって来るか
逃走か闘争。どちらも悪くないが私のオススメは前者だ
このまま続ければ貴様等も無事では済まないのだから、その人数で大人しく他の狩場でも探しておけ
「どうした? もう終わりか?」
「ぐっ……。こいつ強ぇ……」
とか考えている間に半数以上が消えて残りは8人
あれだけ息巻いていた奴らもすっかり息をあげて攻めあぐねている様子
だがこの世界最強の剣士を前にここまでしぶとく生き残ったことは褒めてやろう
「ねぇリッツ。遊んでないで早く倒しちゃってよ」
「そうッスよ旦那。敵は減ってるけど参加人数が減ってる訳じゃないんですから」
決して遊んでるつもりはなかったが無意識の内に手加減してしまっていたか
ならばお望み通りとっとと片付けるとしよう。ハリセンを握り駆け出した瞬間――
「ん?」
「いだっ!」
自分でも何が起きたか分からなかった。ただ私は何故か物凄く近い距離で地面を見つめている
「ちょっと旦那! なに転んでんスか!」
ロイに言われて気付いた。私としたことが転んでしまったのだ
「す、すまない」
何かに躓いたか? 慌てて立ち上がろうとしても足に力が入らず、再び崩れ落ちるとまたロイが痛いと言う
どういうことだ? 状況が把握出来ても理解が追いつかない
もう一度立ち上がろうと地面に手を付いた時、ふと自分のブレスレットに目に入った
「これは……黄色だと? 何故ッ!?」
ブレスレットは黄色の光を放っていた。着用者の危険度を表すブレスレットの光――ここまでひとつのダメージも受けてないのに何故?
「お、おい。これチャンスなんじゃねぇの?」
「あぁ、やるなら今しかねぇぞ」
「だが慎重にだ。油断させる作戦かもしれないからな」
敵の男達も私の異変に気付いたようだ。迎え撃たねばと思うも体は言うことを聞かずなかなか立ち上がれない
相手の突然の不調にすっかり勢いを取り戻した奴らはここ一番の団結力を見せ向かってくる
ふん。最初からそうしてれば私ももっとやりがいを感じられたかもな
「ちょ、リッツ!! 来るわよ!」
「分かってる。この程度で折れる私ではない」
なんとか立ち上がりハリセンを構えるが、どうにも力が入らず1歩も動けそうにない
敵は迫り、武器を振り上げる。私に届くまでそう時間は掛からないだろう
「う、うおおおおおおお!! させるかぁぁぁぁぁぁ!!」
「バッ……スイ! 逃げろ!」
逞しい声を張り上げ私と奴らの間にスイが割って入った
小さな両手足を大きく広げ盾にでもなったつもりだろうが目的はお前なんだぞ
このままではスイは連れ去られ私は予選も勝ち抜けない。何ひとつ得られない負け犬になってしまう
「……スイは渡さん!!」
そう思った瞬間、全身に力が湧き上がった感覚がした
ここしかない。地面を強く蹴りだすと自分でも驚くほどの速度で動けたことが分かった
一瞬にも満たない僅かな時間でスイを掴みハリセンを振るう
すると向かって来ていた8人全てが吹き飛んだ。その直後、遅れて聞こえてくるハリセンの凄まじい打撃音
「ハァ……ハァ……、なんだ……今のは……ッ! スイは!?」
「……こ、ここにいまーす」
スイは両目を大きく見開いたまま返事をした
あまりに突然のことに事態を飲み込めないといった様子で半ば放心状態のようになっている
振り返ると敵が全員倒れていた。その内の3人のブレスレットから白い風船のような物が出現し、体を浮かせながらゆっくり何処かへ飛んでいく
あっちは船着場の方角だ。なるほど、あれがリタイアの合図……危険度が白になるとあんな感じで船着場に戻されるということか
「うう……いってぇ」
「なにがおこったんだ……?」
「わかんねぇよ……。気づいたらこの有様だ」
……呑気に眺めている場合ではない。3人リタイアしたところで敵はまだ5人残っている
奴らも痛みに悶え虫の息。ブレスレットの表示は赤になっているだろう
しかし今度こそ私も体が動かない。なぜなら私のブレスレットもまた、赤く光っているからだ
悔しいがここは一旦退こう。休んでいれば体力も戻るはずだ
ハリセンを剣に持ち替えて杖がわりにして歩き出す
まずはその辺の家の陰にでも身を隠して息が整うのを待つとしよう
しかし予選は乱戦、サバイバルだ。そう易々と見逃してもらえるはずもない
生き残るのに1番最適なのは隠れること。そしてライバルを減らすのに1番簡単なのは弱った奴を叩くことだ
私達の周りには既に多くの人の気配。恐らく戦闘の音を聞きつけて集まって来た他の参加者だろう
だが誰も襲ってくるような真似はしない。ここで焦って飛び出せば自分が格好の的になってしまう
それに生き残るのが目的ならば誰かがやるのを待ってればいい。別に自分が無理をする必要はないのだから
特に手を出してくることもなくただじっと獲物を睨み続ける狩人達
お前なんかいつでも食ってやれるんだぞとばかりに余裕を見せつけている
獰猛な肉食型の魔物の群れに放り込まれたちっぽけな、戦うということも知らないような小型の魔物の気分とはこんなにも不愉快なのか
だが痺れを切らしたのか、1人の狩人が動き出す
そいつはここが戦場であることを知らぬかのようにゆっくりと、間の抜けた声で話しかけてくる
その声の主を、私は知っていた
「よーうリッツー。なんかボロボロじゃーん。どしたのー?」
「お前……キキョウか!」




