記録の38 私怪しいでしょ作戦
「宝物ですか。分かりました。ではこちらをどうぞ。あとこれ、よくお読みになってくださいね」
まさかのトラブル発生。人形の持ち込みがあっさりオーケーされてしまったのだ
係の者から1枚の紙とブレスレットを渡され、捌けるように手で案内される
マズイな。このままでは受付を突破してしまう
思い描いていた絵面がいきなり崩されてしまった。しかしこの程度で焦る私ではない
ここで私が考えていたもうひとつのプランを実行に移す
「いいんですか? 私、怪しくありませんか? 大人の男が手に人形持ってるんですよ? 宝物とか言っちゃってるんですよ?」
名付けて『私怪しいでしょ作戦』だ
自分で言うのも恥ずかしいが、大の大人が人形片手に受付に来たら怪しいに決まってる
そうなれば当然、身体検査的なものが入るだろう。そこでスイが人形じゃないことが発覚し作戦は失敗、ということだ
さぁ疑え係の者よ。私は怪しい奴だぞ!
「ある程度は武器の持ち込みも許可されてますし人形くらいなんの問題もありませんよ。それに――」
怖いくらいに淡々と手続きを進めていく。まるでこの程度の怪しい奴などいくらでも見てきたかのように全く気にする素振りを見せない
「誰が何を好きになるかは自由です。そこに性別や年齢は関係ありません。その人形はあなたの宝物なのでしょう?」
最悪『実はこれ人形じゃありませんでした〜』とかネタばらしすればいいだろと思ってたが、そんな雰囲気じゃくなってきたな
澄んだ瞳で優しく語り掛けてくるこの人にこれ以上嘘を重ねるのは気が引けてくる
そもそも周りの奴らはなぜ何も言わない? さっきまで飛んで喋ってたスイを見てたのになんの疑問を持たないのか?
私は今、堂々と不正をしてるんだぞ?
「ただ自分で自分を怪しいと仰るのなら、人形はしまっておいてください。自分が楽しむことは当然として、周りに配慮することも大切ですから」
眩しい。ニコリと微笑む彼の背後から後光が差している。人間が出来過ぎている
それに比べ私はなんと愚かなのだろうか
自分の価値観に囚われ、自分の物差しで全てを決めつけようとして、作戦が無駄になるかもって考えたら必死に自分を貶す真似なんかして
恥ずかしいのは私の格好ではない――私の心だ
「ありがとう……ございました。人形、大切にします」
「いえいえ、では予選頑張ってくださいね」
受付が終わり、気付けば一筋の涙が私の頬を伝っていた
ありがとう、名も知らぬ係の者よ。あなたからは勇気を貰った
私は私を恥じない。この人形は一生大切にしよう
そう考えたら気持ちが強く持てるようになった。船着場から海を眺め、ひとつ成長した心と共に誓いを立てる
よし! 予選頑張ろう! 私を認めてくれた彼の為に! そして私の為に!
「いだだだだだ!! ちょっ、力強い……ってかいつまで握ってんのよ!」
突如、私の手の中で人形が暴れだした。驚いて手を話すと彼女は宙を舞い、私の顔の前にやってくる
「おお……。ついに……ついに私の愛が届いたんだな……。私の愛情が人形に生命を吹き込ん――」
「なに言ってんのよこのバカ!! ずっとバリバリ元気に生きてたでしょーが!!」
鼻を殴られて目が覚めた。そうだ、私はスイの訳分からない作戦を崩そうとして――
さっきまでの自分の発言の数々……まったくバカバカしいったらないな
スイは人形でもなければ宝物でもない。なのになぜあんなことを言っていたのか
答えは簡単。あの係の者の仕業に決まってる
「おのれ……あいつ私に何かの術をかけたな。危うく騙されるところだったぞ」
「あんたが勝手に感化されただけでしょ! ってゆーかすっかり騙されてたし! いつまでも変なとこ触ってるし! このスケベ!」
スケベとは言ってくれるじゃないか。私は別にスイの体を触ったところで変な気を起こすような男ではない
そう言ってやりたいがそれは後回し。まずは冷静に、スイを落ち着かせることが最優先だ
感情的になって怒鳴り合いなんてすれば周りの目に付く。それでもしさっきの係の者にバレようものなら人形作戦が全て無に帰してしまう
「待て待て。あの作戦はスイが考案したんだぞ。いつまでも握ってたのは悪いがその辺のリスクは考慮してるものだとばかり……」
「むぐぅ……。それはぁ……その、そうなんだけど……。私はてっきり肩に乗せたりするのかなーとか思ったり……まさか握られるなんて思ってもなかったから……」
ふふん。私の正論にぐうの音も出ないようだな。スイは答えに困ったのかモジモジ、ぶつぶつと煮え切らない様子
しかし不可抗力とは言え体を触ったのはマズかったか
事前の打ち合わせが曖昧で互いに解釈の違いがあったから起きてしまった。いわばこれは事故なのだ
スイもそれを分かっているからこそこの様子なのだろう
「すまなかったな。次からは気を付けよう」
「うん……私こそスケベとか言ってごめん」
さっきまでと打って変わってしおらしくなったスイと拳を合わせる。これで無事解決だ
「リッツの旦那もやりますねぇ。俺ァ感動しちまいましたよ」
スイと和解した後、こっそりとロイが話し掛けてきた。そういえば私とスイが話してる時もずっと黙ってたな
案外空気読める奴なのか?
