記録の3 妖精のスイ
魔王討伐の為に外の世界へと出た私はスライムと初めての戦闘? を乗り越えて今も元気に旅を続けている
しかし少し困ったことが起きていた
「くっ! やはり越えられない……」
私の前にあるのはとても小さな段差だった
高さは私の足首程度のものだ
こんなもの意に介することなく越えればいいだけの話なのだが先程からいくらやってもそれが出来ない
「何故だ!? これでは大きく遠回りするハメになってしまうではないか!」
強い重力がかかっている訳ではない
その証拠に私はここまで普通に歩いて来ているのだ
しかし段差の前に立つとどうしても足が上がらなくなってしまう
すると悩み続ける私の背後から悲鳴が聞こえてきた
「だ、だれかたすけてー!」
振り返った私の目に映ったのはとても小さなーーいや、小さすぎる。全長が私の顔と同じくらいの大きさではないだろうか
背中に生えている薄い青色の羽を忙しく動かしながら1人の小さな女が飛んできた
「旅の御方ですか? 突然で申し訳ないのですが助けて下さい! 悪い人間に追われているのです!」
丁寧な口調と共に私の胸へと飛び込んできた女は目に涙を浮かべながら宝石のような瞳でこちらを見上げていた
「何者だ貴様は」
「私は妖精のスイと申します! お願いします助けて下さい!」
妖精だと……? 外の世界に魔物がいるのは知っていたが妖精など本で読んだことしかない
しかし目の前にいるそいつは明らかに人間のような大きさではなく背中にも羽が生えている
麗しいという言葉が似合うほど整った容姿は私が昔、本で読んだ妖精とよく似ていた
「貴様、本当に妖精だと言うのか?」
「本当です! 見てください! この透き通った羽、小さな手足、守ってあげたくなるカワイイお顔を!」
顔やら羽やら自慢げに見せびらかしてくる妖精の言葉に間違いは無いのだが何故だろうか
若干腹が立つ。というかさっきまで浮かべていた涙はどこへ行った
「まさか妖精が本当に存在したとはな……空想上の生き物だとばかり思っていたがやはり世界は広いな……」
「それよりも旅の御方。悪い奴らがーー」
「私の名はリッツだ」
「リッツ様。それでーー」
「しかし羽が生えているとは凄いな。どうやって動かしているんだ?」
「あのーー」
「そうだ。この私は今この小さな段差を越えようとしているのだがどうにも上手くいかなくてな。何かいい方法はーーーー」
「話聞けよコラァ!!」
「…………え?」
「……あっ、しまった」
私は突然の怒号に数秒間固まってしまったようだ。しかし今の言葉は一体誰が?
妖精の言う悪い人間とやらはまだ来ていないようだし他に人や魔物の姿もない
ということは……まさか妖精かーーーー?
「ほう。随分と威勢がいいようだな」
「い、いやー。何のことでしょうか? 私には何が何だかさっぱりーー」
あれだけのギャップを見せつけておいてよくとぼけられたな。目が泳いでいるではないか
だがしかし、その諦めの悪さだけは評価してやろう。評価だけな
「それだけ威勢が良ければ人間など相手にもならんだろう。では頑張れよ」
「あ"あ"あ"ぁーーー!! ちょっと待って行かないで! 謝るから助けてぇぇぇぇ!!」
健闘を祈り去ろうとした私の服を必死に引っ張って止めてくる妖精だが体が小さいだけあってかなり非力だ
「まだ何かあるのか?」
「だから助けてって言ってんじゃん! こんなか弱い女の子を見捨てるなんてあんたは鬼か!?」
「そんな汚い言葉を使う奴をか弱い女だとは認めん。大体ーーーー」
「ハアッ……ゼッ……ハッ……オアァッ! ……やっと見つけたぜぇ?」
人が話してる最中に今度は誰だ?
