Love Stealer!!
「誰かの為に生きてこそ、人生には価値がある。」
誰が言った言葉かは覚えていないが確か有名な人だった気がする。
今、俺は誰かの為に生きているのだろうか。最近の俺はそればかり考えている...と言ったら嘘になるが、前よりも考えることが多くなったのは事実だ。
それは俺「伊東暁人」が明日で30歳を迎えるにも関わらず未だに親のスネをかじりまくりながらニート生活をしているからだ。
そんな俺は、自分で言うのもなんだがスペック自体はそこまで低くはない。
頭は中の上、運動能力も中の上、顔面偏差値も中の上。
これ以上特に望むこともないほどのそこそこのスペックを持っていた。
しかし、今現在に至るまで俺は「童貞」なのである。
何故そこそこのスペックを持ちながらも彼女が出来ず、童貞のままなのかというとそれには深い深い理由があるのだ。
その理由とは、「ギャルゲー」である。
俺は人生のほぼ半分を、ギャルゲーに捧げた。
そうあれは、心地よい春風が頬を撫でるように吹き、俺の高校入学を祝う日のこと。
入学した俺は、中学校のときの友人とは別々のクラスになってしまいクラスの中に誰も知り合いがいなかった。
勿論それはしゃべり相手がいないことも意味している。
クラスの中を見渡して見ると、入学初日だからなのかほとんどの奴らは同じ中学校出身の奴らと話しているようだったがそれ以外の奴ら(俺を含め)は、ただ机に座っているだけだった。
HRまで時間がまだあったので、さすがに誰か一人くらい喋れる相手を作っておきたいと思っていた最中に突然後ろから声をかけられた。
「ねぇねぇ、ちょっといいかな?」
振り返って見てみると、そこにいたのは、見るからにキモオタといった感じのデブだった。
隣に置いてあるバッグには何かのアニメの缶バッジやキーホルダーが付いている。
当時の俺は全くそういうのには興味が無く、また関わりたくも無かったので、無視してまた前を向いたら、
「なんで無視するのさぁ~!」
とかいう、キモイ声が聞こえたので仕方なく
そいつの話を聞いてやることにした。
「君、『ギャルゲー』って興味ある?」
内心、『そんなん興味ねぇよ!』と、声を大にして言いたかったが初対面の相手にそれはヤバいなと思ったのでとりあえず愛想よく返事しといた。
「いや、ちょっと興味ないな...ごめんね。」
そう言うと、そいつは少し残念そうにしたが、すぐに切り替えて、
「じゃあさ、オススメのやつ貸してあげるからちょっとやってみない!?」
なんて図々しい奴なんだと思った。
それとは別に自分の趣味を相手に、しかも初対面の奴にここまで押し付けられるのはある意味すごいとも思ってしまった。
俺はすぐさま断りの返事をしようと、
「いや、遠慮しとこうか...」
と言おうとしたが、ふと俺は我ながら酷いと思うが貸してもらったギャルゲーを帰り際に売って遊んでから帰ってやろうかと考えた。
返してくれと言われたら無くしたと言えばいいだけだ。
だから、俺は
「やっぱ、貸してくれないかな。」
その返事を聞いた途端にそいつは目をキラキラ輝かせ、すぐさま俺に貸してくれた。
その日は、それ以上のことは無く俺は帰路についた。
ギャルゲーを売ろうと、リユースショップに立ち寄ろうとしたが、なぜだか俺は、一回くらいプレイしてもいんじゃないかと思ってしまった。
それが、今後の人生を狂わせることになろうとはその時の俺は思いもしなかった。
家に着き、さっそく貸してもらったギャルゲーをプレイしてみることにした。
初めはただキモオタ専用ゲームかと思っていた。
しかし、1時間くらいしたところで俺はギャルゲーに夢中になっていた。
俺は晩御飯の時間も忘れ、風呂に入るのも忘れ、寝るのも忘れ、ギャルゲーに打ち込んだ。
そこからは言うまでもないだろう。
次々とそいつからギャルゲーを借り、とにかくやりまくった。
そいつから借りれるものがなくなってからは自分でどんどん買いまくり、気づいた頃にはもう高校3年生の秋だった。
周りはもう受験に向けて必死に勉強していた。
俺にギャルゲーを勧め、貸した奴もとっくにギャルゲーを捨て去り、ただただ受験に向けて勉強していた。
俺は一人取り残されてしまった。
そんなわけで、俺は彼女も出来ず、童貞ニートのまま30歳を迎えようとしているのだ。
まぁ、明日で30歳になるわけだが、今更何か変わろうと思っても実際変われる訳では無いのだ。
変われるのならもうすでに変わっている。
そんな訳で、また俺はギャルゲーに集中しているのだ。今やっているのは、俺が初めて貸してもらったギャルゲーで「True Lovers」というので、略して「とうらぶ」という。
俺はこの「とうらぶ」に関しての知識については、誰にも負けない自信がある。いや、自信しかない。