「なにがだ? 私は特別なことをしたつもりはないぞ?」
「いやね、スイさんにスケベ言われてたじゃないすか? そこで『別にお前の体とか興味ないからー』とか『スケベ? 俺なんかしたっけ?』みたいなとぼけたりデリカシーのない輩ってのが一定数いるんすよ」
まぁ私も口に出さなかっただけで思ってはいたがな。タイミングも逃したし結局言わずに終わったが
「あれ選択肢間違えたらスイさんブチギレのバッドエンドまっしぐらでしたよ。最悪口挟もうかとも思いましたが……いやはや旦那がデキル男で良かったっすわ」
なるほど。黙ってたというより喋る必要がなかったということか
しかし意外だな。ロイの話を聞いた限り異性どころか人の心さえ理解してなさそうな奴がここまで予測を立てていたというのか
「……驚いた。意外と女心に理解があるんだな。そんな人生送ってるようには見えなかったが……」
「こう見えて落としてきた女は数知れず。そういう書物も読み漁りましたからね。女心には詳しいんですよ」
加えて勤勉ときたか。実は私が思ってるよりもちゃんとした奴なのかもしれないな
「だがお前強くてモテモテの男になりたいとか言ってなかったか? それだけ恋愛を経験しておいてまだ足りなかったのか?」
「……それはこの次元での話ですよ。アッチの次元での俺はそりゃあもうブイブイ言わせまくって――」
違う次元? よく分からないが、ロイは恋愛とかに関しては一般人と違う次元にいるってことか?
遠い目をして話し続けるロイの話は特に興味なかったので、気になってたバッドエンドとやらについて聞いてみる
「ところで、そのバッドエンドとやらは具体的にどういうことなんだ?」
「あぁ、そのことっすか。そうですねー……例えば、ブチギレたスイさんが『リッツなんかもう知らない!』ってどっか行っちゃってそこを怪しい奴らに捕まってしまい最初はイヤがっていたものの意外にも居心地が良くてリッツの旦那と再開した頃には『ゴメンねリッツ……私この人たちと一緒に行くことに決めたから』ってなって旦那の前から姿を消しちまう……てな感じですかねー」
「すまん。早口過ぎて何言ってるか全然分からなかった」
ものすごい熱量と早口で捲し立てるロイだが半分以上理解出来なかった
これは最早予測というより妄想の域ではないだろうか
「とにかく! スイさんと会えなくなるかもってことですよ! 俺はそういう属性持ってないんだから勘弁してくださいね!」
要約されても若干不明な部分があるが、まぁスイが居なくなるのは私としても本意ではない
あいつが心の底から私のことを認めるまでは勝手に居なくなるなど許す訳ないだろう
「ふん、言われるまでもない。どっか行くというなら力づくでも連れ戻してやるまでだ」
そうしているうちに日が暮れてきた。予選開始は夜7時。場所は港町にオッカ丘と広範囲だが、開始場所は自由
他の参加者達が移動を始めたことを見計らって私も動くことにした




