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魔王討伐に近道はない  作者: 縞虎
バンボの村の巻
33/44

記録の32 さらばバンボの村


 一晩明けて空には再び太陽が昇る


「むう……朝か……」


 どうやら机に突っ伏したまま寝てしまったみたいだ


 最悪の目覚めだ。頭は痛いし全身がダルくて仕方ない


 記憶は無いがどうやら飲みすぎたようだ。机の上に散らかる空の容器と辺りに立ち込める酒の臭いが、どれだけ凄まじい席だったのかを物語っていた


 バンボ達は地べたに寝転がり気持ちよさようにいびきをかいている


 他の者の姿は見えない。店主とラビトは家に帰ったとして、スイは何処へ行ったんだ?


「まったく……勝手に居なくなるとは人騒がせな奴だな」


「人騒がせはどっちよ」


 聞き慣れた声に振り返ると、スイとラビトがそこに居た


「うわぁ……」


「なにこれ……」


 目の前の惨状に心の底からドン引きといった様子


 当然の反応だろう。恐らく当事者であろう私もこの状況には引いているのだから


「スイ……すまないが昨晩のことを教えてくれないか? 情けない話だが記憶が無くてな……」


 振り絞るように尋ねた私に、スイは呆れ顔から一転して真剣な面持ちで言った


「……知りたい?」


 おかしい。いつものスイならここで噴火の如く言葉を溢れさせながら怒鳴り散らすところだ


 なのにそんな真面目な顔をされてしまうと、真実を知るのが恐ろしくなってくる


「……やっぱりやめとこう」


「それがいいと思うわ。まぁ私とラビトは途中で帰ったから詳しいことは分からないけど……生きてるならそれでいいわ」


「そうか……すまなかったな」


 ラビトが目を丸くしてまじまじと見つめてくる

 言いたいことは分かってる。いつ如何なる時も毅然とした態度を崩さない私がこうもしおらしくしているのが珍しいのだろう


「覚えておきなさいラビト。酒での失敗はこうも人を変えてしまうのよ」


 そういうことだ。代弁ありがとうなスイ


「おっ、全員揃ってるな……って、こりゃあまたひでぇ有り様だなオイ……」


 続いてやって来た店主も前の2人と同じ反応だった


 しかしすぐにとっちらかったテーブルの上を手際良く片付け始める


「あの……手伝います。昨晩はご迷惑をおかけしたようで――」


「ん? 別にあれくらい大したことねーって。とゆーかアンタらは大切な客人であり恩人だ。楽しんでもらえたならなによりだよ」


 ホントに何があったのだろう。なんかもう恥ずかしさとか申し訳なさとかで今にも涙が零れそうでしょうがなかった


「それより……問題はこいつらだな。オラ起きろテメーら! 仕事の時間だ!」


「あぶっ!」

「おひんっ!」

「ぎゃばらぁ!」

「ぶるっとるぉ!」


 あの優しかった店主が一変。鬼のような形相でバンボ達を叩き起す


「おはようござ……うぷっ! すいません……おやすみなさ――」


「寝るなバカタレ! 昨日までは客だが今日からはウチの従業員だ! バリバリ働いてもらうから覚悟しとけよ!」


「は、はいィ!!」


 店主の怒号で完璧に目を覚ましたバンボ達はテキパキと動き出す


 それを黙って眺めてるのも申し訳なかったので、私も奴らに混ざり一緒に片付けた


 そしてひと段落した頃、気になっていた事があったので店主に尋ねた


「あの……従業員っていったい……?」


「あっ。それ私も気になってた」


「そういえば昨日は結局話せず仕舞いだったな。あいつらな、ウチの店で働いてもらうことにしたんだよ」


「えっ!? アレを雇ったってこと?」


 スイは驚いた様子で屋台の中で皿洗いに励むバンボ達を指差した


「そうだ。あいつらをこの村に住ませる条件としてな」


「なんの得も無さそうですけど……」


 言ってやるなラビト。私も思ったけどギリギリ口に出すことを留まったんだから


「最初はみんな反対してたけど、ウチで面倒見るからってことで納得してもらったよ。なんだかんだみんな、あいつらに対して思うところがあったんだろーな」


 なるほど。バンボ達が村に住ませてもらえると聞いた時は驚いたが、そういうことだったのか


 そして昨日の話に繋がると――。よし、今度こそ完璧に理解したぞ、うん


「しかし、よく受け入れ役を買って出ましたね。連れてきた身で言えることではありませんが……」


「俺も元々は余所から来た人間だしな。素性も分かんねぇ男を受け入れてくれたこの村には感謝してるんだ。今度は俺がその役をやっただけさ」


 余所者にしか分からないこともあるということか。そのおかげでバンボ達も新たな居場所を得られた


 店主には本当に感謝しかないな。今回は私の力だけではどうすることも出来なかったのだから


「おかげさまで一件落着ね。おじさんが居なかったらって考えただけで背筋が凍る思いだわ」


「それはこっちのセリフさ。あんたらが来てくれなきゃこの村は何も変わらなかった――変わろうとすらしなかった。大袈裟かもしれねぇがあんたらも、バンボの村の守り神だったのかも……なーんてな」


