記録の37 スイちゃんお人形さん大作戦
呪いの装備であるロイを不本意ながら仲間にした私達はオッカ丘を下り、ノイメットで開催される武闘大会の予選会場である港町に到着した
「つ、つかれた……」
到着したのはいいが、ものすごく疲れた。緩やかな坂を下っただけだというのにとてつもない疲労感に襲われている
「おいおい情けねーですぜリッツの旦那。そんなんで予選とやらを勝ち抜けるんですかぁ?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
他人事のようなロイにムカつきはするが最早怒る気力も湧いてこない
心身共に疲労困憊なのはこのアホのせいだというのに
「弱音吐くなんて珍しいわね。大丈夫? 回復魔法かける?」
「……遠慮しておこう」
気遣ってくれるのは有難いが回復魔法だけは勘弁願いたい。身体の方は回復するんだが、心の方は深い傷を負うことになる
「それにしても凄い人の数だな。全員予選の参加者か?」
港町の中にある船着場が予選の受付場所だ
しかしそこから溢れんばかりの人の数。あっちを見てもこっちを見ても人だらけでまともに歩けたものではない
「そうみたいね。正直ここまで集まるとは予想してなかったわ」
あのオー・シャンティ号にタダで乗れるかもとあって人が集まるのは予想していたが、それを軽々と上回る人数が集まっている
「さすが、世界的に有名と言われるだけあるな。だがそれでこそ挑みがいがあるというものだ」
そんな訳で受付を済ませるべく人混み掻き分けながら列を探していると――
「おい見ろよ。あいつが連れてるのって……」
「あぁ、妖精だ。間違いねぇ」
「初めて見たな……。なんでも高値で売れるって噂だ……」
「へぇ。そりゃいいこと聞いたな」
周囲の視線やらひそひそ話やらが不快でしょうがないな。どうやら話題の中心はスイのようだ
そういえばスイと出会った時も売り飛ばされそうになってたな
なんてことを思い出しながらどうにか列の最後尾を見つけて並ぼうとすると、3人の男が強引に前に割って入った
そして私が並んだ後にすぐ、今度は5人並ぶ
すぐに分かった。見張られてると
「スイ、気をつけろ。良からぬことを考えてる奴らがいる」
列に並んだ後も注目が途絶えることはない。ずっと監視されているような不快感が全身にまとわりつく
ここに集まった人間は皆、オー・シャンティ号と武闘大会を目的としている
しかし一部の奴らにはもう1つ目的が追加されただろう
どさくさに紛れてスイを捕らえようとする奴が現れるかもしれない。私も常に気を張らねばならなそうだ
「そうみたいね。はぁ〜……カワイイってのはこんなにも罪なことなのね。自分が恐ろしくなるわ」
「危機感ゼロだな」
当の本人はご覧の様子。こいつ、自分が置かれてる状況が分かってないのか?
「頼りにしてるわよ」
これからの予選同様、私に守ってもらおうという魂胆か
私にはスイを守る義理も理由もない。自分の身は自分で守ってくれと言いたい
だがもし、スイを奪われるなんてことがあったとしよう
そうなれば私が不甲斐なかったという事だ。最強の剣士を名乗りながら妖精1人守り切れなかったなんて情けない話があるか?
