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魔王討伐に近道はない  作者: 縞虎
旅立ちの巻
3/44

記録の2 リッツ 旅に出る


 国王様より直々に命を授かるという最高に名誉なことを頂いた私、リッツは早速家に帰りそのことを父と母に報告した


「凄いじゃない! あなたが旅に出るのは寂しいけれど応援してるわよ!」


 母はまるで自分のことのように喜んでくれた

 旅立つ息子に精一杯のはなむけをしようと慌てて準備に取り掛かる


「剣士ならば1度くらい外の世界を見て回るのも悪くないだろう。国の代表として恥ずかしくない働きをしろよ」


 喜ぶ母と対照的に父は酷く落ち着いて椅子に座り茶をすすっている


 だが息子が何年 あなたのことを側で見てきたと思っている

 父がこうやって冷静を装っている時こそ実は落ち着いてない証拠なのだ


 その証拠にカップを持つ手は小刻みに震え茶を啜る音も汚い


 ズゾッ、ズゾゾゾッ、ゾォォォアォッ


 こんな感じだ


 反応に違いはあれど祝福してくれていることに間違いはない


 気持ちの良い出発を迎えられそうだ


「父さん、母さん、ありがとうございます。剣士として立派に使命を全うして参ります!」


「……そうだ。リッツ、少し待っていろ」


 何かを思い出したような口振りで父は自分の部屋へと入っていく

 何事かと首を傾げる私と母の前に父が持ってきたものは一振りの剣だった


 年季の入った傷だらけの鞘から抜かれた剣は眩しい金色こんじきの輝きを放っている


「父さん……この剣は一体ーーーー?」


「これは斬魔ざんまつるぎと言ってな。悪しき心にだけ反応しその力を発揮するのだ」


 父が持ってきた斬魔の剣

 鋭く磨かれた刀身はありとあらゆるものを切断してしまいそうだ


 しかしこの剣が斬るのはあくまでも心だという

 故に人の体に危害を加えることはなく清き心の前では一切力を発揮しないらしい


 無益な殺生を好まないどっかの誰かが遥か昔に作ったというのだがそのへんの説明は物凄くフワーっとしていた


 だが思ってもいなかった父からのプレゼント。当然私の気持ちはたかぶり、自分の顔は見えないが幼い子供のように目を輝かせていただろう


「こんな素敵な剣を貰えるとは……感謝します!」


「え? あげないよ?」


「……はい?」


「これは父さんが貰ったもんだもん。旅に出るって言うからその前に見せておこうと思っただけ」


「え、えぇ……?」


 このタイミングで見せるってことは普通授けるものではないのだろうか

 厳格な父からいきなりお茶目を見せられて私の困惑は止まらない


「なーんて嘘だよ。ほら、持っていけ」


「は、はぁ……ありがとうございます」


 何となく素直に受け取ることが出来ない

 せっかく旅立ちに向かって意気込んでいたのにおふざけを挟まれてしまうと興が醒める


 とにかくくれるというので有難く受け取り、これから暫くは見ることが出来ないので両親の顔をこの目に焼き付けておこうと思った時だった


 にやけている父の背後で微笑んでいる母

 しかしあの顔は間違いなく怒っている時の顔だ


「では行ってまいります!」


 この後に起こる修羅場を想像し私は足早にこの家を出発した


 その後、父にどのような裁きが下ったかは考えないことにした


 長らく世話になったこの国に暫くの別れを告げ私は初めて外の世界へと大きな1歩を踏み出した


「さて、まず向かうべきはテンフの村だな」


 テンフの村とはテッセ王国より南に位置する小さな村のこと


 何故外の世界を知らない私がそんなことを知っているかって?


 実は私にもよく分からない


 魔王城へ向かうならテッセ王国から北に進むのが1番近いはず


 しかしどういうことか脳がテンフの村へ行けと言っているような気がしてしょうがなかったのだ


「うごぼぉッ」


「何者だっ! ……なんだスライムかーーーーえ?」


 今の『うごぼぉッ』ってこいつの鳴き声か? スライムってそんな風に鳴くのか?

 いやそもそも声出せるのかコイツは? どこに声帯や口があるんだ?


 見たところ半透明の青色が一匹いるだけで周囲に仲間らしき姿はない


 初めて魔物に出会ったとか記念すべき初戦闘とかどうでもよくなるくらいに私はスライムの鳴き声が気になってしょうがなかった


「き、貴様! もう1度鳴いてみろ!」


「…………」


 なんだコイツ。うんともすんとも言わないではないか。もしかして聞き間違いか?


「鳴けと言っているんだ。さもなくば切るぞ」


「…………」


 剣をチラつかせ若干脅してみるがやはりスライムが答えることはない

 そもそもスライムは人の言葉が分かるのだろうか?


「鳴けと言っているだろ! いいのか!? 切るぞ!? 本当に切るぞ!?」


「…………」


 とゆーかスライム相手に私は何をしているんだ

 最初からこんな調子では先が思いやられる


 さっさと倒して先に進むことにしよう


 しかし私が剣を構えた瞬間だった


「……さ……いで……」


「……ん?」


「殺さ……ないで……」


 コイツやはり喋ることが出来るのか!

 魔物が人の言葉を使えるなんてこれは大発見ではないだろうか


「……安心しろ。少し脅しただけだ。済まなかったな」


 魔物が人間に危害を加えているのは事実

 しかしこうして言葉を交わし合えばいつの日か分かり合える時が来るかもしれない


 ならば私とこのスライムでその第一歩を共に踏み出そうではないか


「本当に……殺さないの?」


「ああもちろんだ。ほら、握手をしよう」


 怯える素振りを見せたスライムに対して私は手を差し伸べた

 その時だった


「ブゥワハハハ! バーカ! こんなもん演技に決まってんだろ! 人間め、ぶっ殺してくれるわーーーー」


 完全に虚を突かれた私にスライムが容赦なく襲いかかってくる

 しかし私の体にぶつかると豪快な破裂音を立て粉々になったきり動かなくなってしまった


「魔王め……絶対に許してなるものか」


 魔物の躾が行き届いてないのは魔王のせいだ

 まだ見ぬ魔王に対し一方的に怒りを燃やして私の旅は始まった


 スライムがぶつかった服はビショビショに濡れ、生乾きのような臭いが中々取れなくて苦労した


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