記録の17 ゴミ箱を漁る旅人
私の記憶が曖昧なうちにあのヒリカという幼女や露麗魂の件は解決していたらしい
出来ることなら私の目で事態の解決を見届けたかったのだがいくら聞いてもスイからは同じ答えしか返って来なかったのだ
『いいのよリッツ。あなたは何も知らなくていいの』
遠い目、というか虚ろな目で答えるスイ
そう言われると更に気になってしまうのが人の性と言うもの
しかしイメスパとの戦いで現れた純粋なスイのことを私も黙っているのだ
ここはおあいこにしておいてやろう
こうしてヴァーヌ・ユ……ヴァーヌ・ユ・タラコ…………。ヴァーヌでの物語は幕を閉じたが結局最後までこの街の名前は覚えられなかった
そしてスイと歩を進めるうちに次の街へと訪れたのだが私はそこで奇妙な男を発見した
「おいスイ。あそこにゴミ箱を漁ってる奴がいるぞ」
「そうね。服装を見るに私達と同じ旅人かしら?」
男はどこにでも売っていそうな普通の服や靴を身にまとっている
装備は決して大層とは言えないがゴミ箱を漁らなければならない程生活に困っているという感じでもなさそうだ
ならば何故そんな行為を? そんな浮浪者みたいなことをしていては周囲の視線が突き刺さって痛いだろう
私なら絶対に出来ないな。そんなことするくらいなら死んだ方がマシだ
しかし見ているこっちが恥ずかしくなるな。仕方ない、ここは私が慈悲を与えてやるとするか
「おい貴様。そんなみすぼらしいことはやめろ。金に困っているなら私が飯でも奢ってやるから」
「ん? 君は誰だ?」
「貴様がそのゴミ漁りを止めたら教えてやる。だからまずはその手を止めろ」
「なんでさ? ゴミ箱ってのは意外なお宝が隠されてたりするんだぜ?」
コイツ……ッ! 自覚がないというのか!? 貴様が今やっていることはどれだけ恥ずかしいことなのか理解してないのか!?
重症だ……。きっとこのゴミ漁り生活も長いのだろう。それをおかしな行為だと理解出来ない程に奴の感覚は麻痺してしまったのだ……
そんなゴミの山に宝などあるはずがない。と言ってやりたかったが私はその言葉をグッと飲み込む
今の奴に対して私が抱いた感情は怒りなどではない
悲しい、ただただ悲しい
皆が楽しそうな顔をして街を歩く中でこいつはゴミ箱に片腕を突っ込んでいる
同じ人間なのにそこまで格差があるのが悲しかった
これも全て魔王が悪い。きっとそうだそうに違いない
待っていろ名も知らぬ旅人よ。私がすぐに魔王を倒しこの世界から格差を無くしてやるからな。だからもう少しだけ辛抱してくれ
「君、見たところ僕と同じ旅人のようだね? よしっ! ちょっと付いておいでよ!」
「うむ。行こうではないか!」
ああいいだろう悲しき者よ。それで貴様が満足してくれるなら私はどこまでも付いていくぞ
スイはどこかって? 知らん。それより今は旅人の方が大事だ
「……あれぇ? ちょっと目を離した隙にリッツったらどこへ行ったのかしら? まったく、困った男ね〜」
旅人の後を付いていくと奴はとある家の前で足を止めた
そうか、ここが貴様の家なのか。貧しいながらも私を持て成そうとしてくれるとは本当に泣かせる奴だ
「まず家があるでしょ?」
「うむ」
「で、中に入ると家具とか壺とかあるでしょ?」
「うむ」
家の中には老夫婦が仲良く机を囲んでいて手元には湯のみが置かれている。恐らくコイツの家族かなんかだろう
「おい、家に帰ったらまずは『ただいま』と言わなければダメだろ」
「いやだってここ僕ん家じゃないし」
「……は?」
旅人の言葉に耳を疑った。ここが貴様の家ではないならば何故貴様はここにいる
それは不法侵入というやつだぞ?
旅人は老夫婦と私を無視して一直線にタンスへと向かっていく。すると上から一段ずつ順番に開けていった
いや冷静に実況してる場合ではない。いくらこの男が貧しい奴だとしてもこれを黙って見過ごす訳にはいかない
「おい待てーーーー」
「ほらあったよ!」
私の言葉を遮って旅人は嬉しそうに握り拳を差し出した。その手を開くとキラキラと金色に輝く見たこともない硬貨が握られていたのだ
「なんだそれは?」
「10ゴールド! 早速お宝発見だね!」
「ちょっと待て貴様ぁぁぁぁぁ!!」
急に声を張り上げた私に驚いたのか旅人はビクッと肩を跳ねさせた
「いきなり大声出さないでよ。ビックリしたなあ……」
「ビックリしたのはこっちだ! なに堂々と人様の家のタンスから硬貨を奪ってるんだ!?」
「なんでそんなに怒ってるのさ? これ位普通じゃんか」
普通……だと……? まさかコイツ、ゴミ箱を漁るだけじゃ飽き足らず遂には他人の持ち物にまで目をつけたのか
しかもそれを『普通』だと言うのか? その口ぶりからして間違いない。コイツは窃盗の常習犯だ
「おい、家が漁られているぞ! 貴様等もなんとか言ったらどうなんだ!?」
旅人も問題だがもっと問題なのは目の前で起こる犯罪を堂々と見過ごしているこの老夫婦だ
「そういえば最近、バンボの塔に異変が起きてるらしいよ爺さん」
「おーそうか婆さんよ。そいつは困ったなー」
無視か! 今はそのバンボの塔とやらは関係ないだろ! それよりももっとわかりやすい異変が起きてることに気づけ!