キャラの名前や好みなどの基本情報は勿論のこと、ルートや選択肢についてなども全て事細かに把握している。
そしてまた俺はいつも通りにギャルゲーをしたままに朝を迎えた。
「もう5時か・・・とりあえず寝るか・・」
俺は眠い目を擦りながら、大きなあくびをして布団に潜った。
そういえば「とうらぶ」に夢中になってて気づかなかったが、日跨いでるってことは俺もう30歳になったのか。
まぁ、別にどうでもいいか。
そう思い、俺は眠りについた。
ピピピピ ピピピピ ピピピピ
(なんだよ、うるせぇな。目覚ましなんて誰がセットしたんだよ。)
俺は目覚ましをかけないので変な違和感を覚えた。
目覚ましをかけようとも思ったこともないし、その必要も無いのだ、
そりゃそうだ、ニートに起きる時間なんて関係ないのだから。
それは置いといて、とにかく目覚ましを止めなければ。うるさくて仕方がない。
「え~っと、目覚ましどこにあるんだっけか。」
俺はこの時ふと、また変な違和感を覚えた。
それはメガネを掛けてもいないのに視界がはっきりしているからだ。
俺はギャルゲーばかりの生活だったせいで視力がとてつもなく悪い。
だから、生きていく上でメガネが必須アイテムになっているはずなのだ。
そんな違和感について考えていると、
下の階から声が聞こえた。
「翔太~はやく起きなさい。」
あのババアなに息子の名前間違ってんだよ。
自分の息子の名前くらい間違えんなよ。
言わずもがな、ババアとは俺の母親のことである。
しかし、今日のババアの声いつもと違ってなんだかすげぇ美人の人妻みたいな声してんな。
とりあえず俺は目覚ましを止めるために立ち上がった。
しかし目の前に広がったのはいつもの俺の部屋では無かった
そこは見たことも無い部屋だった。
部屋の中は、とてもすっきりしていて俺の部屋とは大違いだ。
壁には、何かのバンドのポスターなどが掛けられていた。
なんだか、いかにも高校生らしい部屋だ。
そして、ふと横を向いてみると、置いてあった鏡に俺の顔が写った。
しかし、そこに写っていたのは、俺「伊東暁人」の顔ではなかった。
そこに写っていたのは、「とうらぶ」の主人公の友人「神崎翔太」だったのだ。
俺は理解出来なかった。いや、出来るはずもないだろう。
なんで俺の顔が、ゲームのキャラになっているのかなんて。
そんな焦りまくりの俺に追い打ちをかけるように、下の階から誰かが来た。
多分さっきの美人人妻の声を持った人なんだろう。
この状況から推測するに、ババアでないのは確かだ。
俺は何故だか咄嗟に布団の中に隠れてしまった。
ガチャッ
ヤバい、ドアを開けられてしまった...
こんなことなら鍵でも掛けておくんだった。
バッ
その人は部屋に入ってきてすぐさま俺が隠れていた布団を剥ぎ取ってしまった。
見てみると、やはり俺が見たことのない人だった。
しかし、なんだろうか。俺はこの女性を見たことがない筈のに知っている。
そう、この人は翔太のお母さんだ。
「いつまで寝てるの翔太!はやく起きなさい!」
そう言うと、翔太のお母さんは足早に部屋を出ていった。
落ち着きを取り戻した俺は今の一連の流れで確信を得た。
それは俺が本当に「神崎翔太」になってしまったということだ。
さらに、俺が見たことのない翔太のお母さんを認識出来たということは、俺は自分自身の記憶に加えて翔太の記憶まで持ち合わせているということだ。
もう少し状況を整理する時間が欲しいところだが、今は怪しまれないためにも普段通りの生活をするに限るな。
そんな訳で俺は壁に掛けてあった制服を着て、下の階へ降りることにした。
制服に関しても、翔太の体の為何不自由無く着ることが出来た。
しかし、なんというか十数年ぶりに着る制服なんだがゲームのデザインの為なのかすごいコスプレ感が出て、恥ずかしいことこの上ない。
そんなことを思いつつも、俺は下に降りていき、リビングに入った。
リビング入った途端、朝食の優しい香りがした。
テーブルにはパンやサラダなどありきたりの朝食が置かれていて、翔太のお父さんと思われる人が既に食べ始めていた。
なんてことのない朝の光景のはずなのに、俺には手に入れたくても手に入れられない夢のようなものに見え、思わず立ち尽くしてしまった。
高校生になってからというもの、ギャルゲーばかりで家族と同じテーブルで朝食を囲んで食べるということがなくなっていたからだ。
「そんなとこで立ってないでさっさとこっちに来てご飯食べなさい!遅刻するわよ!」
立ち尽くしていた俺を見て、翔太のお母さんは俺にそう強く言った。
俺はすぐさまテーブルに着き、朝食を食べ始めた。
「おいしい...」
ただただ温かかった。
朝食というのは本来こういうものなのかと思わず感じてしまった。
温かい朝食という感度をひしひしと感じていると、
ピンポーン
玄関のチャイムが聞こえた。
こんな朝早くから誰か家に来るのか?
