記録の23 沖縄帰りのアイツ
斬魔の剣は確か巾着袋にしまってあったはず
あの時はスタートボタンとかメニュー画面とか訳の分からないことばかりだったが、結局持ち物は全部小さくなって腰の巾着袋に入ってるということだ
「よしっ、覚悟しろ」
「ちょちょちょちょ!! なんで剣抜いてるんですか!? 私達がなんか悪いことしましたか!?」
斬魔の剣を握った私は躊躇いなど持たず詰め寄っていく。狼狽えるバンボ達はどれがどれだかは未だによく分からん
「痛くないから安心しろ」
「痛みを感じる間もなくってやつですか!?」
前にスイとイメスパを斬った時は悲鳴を上げてた気がするが……まぁ大丈夫だろう。痛くない痛くない
男ならそれくらい我慢してみせろ
「いーやーだー!」
「なっ!? コラ待て!」
恐怖に耐えかねたバンボ達は散り散りになって逃げ回り始めた
往生際の悪い奴らめ……少々面倒だが、こうなったら順番に片付けていくしかない――
「――と言うとでも思ったか!」
斬魔の剣を一旦しまってハリセンに持ち変える。そして右腕に力を込めて思いっきり床を叩いた
「うおおおおっ! なんだなんだ!?」
強烈な一撃は塔全体を揺らす。地面が揺れている状態で走り回ることなど不可能だ
全員が転んだらあとは簡単。1人1人回収して一纏めにするだけの簡単な作業
なぜ私だけ揺れている中でも動けるのかって? 強いからに決まってるだろう
「さぁ、逃げても無駄だと分かっただろ? 今度は逃げるなよ」
「うぅ……父ちゃん母ちゃんゴメンよぉ……」
いや、別に命を奪う訳じゃないんだから泣かないでほしい。なんかこっちもやりづらくなる
しかしこれも貴様等の中に巣食う悪を取り除くためだ。心を鬼にしてやらせてもらうぞ
「まてぇい!! そこのアンポンタン!!」
斬魔の剣を構えて今度こそ――というところで誰かに止められる
これ以上変な奴が増えて面倒なことが増えるのはごめんだ。さっさと終わらせてしまおう
「ちょっ、待てよ! せめてこっち振り返るくらいしても良くない!?」
うるさいやつめ。まだ何か言ってるが聞こえないふりをしよう
「オ……オルトナリア!!」
だがそうもいかなかったのはバンボ達であった。どうやら乱入してきたのは今まで音沙汰無しで消息不明のオルトナリアバンボだったようだ
そいつの姿を見るなり全員駆け出し、私はというと虚空に向けて斬魔の剣を振りかぶっているなんとも間抜けな姿を晒している
「ぷぷっ、ダッサ」
スイ、聞こえてるぞ。あとで覚えておけよ
「オルトナリア! お前今までどこ行ってたんだよぉ!」
「心配してたんだからな!」
「おばっ……うえぇ……おぶとなでぃあぁぁぁ……」
なんだ。喧嘩別れした割には再会を喜んでるし、普通に仲良さそうじゃないか
めっちゃ泣いてるのは恐らくイルブンボバンボだな
「いやー、ちょっと沖縄に行ってんたんだ。自分を見つめ直すための旅ってやつさ」
絶対嘘だ。他の3人とは比べ物にならないくらい日焼けしてるしバカみたいな量の花の首飾りがかかってるし大量の袋下げてるしあれは絶対にバカンスだ
なんか自分探しの旅とかそれっぽいこと言っとけばカッコつくと思ってるだろ
そもそも沖縄ってどこだ? そんな地名は聞いたことないぞ
「お前ってやつは……お前ってやつはぁぁぁぁ……!」
まぁ、水を差すのは趣味ではない。仕方がないから今は少しだけ感傷に浸らせてやるとしよう
「心配も迷惑もたくさんかけて悪かったな。あっ、そうだ! お土産買ってきたんだよ。ほら、そっちのお嬢さんたちも一緒に食べましょうぜ」
おもむろに袋をまさぐり小包を取り出したオルトナリアバンボ
包装紙を丁寧に剥がして箱を開けると、中には更に個包装された菓子のようなものが詰まっていた
「なになに? これ食べ物なの?」