それだけは回避せねばならない。スイにはまだ私との上下関係というものを理解させていないのだからな。まだ一緒に居てもらわねば困る
「ふん、私を誰だと思ってる。お前1人守ることなんて朝飯前だ」
「ヒュー! カッコイイっすね旦那! 惚れた女は死んでも守り抜くってやつですかい?」
「的外れなことを言うな。あと貴様はガンガン攻撃を受けることになると思うから覚悟しておけよ」
「そんなぁ〜。俺のことも守ってくださいよ〜」
ロイに至ってはホントに守る理由ないからな。せいぜい私の盾として文字通り身を削ってもらうとしよう
そうこうしている間に受付の順番が近付いてきたので、私はある作戦を決行する
「やるぞ」
「ええ……えっ、ちょ――」
小声で合図してからスイの体を掴む。すると彼女は全身の力を抜いて動かなくなった
そのままの状態で受付へ向かい、係の者に堂々と胸を張って答える
「おひとり様ですか? えーと……その手に持っているのは?」
「人形です。私の宝物です」
作戦とはつまり、スイを予選の参加者ではなく私の持ち物として扱うことであった
――――
遡ること1時間前。ロイが私に取り憑いてから港町に着くまでの間のこと
「予選に参加するにあたって、私はある作戦を考えたわ」
「ほう、いいじゃないか。聞かせてくれ」
私の前を飛びながら真剣な面持ちで人差し指を立てるスイ
人任せ発言をしていたのでそんな提案をされた時は思わず感心してしまった
戦いの前に作戦を考えるその心意気や良し
人を頼らず自らの力を使って道を切り開こうとするその姿勢や良し
「名付けて『スイちゃんお人形さん大作戦』よ」
「…………続けてくれ」
作戦名は驚くほどセンスがない。ただ内容も聞かず否定するのは良くない
作戦名が酷いだけで中身はキチンと練られているかもしれない
だから私は待った。口を出すのは全部聞き終わってからにしようと
「予選が個人参加だった場合、私はリッツが常に肌身離さず大切に持ち歩いてる愛らしい人形ということにして参加を免れるわ。チーム参加だったらこの作戦は無し。私とリッツは同じチームとして予選突破を目指す」
普通に人形で良くないか? 前にそんな色々付け足す必要あるか?
「そしてなんやかんやあってリッツは予選を通過。オー・シャンティ号に乗る権利を得るわ」
なんやかんやとは? そのなんやかんやが1番大事なところでは?
「そしたら私はオー・シャンティ号を心ゆくまで満喫するわ!」
大きく鼻息を鳴らし、そこからスイは黙った。私はもちろん、ロイも何も言わずただ時が流れていくだけ
「……続きは?」
「これで終わりよ?」
「終わり!? どうやって予選を突破するかの作戦ではないのか!?」
「そうよ? (私が)どうやって予選を突破するかの作戦よ?」
私の言葉にキョトンとした顔で答えるスイ
言ってることは同じなのに話が噛み合ってない気がするのだが気のせいか?
いや気のせいじゃない。こいつの性格を考えるに、自分だけ楽をしてオイシイ思いをするつもりだ
「結ッッッ局人任せか!! 絶対やらないからな!!」
そんなもの却下に決まってる。力を貸すとかならまだしもズルしようとしてる奴に協力してやるつもりは毛頭ない
「えー、いいじゃない。1人でオー・シャンティ号乗ったってきっと楽しめないわよー?」
「私は別に1人でも問題ない! そもそも――」
努力も無しに何かを得ようなんて都合のいい話、私は絶対に認めない
勝利は己の力で得るからこそ価値があるのだ。スイはそのことを全く分かってないと説教してやろうと思ったが、私は妙案を思いついた
「いや、やってみよう」
「いいの? やったー! これでオー・シャンティ号は私のものよ!」
お前のものではないぞ。だがまぁ今のうちにたくさん喜んでおくがいい
どうせこの作戦は失敗に終わる。人形なんてバレバレな嘘が通るはずないだろ
嘘がバレればスイは自分の力で予選に参加せざるを得ない。そこに私が救いの手を差し伸べてやる訳だ。するとだな――
『すみませんでしたリッツ様〜。私の考えが浅はかだったばっかりにリッツ様の手を煩わせてしまいました〜。これからはリッツ様の言う通りにします〜』
こうなる訳だ。バカめ、自らを陥れる作戦を考えてしまうとはな
スイの狼狽え泣き喚く様が目に浮かぶ。こいつは楽しみになってきたぞ
――――