 ロマンチストが過ぎたのか、店主は照れくさそうに笑った


 だが私達が感謝の言葉を受けるにはまだ早い


 確かにバンボの村は変化への第一歩を踏み出した。その結果がどうなるかは誰にも分からない


 人を信じられなくなってしまった村人に再び笑顔を取り戻す。それはきっと長く険しい道のりになるだろう


 しかし変わろうという強い意志があるなら、全員が同じ気持ちなら、その夢が叶うのはそんなに遠い未来の話じゃないかもな


「なんかホッとしたらお腹空いちゃった。おじさん! また唐揚げ食べたいな〜」


「お前……食い意地が張るにも程があるだろ。昨日からどれだけ食わせてもらったと思ってるんだ」


「わははっ! 遠慮も代金もいらねぇよ! 好きなだけ食ってけって! オイお前ら! 初仕事だ! 2人にたんとご馳走してやるぞ!」


「へ、へいっ!」


 威勢良く屋台へ戻る店主に声を揃えて応えるバンボ達


 狭い厨房に5人の男達が入り乱れる様はなかなかに暑苦しいものだったが、皆とても楽しそうな表情を浮かべていた


 こうして眺めていると、昨日までの事が全部嘘のように思えてくるな


 紛い物の神に強烈な悪霊との激闘。そして村人達との対立


 たまたま立ち寄った村でここまでの出来事に巡り会うとはな


 きっと世界には魔王に苦しめられている人がまだ沢山いるはずだ


 世界を救うためにも先を急がねばならない


「食ったら出発するとしよう」


「えー……。もう少しゆっくりしてってもいいじゃない」


「文句言うな。私にはまだやらねばならない事が山ほどあるんだぞ」


「ぶーぶー! リッツのケチんぼ! 腹踊り!」


「やかましい! 腹踊りはやめ……えっ?」


「スイさんそれは……!」


「えっ? ……あっ!!」


 ラビトに止められ慌てて口を塞いだスイだが、一度口を突いて出た言葉はもう取り消せないし私の耳にもしっかり入ってしまった


 席を立ち、誰も見てない所まで移動してから恐る恐る服を捲ってみる


 ……フッ。初めまして……だな


「あ、あの、ごめんなさいリッツ。わざとじゃないの」


「そ、それに……あの、とっても上手でしたよ! リッツさんは絵も踊りも上手だなんて……私、尊敬しちゃいます……」


 スイの謝罪も、ラビトの必死のフォローも、ただただ虚しい


「何も……何も言うな……」


「あう……」


 程なくしてバンボ達の初仕事の結晶であるノイメット・ブル・コリオの唐揚げが目の前に並んだ


 形は不揃いだし所々焦げているし、とてつもなくしょっぱい。どこから見ても商品と呼ぶには値しない出来だ


 見た目も味も店主には程遠く及ばない。これから更に修行を重ね、早く人前に出せるものになるといいな


 いやー、ホントにしょっぱい。どうしてだろうな




「色々とお世話になりました。旅が落ち着いたら、またご馳走になりに来てもいいですか?」


 食事を終えた私とスイは店主とラビト、そしてバンボ達と共に村の入口まで来ていた


 昨日の今日だし村人達がバンボ達に向ける目は相変わらずだが、それが今後どう変化していくかが楽しみでもある


「当たり前だろ! メニュー増やしてとびきり持て成してやるから覚悟しとけよ!」


「リッツざぁん……僕だぢ立派なミュージシャンになりますからねぇ……」


「あぁ……まぁ、程々に頑張れよ」


 スイとラビトも何やら楽しげに会話しているが、あまり長々と話していては別れも辛くなるだろう


「では行こうか」


「うん! みんなまたね!」


 見送られながらバンボの村をあとにする。こうして私達の1つの戦いが幕を閉じ、また次なる目的地を目指して旅は続く


「なぁスイ」


「なに?」


「私は……強い」


「……どうしたの急に?」


「しかし、強さには色んな種類があると知ったよ」


「……ふふっ。そうね」


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