声のした方へ視線を向けると斧やら剣やらで武装した物騒な男達が息を切らして走ってきた
「ひえぇ、来たぁ! リッツ様助けて下さい!」
奴らを見るなり妖精は震え上がった様子で私の背後へと隠れる
なるほど、こいつらが例の悪い人間か。数は……5人。相手にするのは面倒だな
というかボロが出たというのにまだ演技を続けるとは大した根性だな妖精
「あんだ兄ちゃん。妖精を庇おうってのか?」
「いや、そんなつもりは無いのだが……」
「妖精は売り捌けば高い金になるんだ。邪魔すんならちょーっとばかし痛い目見てもらうぜ?」
こっちの話を聞かない癖に聞いてないことはベラベラと喋るのか。やはり相手にすると面倒だ
ここは大人しく退散して後は当事者同士で勝手にやってもらおう
「邪魔をして悪かったな。では私はこれで失礼する」
「謝ってももう遅えぞ! 野郎ども、囲め!」
あっという間に私と妖精の周りを取り囲んで武器を構える男達。本当に人の話を聞かない奴らだな
ーーーーいやちょっと待て。こいつはおかしいぞ
「おい貴様」
「お? 俺か?」
男の内の1人に私は声を掛ける。特別な見た目をしている訳でもないタダの平凡な男だが奴は今、有り得ないことを軽々とやってのけたのだ
「貴様、どうやってそこに立っているのだ」
「……はぁ? 何言ってんだお前」
質問の意味が分からないと言いたげに首を傾げている
なるほど。意識せずともそれをやってのけるとは恐ろしい奴だ
どうして私がここまで執着するかと言うとそれは男の位置が関係していた
そいつが立っているのは私の背後、つまりあの段差の向こう側だ
私がどれだけ苦労しても越えられなかった段差の上にそいつは平然とした顔で立っている
「貴様。1度その段差から降りろ」
「お、おう」
言われた通りに動く男。当たり前の話だがそこに遮るものなど無いといった感じで簡単に降りてみせた
「ではもう1度段差を登れ」
そしてまたしても簡単に登った。私はそれが不思議でしょうがなかった
「……もういいか?」
「ああ済まない。もう大丈夫だ」
「おぉ……そうか」
困惑した顔でこちらを見つめてくる。なんだか少し場の空気がおかしくなってしまったようで沈黙が続く
誰か喋ってくれないと私も動きづらいではないか
「……ってそうじゃないでしょ! あんたら何ボーッと突っ立ってるのよ!」
「……あぁそうだった。よく分かんねえが改めて……やっちまえてめえら!」
妖精が止まった時を動かしてくれた。一瞬にして空気を変えるとはなかなか出来るやつだな
などと感心している場合ではない。私は今襲われる最中だったのだな
その気は無かったが喧嘩を売られてしまっては仕方ない。全力で買ってやろう
「成敗!」
得意の剣術で迫り来る男達をバッタバッタとなぎ倒しあっという間に私を取り囲む血達磨が5つ
思ったより大したことなかったな
「安心しろ。峰打ちだ」
「いや何が峰打ちよ!? 思いっきり斬ってるじゃないの! やりすぎよ!」
私の髪を引っ張りながら妖精がギャーギャーと吠えている。助けろと言ったりやりすぎと言ったり意味が分からないな
妖精は慌てて男達の元へと駆け寄り傷口に手をかざす
すると掌から淡い光が輝きみるみると傷を塞いでいく
「……何をやっているんだ?」
「回復よ。こうすれば命に別状はないはず」
「……物凄く悶えているが」
奴らの傷が塞がっているのは分かるが手足をバタつかせてもがいている
「私の回復は何故か痛みを伴うのよね〜。まあ死ぬよりはよっぽどマシでしょ?」
「い、いてぇ……もういっそ殺してくれえ……」
全然マシに見えないのだが。殺してくれって言ってるぞ
「はい終わり! さあ、奴らが目を覚ます前にさっさとずらかりましょ」
泡を吹いて意識を失っている男達。これでは誰が倒したのか分からないな
「……おい」
「なぁに?」
「何故付いてくる」
襲われていた妖精を助けて『気をつけろよ』で終わったと思ったのだが一向に私から離れる気配がない
「また変な奴らに襲われたら怖いじゃなーい? あなたの側ならあたしも安心出来るわ。それにあの調子じゃいつか人を殺しかねないからね」
まるで私のおかげとでも言いたげに鼻を高くする妖精。あんなおぞましいことが出来るなら1人でも生きて行けるのではないだろうか
だが口で言ったところで聞くような奴じゃないのはあの短い時間の中でよく分かった
「……勝手にしろ」
「やったー。じゃあ改めて自己紹介するわね。私はスイ。怪我したら回復は任せなさい!」
胸を張る妖精改めスイ。しかしあの惨劇を見せられた後で誰が『回復してくれ』などと頼むものか
こうして仲間が増えた私はまだ見ぬ目的地へ向けて再び歩き始める
余談だがあの後、例の段差を登ろうとしたがやはり無理だった
あの男は一体どんな手品を使ったのだろう




