記録の0 リッツ 常識を叩きつけられる
現在の時刻はまだ昼だったはず
しかし私が立つこの地は深い闇に包まれとても暗い
「非常に濃い闇が漂っている……。間違いない。ここが魔王の住む城だ」
国王様より魔王討伐の命を授かってから2ヶ月ほど経っただろうか
故郷であるテッセ王国を出発した私は他のことには目もくれずにただ真っ直ぐにこの地を目指して歩いてきた
全ては魔王を倒しこの世界に平和をもたらす為だ
そして今、私の前には魔王の住む城が立ちふさがっている
「いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。早速中へ入るとしよう」
私が城の入口へ向かうとその前に誰かが立っていた
紫色のローブに全身を包み、フードを被っているので何者かは分からない
私と背丈が近かったりローブのシルエットから予想するに同じ人間ではないかと思われる
奴にもこちらの姿が見えているはずだが何かをしてくるような気配は感じられないのでこちらから話しかけてみた
「貴様はこの城の門番か?」
「門番……と言えるほど大層な者ではありませんが強いて言うなら……案内人ですかね」
こちらの問い掛けに普通に答えた
どうやら言葉を交わすことはできるようだ。ならば魔王について何か知っているかもしれない
「魔王はどんな奴なんだ?」
「さあ? お会いしたことないので分かりません」
「魔王はどんな攻撃をしてくるんだ?」
「さあ? 戦ったことないので分かりません」
「魔王はゴリラみたいな女は好きか?」
「いや、流石にそれはマジで分からないんですけど……」
なるほど、全ては自分の目で確かめろということか
受けて立とうではないか。目の前にそびえ立つこの扉の向こうに魔王が待っているのだからな
「あー、ちょっとお待ちください」
「なんだ? もう貴様に用はない」
案内人の男が呼び止めてきた。せっかく気持ちが高まってきたというのに水を差すんじゃない
「あなたになくても私にはあるんですよ。あなた、五大石はお持ちですか?」
「ごだいせき……? なんだそれは?」
唐突に言われた五大石という聞いたこともない単語に私は首を傾げる
そこから案内人の説明が始まった
「五大石っていうのは魔王が信頼している5人の手下、通称 五闘神が持っている特別な力を持つ宝石のことです」
「なるほど。宝を守る番人という奴らか……。それがどうした?」
「五大石がないと魔王城に入ることは出来ません」
「……何故そんな面倒な仕組みを作ったのだ?」
「いやいや、普通魔王を倒すなら世界を回ってくるのが常識でしょ。なんで裏技でも使ったかのような最短ルートで来てるんですか」
そんなことも知らないのかと馬鹿にするように案内人は半笑いで言った
そんな常識など聞いたことないが試しに扉を開けようと触れてみた
【扉は固く閉ざされていて開かない】
何も無かったはずの空間に小さな窓のようなものが浮かび上がり更に文字が書き込まれていく
「だから無理なんですって。諦めて五大石取ってきてくださいよ」
魔王を倒すのに宝石が必要だと?
そんな物語のような話があってたまるか。こっちは命を賭ける覚悟でここまで来たのだぞ
こうなったら無理矢理にでも突破してやる
「ここまで来て尻尾を巻いて帰れというのか! 宝石など関係ない!」
「ちょっとおやめください! そうやって予定外のことされるとバグとか発生するんですから!」
「訳の分からんことを言うな!」
案内人の制止など聞かず魔王城の扉を破壊しようと剣を構えた
この世の全てを斬り裂くような私の凄まじい一振りは魔王城の扉を木っ端微塵に破壊ーーーー出来なかった
「……これはどういう事だ?」
扉が頑丈だったという訳では無い。そもそも私の剣は扉まで届かなかったのだ
剣と扉の間を透明な何かが遮っているような感じがした
「ほら、だから言ったじゃないですか。余計なことするとグラフィックが荒れたりBGMが不快音に変わりますよ」
「だから訳の分からんことを言うな! ……そこまで言うならばその五大石とやらを集めて来てやる。ここから1番近いのはどこだ?」
「えーーっと。近いのはコーイス国ですね」
資料のようなものを見ながら案内人は答えた
「あちゃー。でもそこに行くには沢山のイベントを熟す必要がありますね」
「……イベント? 熟す? いったい私は何をすればいいのだ?」
さっきから聞いたこともない単語がポンポンと出てくる
必死に思考を追いつかせようとしている間にも案内人は手元の資料を見て饒舌に喋り出した
「まずはテンフの村にて現れる盗賊を倒して頂くと村人の会話が変化して西の森の魔女の話が聞けるようになります。それからーーーー」
「もういい! わかった充分だ!」
案内人の話を聞いていると意味の分からないことばかりで頭が痛くなってくるが1つだけ分かったことがあった
私がここに辿り着くまでのおよそ2ヶ月
それは全く意味の無い事だったのだ
「そうか……必死こいてここまで来てそれが全て水の泡か……今までの私の旅路は一体なんだったのだろうな」
もう笑うことしかできない。そのイベントとやらの為に今から世界各地を回って来なければならないなんて何年掛かるのだろう
それならばいっそ全てを諦めて城の裏手にある崖から飛び降りた方が楽になれる
「しかし安心してください。これはこの物語の序章に過ぎませんから」
もう本当に案内人の言ってることが分からない
序章な訳あるか終章だ
魔王討伐へと旅立った剣士は下らぬ常識とやらに心を折られ近くの崖から身を投げる
なんの教養にもならん物語だ
「では貴様が時間を巻き戻してくれるとでも言うのか? 私がこの旅に出る前に」
怒りや失望に塗れた私の質問に対して案内人はニヤリと笑うとこう答えた
「そういうのは出来ないんですけど次へ進んでくれたらちゃんと物語は始まりますのであしからずーーーー」




