記録の18 バンボの村
私とスイが次に訪れたのはバンボの村。ヴァーヌなんとかと比べて非常にシンプルな名でその覚えやすさに私は思わず感動してしまう
しかしこのバンボの村の住人にはシンプルとは違う、少し変わった部分が見られた
「耳だな」
「尻尾もついてるわね」
村の中を歩く人々には漏れなく動物のような耳と尻尾が付いていた
それらはどの村人にも共通して言えることだがそこから更に顔つきや肌に注目して見るとまた明らかな違いが見て取れる
一方は人間らしい顔と体、もう一方は獣らしい顔と体。両者とも言葉に表すならば『獣人』と呼ぶのが適切だろうが『獣寄りの人間』と『人間寄りの獣』の2種類に分類されていた
何故だろう。バンボという名前に聞き覚えがあるのだが……どこで聞いたか全く思い出せん
「なんだか面白そうな村ね。リッツ、ちょっと見て回りましょうよ」
スイの提案により村の中を散策することに決めた。こうして見ていると生活の様子は人間となんら変わらない
自分の家で暮らし、食事をし、労働をする。2種類の人々が共存し合い文明を築いているのだ
散策の途中で『ノイメット・ブル・コリオの唐揚げ』という屋台を見つけ試しに食べてみたがこれがなかなか美味であった
1つだけ食べるつもりだったが結局追加で購入し、食べながら散策を続ける
余談だが買いに戻った時、屋台の店主はやたらと嬉しそうにしていた
それもそうか。味に自信を持って店を開いているのだから、料理人にとっておかわりという行為は認められたということだしな
「しかし獣と人間が混ざった姿とはなかなか不思議な種族だな」
「そうね。あっ、見て。あの人すごく強そうよ」
スイが指さす先には立派な鬣を纏い大きな爪と牙を持つ雄々しい男がいた
見た目からすると私よりもずっと年上だろう。その姿に違わぬ猛者の気を放っている
「それでも私の方が強い」
「張り合わなくていいから」
そんな調子で獣人の観察を続けてきたがどいつもこいつも落ち着きがないというか焦っているように見えた
そんな様子を不審に思い私は適当な奴に話しかけることにした
「おい貴様。聞きたいことがある」
「は、はひぃ!? 私ですか……?」
そいつは私の声に驚いたのか飛び上がり、恐る恐るこちらを振り返った。空に向かってピンと伸びた長い耳が特徴的で困り眉とつぶらな瞳で私を見上げている
先程の分類に当てはめるなら獣寄りの人の方だ
「見るからに弱そうだな。話しかける相手を間違えたか?」
「どこで判断してるのよ。あなたの顔が怖いからいけないんでしょ?」
失礼な奴だ。私の顔は怖いんじゃなく秘めたる強さが溢れているだけだぞ。むしろ凛々しいと言っても過言ではない
「驚かせてごめんなさい。私達、旅の途中でこの村に寄ったんだけど村人の様子がおかしいと思ってね。良かったらお話聞かせてもらえないかな?」
私を押し退けるようにスイが前に出てそいつに尋ねると落ち着きを取り戻したようで話をしてくれた
「はい。ここはバンボの村って言うんですがーー」
「そんなこと分かってる。早く話せ」
「ひいぃっ!! す、すいません!」
「話が進まないでしょうが! リッツは黙ってなさい!」
スイの小さな拳が私の瞳を目掛けて飛んで来たので避けた。流石に目を狙うのはダメだろ。当たったらシャレにならないぞ
ハリセンは私が持っているからいいものの、前は鼻だったし今回は瞳だし日に日に恐ろしい所を突いてくるようになっているなこいつ
「それでこの村の近くにバンボの塔っていうのがありまして……そこには4人の守り神様がいるのです」
バンボの村の近くにバンボの塔……か。むっ? ちょっと待てよ……バンボの塔、バンボの塔……
『そういえば最近、バンボの塔に異変が起きてるらしいよ爺さん』
「思い出したぞ!!」
「ひゃあっ! ななな……なんですか?」
「リッツ!! いい加減にしなさい!」
母親のような口調で怒るスイの拳が私の眉間を捉えた
違う、今のはわざとじゃーーいや、今までのもわざとじゃーーって私は一人で何を言い訳しているのだろう
そうだ。盗人旅人と一緒に入った家の中で老夫婦が話していたのを聞いたのか
思い出せたことにより喉の奥につかえていた小骨が取れスッキリした気分だ
しかしその喜びの代償に眉間には鈍い痛みが残った
「それでその守り神様がどうしたの?」
「最近、変なんです」
「変? 体調を崩してるとか?」
「いえ、あの、なんて言いますか……」
スイの問いかけにそいつは吃り、困った顔を浮かべ辺りをキョロキョロ見回すとスイの耳元まで顔を近づけ何か言っていた
離れている私には聞こえない。どうやらあまり大きな声で言えることではないみたいだ
耳打ちが終わるとスイは振り返ってこちらを向き近づいた後、私の服を引っ張った
「行くわよ、リッツ」
「待て。行くってどこへだ?」
「それは後で説明するから」
そう言って事情も聞かされぬまま私とスイ、そして何故か付いてきたそいつも含め3人で村の外へと出る
ある程度歩いたところで周囲に人影が無いことを確かめるとスイは漸く止まった
「急に連れだしてごめんなさいね。悪いんだけどもう一度説明してもらっていいかしら? ……っとその前に自己紹介が遅れたわね。私はスイ、それでこっちがリッツ。頭はアレだけど実力は確かだから安心して」
「あっ、私はラビトって言います。じゃあ話しますね」
そいつ改めラビトは口を開いた
だがその前に言わせて欲しい。『急に連れだしてごめんなさいね』は完全にラビトにだけ向けて言った言葉だ。私のことはガン無視だ。私に対しての配慮というものは皆無か?
そして頭はアレってなんだ。それ、いつかの幼女に向けても同じこと言ってたよな? いい加減アレの意味を教えろ。気になって仕方ないだろ
知性に溢れているということか? 一国の王も恐れる程の知略の持ち主ということか?
言いたいことはまだまだあるがまずはラビトの話を聞かないと先に進めないのでしょうがなく耳を傾けることにする
「バンボの塔にいる守り神様なのですが、私たちの村では一週間に一度、彼らに食料を供える為、塔へ行くんです」
なるほど。村人からの奉納か……その守り神とやらは随分信仰されているのだな
神などと存在するかしないか分からぬ者に熱心なものだ。そんなものに頼らずとも人は生きていけるというのにな
「異変が起きたのは前回の奉納の時です。いつもは仲の良い守り神の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた、という噂が村中に広がりました」
「ちょっと待て!」
「ええっ!? な、なんでしょうか……?」
急に声を荒らげた私にも非はあると思うがそろそろ慣れて欲しいものだ。ラビトが驚くとスイに殴られるのだから
スイはもう何も言うことなく私の頬を繰り返し殴っている。せめて何か言ってほしい
「その守り神とやらは実在するのか?」
「はい……そうですけど……? だから私たちは食料を納めに……」
それってお供えという意味では無かったのか。私はてっきりそういうものだと勘違いしていた
しかしそれならば非常に面白い話だ。この世界には魔王の他に神が存在してるということになるのだからな
魔王同様に神様も世界を統べる存在。ならば魔王を討伐する前に神様を討伐して肩を慣らしておくとしようか
そうと決まれば早くバンボの塔に向かわねば。私の中では初めて相対する神という存在に対しての闘志が燃え滾っていた