「なんだか不思議な形ですね」
「沖縄名物でちんすこうってお菓子なんです。美味しいですよー」
呼ばれるがままスイもラビトも引き寄せられ、初めて見る食べ物に興味津々である
私も一度武器を収めてから輪に入る。正直怪しくもあったが、人から出されたものを断るのは私の流儀に反するのでな
決して仲間はずれが嫌だからとかではないぞ。決してな
「ふむ、ちんすこうか。聞いたことない名前だな」
「あんたはダメだよ」
「え? 何故だ?」
耳を疑った。感動の再会からの過去を乗り越え和解
これ以上ないくらいの和やかな雰囲気の中で突然仲間はずれにされたのだ
「当たり前でしょ。あんた、俺の仲間に手ぇあげようとしてたじゃん」
「いや、それはだな……。彼等には悪いものが憑いてるからそれを退治しようと――」
くそっ! こんなことならさっさと斬魔の剣で斬っておくんだった
誤解を受けたままでは私だけちんすこうが食べられないではないか
「騙されるなよオルトナリア! こいつはさっき、いきなり俺達のことを斬りつけた癖にまた斬ろうとしてるんだ!」
「正座もさせられたぞ!」
「なんだと!? やっぱりお前は敵だ!」
バンボ達の追撃も入り私の立場がどんどん危うくなっていく。しかし事実なだけに反論が出来ない
こうなったらもう問答無用で斬魔の剣を振るうか。実際に悪霊とやらを見せてやればこいつらも納得がいくだろう
「ちょっと待ってよ! あなたたちラビトの話聞いてなかったの!?」
再び斬魔の剣を抜いた時、意外にもスイが間に割って入ってきた
「スイ……お前――」
まさか……庇ってくれるのか?
私の言いたいことを察したのか、スイは親指を立てて応える
なんと情けなく恥ずかしい話だろうか。最強の騎士であるこの私がこんなに小さな背中に守られているなんて――
しかし何故だろう。同時に妙な安心感を覚えるのは――
そうか……これが"仲間"なのか
人間誰しも1人では生きていけない。スイが私と共に旅をすることになった理由もそうだった
楽しい時は共に笑い、嬉しい時は共に喜ぶ
辛い時は支え合い、足りない部分は補い合う
それが……"仲間"というものなのか
なんと素敵な響きだろう。私の心は心地よい温もりで満たされた
なぁスイ。お前もきっと、私と同じ気持ちなのだろう?
スイは振り返り、にっこり微笑んで言った
「貸しひとつね」
前言撤回だこの腹黒妖精め。傷心に付け入るとはなんて恐ろしいヤツだ。危うく雰囲気に流されてスイの術中に嵌るところだったぞ
思い返してみればスイと感情を共有した覚えはそんなに無いし、一緒に旅をしてるのもなんか流れでそうなってただけだ
やはり力関係をはっきりさせてやる必要があるみたいだな
「どけ。目が覚めた」
「あらそう? じゃあちゃっちゃと終わらせてね」
まるでこうなることを予期していたかのような口振りだな
だがまぁ今回だけはスイの策略に乗ってやるとしよう
「や、やる気か? こっちは4人だぞ? 勝てるわけないだろ!」
「いや、戦う気はないから構える必要はない――」
ファイティングポーズを取り応戦しようとするバンボ達。4対1だろうがもっと多かろうが私には関係ない話だ
剣を抜いて斬る。ただそれだけの話
「戦いにすらならないからな」
「なッ!? お前……いつの間に……!」
私はちょっと速く動いただけ。それが奴らには目にも留まらぬ速さに見えたのだろう
なんの前触れもなく仲間達が崩れ落ちたこと。さっきまで遠くにいた私が目の前に現れたこと
オルトナリアバンボは動揺を隠せずにいた
さて、問題はここからだ。ラビトの言っていた通りバンボ達に悪霊が取り憑いているならば、これで正体を現すはずだが――
「いや〜ん! ちょっとなんなのよ〜!」
……随分濃いのが出てきたな




