記録の10 ヴァーヌでいいだろヴァーヌで
ご馳走を頂いた後、早速出発しようとした私とスイに対して夜は危険だと言った村長様は寝床まで用意してくれた
そして旅の疲れを癒すようにぐっすりと眠りーーと思ったのだがいつもの癖で早朝に目が覚めてしまった
「朝から元気ね〜。そんで暑苦しいわね〜」
日課である素振りをしていたところにスイがやって来た
眠そうな目を擦りながらおぼつかない羽取りでフラフラと寄ってくる
「おはよう。眠いならまだ寝てていいんだぞ?」
「リッツの声がうるさいから寝られないのよ。『フンッ! ハッ! ホアァ!』って喧しいったらないわ。コンボ技でもキメてるの?」
訳の分からないことを言っているのを見るとまだ寝ぼけているようだな。もう少し寝かせてやるか
「済まなかったな。静かにするから寝てていいぞ」
「そうさせてもらうわ〜」
そう言ってスイはまたフラフラと家の中へ戻っていった。私も素振りを再開するとしよう
「…………」
剣が空を斬る音が静寂に包まれた村に響き渡る
「…………フンッ!」
「……フンッ! ハッ!」
「フンッ! ハッ! ホアァ!」
「だからうるさいって言ってるでしょ!」
今度はしっかりとした羽取りでスイが飛び出してきた。真っ直ぐこちらに向かってきて最早お決まりと言った様子で私の頭を蹴る
「……すまない。声が漏れてしまってたか?」
「無意識!? 無意識に声出ちゃってるの!?」
「スイの方がよっぽどうるさいぞ」
「あっ、ごめんなさい……ってあなたのせいでしょ!」
そんな感じで私の旅の2日目が始まった
「本当に色々とありがとうございました。近くに来た時には是非また寄ってください。村一丸となっておもてなしさせてもらいますので」
「礼を言うのはこちらの方です。豪華な食事に寝床まで用意して頂けて助かりました」
「何をおっしゃいますか。リッツ様のおかげです」
「いやいや村長様のーー」
「いやいやリッツ様のーー」
「キリがないでしょうが。どっちか折れなさいよ」
スイがいい感じに締めてくれたのでこれにて私の旅の第一歩が終わった
「さぁ次はヴァーヌなんとかへ向かうとしよう」
「ヴァーヌ・ユ・タラコット・リヴァルヴューヌでしょ。いい加減覚えなさいよ」
いい加減と言われてもまだ数回しか耳にしてないのだ。覚えられるはずもないし覚えるつもりもない
むしろ数回聞いただけでそれだけスラスラと名前を呼べるスイの方がおかしいのではないか?
そしてその発音にも慣れない。口をどんな形にすればそんな音が出てくるというのだ
「もうヴァーヌでいいだろヴァーヌで」
「別になんでもいいわよ。それよりもリッツ」
「なんだ?」
「あなた敬語なんて使えたのね。てっきり世間知らずの無礼者だと思ってたわ」
コイツめ。無礼者はどっちだ
あの時、斬魔の剣ではなく本物の剣でイメスパごと斬ってやるべきだったか
そんな会話をしながら歩を進め、時折現れる魔物をバッタバッタと斬り倒す
やがて私達はとある街に到着した
「ここがヴァーヌか」
「なんかビックリするくらい呆気なく着いたわね」
確かにテンフの村と比べればずっと大きな街だ。人や建物の数も圧倒的に多くそれぞれが自分の時間を過ごしている
このくらいの規模だ。恐らく他所から買い物に訪れてる人もいるだろう
「おや? 新しいお客さんだ!」
私とスイの姿を見るなり入口に立っていた男が駆け寄ってきた
テンフの村にも似たような奴が居たな。奴の無能っぷりはよく覚えているがこいつはどうだろうか
「ようこそ! ここはヴァーヌ・ユ……ヴァーヌ・ユ・タラカッ……ヴァーヌ・ユ・タラコット・リバ…………ヴァーヌだよ!」
「ほら見ろ! やはり言えてないではないか!」
呼びづらい名前など付けるから街の人間も碌に言えてない
そもそもしっかり言えない男に街の案内など任せるな
「そんなのどうでもいいわよ。それより魔王の手掛かりを探すのがいいんじゃない?」
スイの言う通りだ。こいつを相手にしている暇などないことを忘れてつい熱くなってしまった
「おい貴様。この街で魔物に詳しい奴はいないか?」
「ヴァーヌ。ユ。タラコット。リヴァルヴューヌ。よし! ヴァーヌ・ユ・タラコット・リヴァルブーヌ! クソッ、言えない!」
「まだやってるわよ……」
「辞めてしまえ!」
こいつはもう相手にするだけ無駄だ。私とスイは街の中へと進んでいくことにした