「いや……これはまさか……」
話しかけたのに全く違う内容の話が出てくる。私はこの感覚に覚えがあった
「定型文ーーーーッ!」
そう。以前テンフの村で経験した村人の定型文しか話さない現象。それが今、この老夫婦にも起こっているのだ
こうなったら旅人を止められるのは私しかいない。今ならまだ逸れてしまった奴の人生を正してやることが出来るはずだ
「おーい。これを見てくれよー」
「今度はなんだ!」
「『銀の盾』を発見したよ。これで防御力が25アップだ!」
防御力? 25? 何故明確な数値がわかるのだ?
防御力とは己の肉体の強さを表すものだが数字で表せるほど単純なはずがない
だがそれよりももっと気にすべきことがあった
「そ、それはいったいどこに……?」
「この壺の中からさ!」
壺? そんなものどこにあるんだ? 私の目に写っているのは『壺』ーーーーと言うより『壺だったもの』だぞ
散乱した壺の欠片から導き出される答えは1つ
間違いない。旅人が割ったんだ
……え? どうやったら壺の中にそんな大きな盾が入るんだ?
「貴ッ様ぁぁぁぁぁ!!」
「あわわわわっ! なにすんだよ〜」
旅人の肩を掴んで思いっきり揺さぶる。旅人は揺らされながらも必死に説得しようとするがそんなものに聞く耳は持たない
というかもうこいつと言葉を交わそうということ自体が無駄なことだったのだ。今更になって気がつくとは情けないーーーーいや、甘かったのかもな
「あ、あれ? いきなりハリセンなんて構えてどうしたの?」
「心配するな。すぐに目を覚まさせてやる」
口で言ってもダメなら次は手だ。荒っぽいやり方だとは思うがこいつはもうそうしなければならない程に堕ちている
「ちょっ! 冗談だよね……?」
私が1歩近づけば旅人は1歩後退する
「なんで無言なの!? ってか目が怖い!」
だが奴の背後に待ち受けるのは壁だ
「己の行いを見つめ直し、反省するんだな」
やがて逃げ場を失った旅人に対し、私は容赦無くハリセンを振るった
「やっば、最後にセーブしたのどこだっけ…………って、うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
断末魔を最後に旅人は倒れた。安心しろ、命まで奪うつもりは無い
ただこれからは真っ当な人間として生きてほしい
金が必要なら働く。装備が欲しければ働いた金で買う。そういう普通の生活を送ってほしいだけなのだ
『旅人はHPが0になった。目の前が真っ暗になった』
すると私の目の前に文字が浮かび上がる窓が現れる。以前、道具をしまうとかでスイと揉めた時にも見た
HP? いったいなんのことだろうか。見たこともない単語に私が首を傾げていた時だった
「なっ!? 奴がいない!?」
叩いたはずの旅人の姿がどこにも無いのだ。まさか逃げた? いや、少しでも動いたのなら見逃すはずがない
だが家のどこを見回しても奴の姿は無かった
しかし奴にダメージを与えたのは確かだし当分動くことは出来ないはず
疑問だけが残る後味の悪い結末になってしまったが私は仕方なくこの老夫婦の家を出ることにした
「あーーーーっ! リッツいた! どこ行ってたのよ!」
「ああスイか。すまない、ちょっと色々あってな」
素晴らしいタイミングでスイと合流も出来た。あの旅人め、次に会ったときは逃がさぬぞ
「ところでリッツがなんで人の家から? 誰かに招待されたの?」
そう言ってスイは私が出てきたばかりの家を覗き込む。すると顔がどんどん真っ青になったかと思えば今度は顔を真っ赤にしてこちらを睨んだ
「ちょっとリッツ! あなたこれどういうこと!?」
「どうしたスイ。何をそんなにーーーー」
「どうしたじゃないでしょ! あなたこれを見なさいよ!」
スイが老夫婦の家の中を指さしたので私も覗き込んでみる
無造作に開けられた引き出し、割れた壺、散らかった床の上
まるで泥棒が入った後みたいだな。全くあの旅人め、消えるなら片付けくらいキチンとーーーーあっ
「違うぞスイ! これは私の仕業ではなくてーーーー」
「この状況でよくそんな事が言えたわね! まさかあなたがそんな外道だとは思わなかったわ!」
これだけ荒らされた家から私は出てきてしまったのだ。過程を見てなかったスイが思うことはたった1つだけ
私が泥棒に入ったということ
「あっ……あいつめぇぇぇぇ! 覚えてろよぉぉぉぉ!」
その後、誤解を解くのにどれだけの時間を要したか。一応半信半疑ではあるがスイも渋々納得してくれた
しかしあの旅人、絶対に許さん。次に会った時が貴様の最期となることを覚悟しておけ




