記録の29 嘘? いいえ真実!
「で? みんななに騒いでんだ? あんまり楽しそうな雰囲気じゃねーのは分かるが……」
店主は私達と村人達の様子を交互に見ながら、雰囲気だけ察して近くの者に事情を尋ねる
「あぁ、それがさ――」
「ふんふんふんふんなるほどなるほど……あーはいはいはいはいはい」
ちゃんと聞いているのかいないのか。適当に相槌打ってるだけに見えるのだが、大丈夫だろうか
店主まで村人側に回られてしまっては、もう私達に為す術はない
願わくば彼がこの悪い空気に風穴を開けてくれる存在になって欲しい
一通り話を聞いて事情を把握したのだろう。店主はこちらへ向かってくるなり右手を差し出してニコリと微笑んだ
「さっきはありがとな。よかったらまた食ってってくれよ。サービスしてやっから!」
「こちらこそご馳走様でした。初めて見る料理でしたが非常に美味でした」
私も右手を差し出して握手を交わす
今となっては厄介者として扱われることとなってしまったが、あの料理に巡り会えただけでもこの村に立ち寄った意味はあった
それほどまでに美味しかったと自信を持って言える
「ハッハッハッ! そうだろそうだろ? 俺の故郷が発祥の料理なんだが……イマイチ知名度が低くてなー。広めるためにこうして色んな地域を転々としてるって訳よ!」
豪快に笑ったかと思えば頭を抱えて悩んだり、次の瞬間にはまた笑ったりと表情豊かな人だ
「おじさんはこの村の人じゃないの?」
スイが口を挟んだことで気付いたが、確かに彼はこの村の者ではなさそうだ
その証拠に他の村人とは違い、店主には耳や尻尾やらといった獣人の要素がひとつもない
「おうよ! 俺は『ノイメット』ってとこの産まれなんだけどな。まーデカいとこよ。世界のあっちこっちから人が集まってくるんだぜ」
「ノイメットなら聞いたことがあります。確かテッセ王国に並ぶ大国で、その技術力は世界一だとか」
武力のテッセ、技術のノイメットなんて言われており、テッセ王国以外の事情に疎い私でもその名を知るくらい有名で大きな国だ
「聞くだけなんてもったいねぇなぁ。目で見て肌で感じた方がどんだけスゲェかすぐ分かるからよ。ここからならそう遠くねぇから是非行ってみてくれよ」
そこまで言われては興味を惹かれない訳が無い。次の目的地はノイメットにしよう
「あっ、ところでよお……なんの話してたんだっけ?」
「えぇ……」
関係ないことを長々と喋るなとは思っていたが、1番大切な部分を忘れていたとは思わなかった
やっぱりさっき説明されたこと全然聞いてなかったんじゃないか?
「あの、この村と彼らについて話したいことが――」
「あーそうだったそうだった! ごめんな! 美味かったなんて褒められたからつい嬉しくなっちまって余計なことばっか喋っちまった」
悪い人ではなさそうだが……この人に話をしたところで何か変わるのだろうか
そんな疑問が私の中で大きく膨れ上がっていく
「えーと……話がしたいけど門前払いされて困ってるだったよな?」
なんだ。ちゃんと聞いていたんじゃないか
これでようやく話が進みそうだが、お願いが通るかどうかはまた別の話
店主はバンボ達を眺めながら深いため息をついて言った
「うーん……確かに良い話ではなさそうだが……話してみてくれよ。力になれるかもしれねぇしな」
「……! ありがとうございます!」
よし。まず最初の壁は突破できた。あとはバンボ達が如何にこの村に貢献していたか伝えればきっと納得してくれるはず
「この村には守り神がいると、そしてその守り神の様子がおかしいということを、そこのラビトから聞きました」
「……つーことはこの村であった事件のことも聞いてるか?」
少しの沈黙の後、店主は重そうに口を開いた
あまり触れて欲しくない話題なのだろう。村人達も目を伏せて居心地悪そうにしている
「それもラビトから聞きました。村人同士が険悪な雰囲気になり諍いが絶えなかったとか」
「……あの頃は大変だったよ。今でこそ元通りになって仲良くやってるつもりだが……やっぱみんな心のどこかでは人を信用出来なくなっちまってる。それがあんたらを突っ撥ねる理由だろうな」
なるほどな。これでようやく納得いった
彼らは過去のいざこざがずっと胸の奥に引っかかって取れないまま苦しんでいる
表では笑っていても裏では何を考えているか分かったもんじゃない
そんな疑心暗鬼を繰り返すうちに、村人同士だけでなくそれ以外の者すら信じられなくなってしまったというところか
「そういうことだったのね……。けどなんでおじさんは話を聞いてくれるの? おじさんも被害者だったんでしょ?」
「大した理由はねぇさ。続きを話してくれ」
鼻を鳴らして軽く笑った後、店主は続けるように言う
勝手な推測だが、恐らく何かしらの理由はあるはず
しかしそこを掘り下げるのは無粋というもの。ここは言われた通り話を進めよう
「単刀直入に言いますと、彼らがその守り神なんです」
「……兄ちゃん。流石にその嘘は無理がありすぎねーか? 実物なんざ見たことねぇから強くは言えねーけど、あれが神じゃないことくらい誰だって分かるぜ?」
店主の目が一瞬にして失望の色に染まる
とりあえず成り行きを眺めている村人達からは、哀れみや軽蔑といった負の感情が視線に乗って向けられた
当然の反応だ。誰一人驚く素振りを見せないのは明らかな嘘だと分かっているから
それと同時に認めたくもないのだろう。自分達が信仰していた者の正体が、あんな訳の分からないものだったなんて信じたくない
「確かに彼らは神でもなんでもありません。ですが、彼らがバンボの塔に住み着いたことで村を事件から救ったのは事実です」
「……どういうことだ? 確かにバンボの塔から人の気配がするようになったことと諍いが止んだのは同じ時期だって言われてるが――」
「神は存在しなかった。しかし悪霊は存在していたんです」
ざわざわと村人達から戸惑いの声が上がる
なんとなくその存在を確認出来ていた守り神と違って、悪霊なんて誰かが作り出した架空の存在にしか過ぎない
そう思っていたところに『実は神はいなくて、でも悪霊はいました』なんてことを言われたら混乱もするだろう
「彼らもまた、些細なことから争いの耐えない日々が続いていると悩んでいました。悪霊がこの村から離れ、彼らに取り憑いたことが原因です」
「ちょっと待ってくれ……。もうなにがなんだか分からなくなってきた」
話について行けなくなったのか、店主は一旦止まってくれと制止する仕草を見せて座り込む
全てをその目で見てきた私達だからこそこうして平静を保って話していられるが、もし自分が聞かされる側だとしたら同じ反応をしたに違いない
「えーと……つまり……そいつらが悪霊を引き受けたから村での諍いが止んだ。だから村を救ったってことでいいのか?」
先程よりも長い沈黙の後で店主は口を開き、確認するように尋ねてきたので私は無言で首を縦に振る
随分と突飛な内容だと、自分でも話していて思う
よく出来た物語だとか、幸せな頭をお持ちだとか、そう思われても仕方ない
なにせ証拠がひとつもない。悪霊は跡形もなく消え去ってしまったのだから
認めたくなければそれでいい。否定されるのも仕方ない
だが私達は見て、聞いて、体感した。それらは全て紛れもない事実だと胸を張って、何度だって言ってやる
店主は私の目をじっと見つめ、何か覚悟を決めたように大きく息を吐いてから言った
「わかった。ひとまずアンタらの言うことを信じよう」
 




