記録の34 乗るしかない。船だけに
バンボの村を出た私とスイは次の目的地をノイメットに定め、魔王討伐の旅を続けていた
「ここがオッカ丘か。ここを越えればノイメットはすぐそこだ」
道中出会った商人に道を尋ねたところ、このオッカ丘を越えた所にノイメット行きの船が出る港町があると教えてくれた
オッカ丘には魔物が生息しているからと迂回路を勧められたが、心配ないと返し互いの無事を祈って別れた
「さぁとっとと行くわよ! 目指すはキンキラキンキン優雅な船旅!!」
スイがここまでやる気なのには理由がある。それはさっきの商人が教えてくれたもう1つの情報からきたものだ
ノイメット行きの船の1つに、世界的に有名な船がある。その名も『オー・シャンティ号』
ノイメットのある大陸を24時間掛けてぐるりと1周する船の旅
そこでは豪勢な食事が振る舞われ、船内とは思えない豪華な客室で眠り、併設された商業施設には無数の娯楽が溢れている
1回乗っただけでは全てを楽しむのは不可能という噂もあり、中には乗船から下船まで一睡もしない人もいるとかいないとか
通常ならば何十年先までも予約でいっぱいの超豪華客船。どう考えたって私達が乗れるはずもない
しかし今だけは予約もなく、お金も掛からないで乗れるチャンスがあるのだ
商人の話によると、近々ノイメットで武闘大会が開催されるらしくその参加者を募っているらしい
その募集会場の1つがこの先にある港町。そこで開かれる予選とやらを突破することが乗船のチケットになるという訳だ
『一生掛かったって乗れないかもしれないのよ!? せっかくのチャンスなんだから乗らなきゃ損よ!! 船だけに!!』
きっと……いや間違いなく食事目当てだが、スイの言葉には私も同意見だった
これだけ評判のいい豪華客船にタダで乗れるかもしれないのだから乗らない手はない。船だけに
そしてなにより武闘大会に興味がある。きっと各地から強者が集まってくるに違いない
そこで優勝して魔王討伐への弾みを付けさせてもらうとしようか
「よし行こう。まずはオッカ丘を超えるぞ!」
「おー!」
と意気込んだはいいが、オッカ丘は魔物が出ることを除けば緩やかな上り坂が続いてるだけ
運がいいことに魔物にも出会わなかった私達は簡単に頂上まで辿り着いた
小高い丘の頂上からは広大な海原が広がっているのが見えた
「あの海を渡った先にノイメットがあるのか」
「いい景色〜! ね、少し休んでいきましょうよ!」
「とっとと行くんじゃなかったのか?」
「せっかくこんな良いとこなんだもん! 時間はまだあるし! ね?」
時刻は昼時。少しばかり腹も減ったし、ここはスイの言う通り休憩するとしよう
私も少し心を落ち着けたい。武闘大会やオー・シャンティ号の話を聞いてからというもの、どうしても気持ちが昂って仕方ないのだ
丁度いい所に腰掛けられそうな箱が置いてある。バンボの村を出る時に店主から貰ったお弁当もある
休むにはうってつけのタイミングなので、ゆっくり景色でも眺めながら昼食を取ろう
「あぁ……あの超豪華客船と有名なオー・シャンティ号がもうすぐ私の物に……」
スイは恍惚の表情で海原に想いを馳せている。落ち着かないのは彼女も同じみたいだ
「お前の物にはならないぞ。あとヨダレ拭け」
「おっとと……。けどワクワクしない? 乗った人がみんな口を揃えてべた褒めするのよ?」
ヨダレを拭きながらそう尋ねてくるスイ
そう聞かれれば答えは当然『はい』だ。私も物凄くワクワクしている。スイがまたヨダレを垂らしていることを気に留めないくらいにはワクワクしている
「けど予選とやらを突破しなければ乗れないのだろう? そこは大丈夫なのか?」
だが現状はタダで乗れる『かもしれない』という可能性があるだけ
こんな機を逃すはずもないと世界各地から腕自慢が集まってくるだろう
なのに既に予選を突破したような言い方をするということは、何か勝算でもあるのだろうか
「そんなの、リッツがなんとかしてくれるに決まってるでしょ?」
「人任せではないか!」
あっさりと言ってくれたな。結局は人の力を頼ってるだけで勝算もクソもあったものではなかった
「じゃあ予選で落ちるつもり?」
……ほう。言ってくれるな
予選で落ちるとはつまり敗北を意味するということ
敗北? 誰が? 私が? そんなものは有り得ない
世界最強の剣士である私に一番似合わない言葉だ
「フッ……。そんな気は毛頭ない。どんな勝負だろうが勝って先に進むだけだ」
「決まりね! さぁ待ってなさいよオー・シャンティ号!」
スイの口車に乗せられるのは不本意だが敗北を認めるよりは何十倍もマシだ
立ち上がり荷物をまとめて出発しようとした時だった
『おい。ちょっと待ちな』
どこからともなく声がした
「スイ、なにか言ったか?」
「ううんなにも。リッツじゃなくて?」
スイにも声は聞こえたみたいだ。しかしどこから? ここには私達しかいないはず。周囲に人や魔物の気配もない
『ここだよ! おい! お前らの足元! 聞こえてんだろ!?』
互いに首を傾げている間にも声は絶えず私達に呼び掛けてくる
どうやら声の主は私が腰掛けていた箱からしているようだ
関わるとはろくな事にならない。そう私の直感が告げている
「幻聴だな」
「そうね。幻聴よ」
ここは退くが吉。なにも無かったことにして立ち去ろうとしたが――
『こうなったら強行手段だ。その体……借してもらうぜ!!』
箱がひとりでに開き、中から飛び出して来た『何か』が私に襲いかかってきた
「なっ!? うおぉぉぉぉぉっ!?」
突然のことに対応が遅れた。それが命取りだった。
その『何か』は私の体を包み込むように全身にまとわりついてくる
引き剥がそうにも抗えず、為す術なくされるがままでいるとやがて大人しくなった
「リッツ!? 大丈夫!?」
大慌てで心配するスイ。しかしこれといった傷や痛みもなく、大した変化があるような感覚はない
「……ああ。特になんともないな。これは……鎧か?」
変わった点があるとすれば装備だ。私がさっきまで着ていた鎧が地面に落ちていて、代わりに知らない鎧に身を包まれている
『大正解! やっとアタリが来たぜー!』
さっきの声だ。今はさっきよりもずっと近くで聞こえる
具体的に言うならそう、私の腹の辺りから――って
「よ、鎧が……」
「喋ったぁぁぁぁぁぁ!?」