そんな疑問を抱えてた時、
「ほら、もう海人くん来ちゃったじゃない!急いで、急いで!」
え!もうそんな時間なのか!
翔太の記憶があるため海人が来ることは分かっていたが、朝食に感動しているうちに時計の針はすでに8:00を指していた。
なんと朝食を食べ始めてから30分近い時間が経っていた。
俺は慌ただしく朝食の残りのパンを口に突っ込み、教科書やら筆箱やらを鞄に詰め込み玄関へ向かった。
よし、学校に行くか!
そう意気込みを入れたとき、
「翔太〜お昼ご飯忘れてるわよ~!」
と、リビングからお母さんがバタバタと出てきた。
そうだった。あまりにも急いでたから昼飯を忘れてた。
俺はお母さんから昼飯を受け取ると、
「ありがとう」
素直にこの言葉が出てきた。
「伊東暁人」だった頃の俺ならこの何気ない言葉を自然と出すことが出来たんだろうか...
今、素直な気持ちを言う事が出来たのは俺が今「神崎翔太」だからなのだろうか...
いや、そんな事はどうでもいい。
これは、俺の新しい人生なのだ。
もう俺は今までのようなゴミみたいな人生は送らない!
俺は元気よく言い放った。
「行ってきます!」
外は見事な快晴で雲ひとつ無く、爽やかな風が吹いていた。
「やっと来たか。早くしないと遅刻しちまうぞ。」
この爽やかな風はこいつを彩るために吹いているんじゃないかと思う程、爽やかなイケメンが目の前にいた。
そう、こいつは「とうらぶ」の主人公であり、おそらくこの世界でも主人公である「生駒海人」だ。
なんて言ったらいいんだろうか...
イケメンであることには間違いないんだが、それだけでは言い表すことの出来ない何かが感じられて仕方がない。
やっぱ画面の中では、違うもんだな...
「おい、何ぼ~っとしてんだよ!ほんとに遅刻しちまうぞ!」
そう言って海人は俺を置いて先に走っていってしまった。
俺は海人を追いかけるように走り出した。
海人は俺より先に走り出していたが、俺は難なく追いつくことが出来た。
多分、海人が俺が追い付けるように遅めに走ってくれていたんだろう。
俺が追いつくと海人は少しペースを上げた。
そこからは、互いに無言のまま必死に学校へ走った。
キーンコーンカーンコーン
「あっぶねえ。なんとか間に合ったな。」
海人が俺に話しかけてきた。
「はぁはぁ...そうだ...な...」
しかし、俺は息が切れて思うように返事を返すことが出来ない。
だが、翔太の身体はそこまで運動神経は悪くないようだった。
ゲームの中で、翔太についてはそこまで詳しく出てきてなかったが、今走ってみてそれが分かった。
そんな俺とは真逆に海人は少し息が上がっているものの、そこまでしんどそうではなかった。
そういえば海人は帰宅部ではあるが、運動神経はバツグンで去年の体育祭では1年生ながらも3年生に負けない程の活躍ぶりだった。
海人の運動神経についてはゲームでは少し出てきた程度だったから体育祭のことについては知らなかったなぁ。
やっぱり翔太の記憶があってほんとに助かる。
俺と海人は呼吸を整え、教室へ向かった。
なにはともあれ、学校に間に合ってよかった...
「あ!」
「うわ、ビックリした!いきなりなんだよ。」
「いや、ちょっとな...」
俺はとんでもないことに気がついた。
この世界にいきなり転生されて、慌てていたから忘れていたが、「とうらぶ」ではこれを知っているのと知っていないとでは天と地ほどの差がある。
それは、日付だ。
何故これを知っているだけで全然違うのかというと、
もしゲームの「とうらぶ」と転生したこの「とうらぶ」の世界が同じなら日付はとても重要になってくるからだ。
同じなら日付を知っているだけで俺は海人の身の回り起きる出来事を完璧に把握することが出来る。
そんな超重要な情報を聞き出すため、海人に聞いてみた。
「話変わるけど海人、今日って何日だっけ?」
「ほんとに話変わりすぎだろ...まぁ、いいけど。え~っと、今日は4月16日だったかな。」
「マジで?!」
「お前今日何なんだよ...」
今の驚き方をどんなに風に思われても構わない。いや、我ながらキモイと思うが...
そんな事よりこの「とうらぶ」の世界に来て、
今日の日付を聞いて、驚かない奴はいるまい。
何故なら今日は、ヒロインの1人である「諏訪さとみ」が転校してくる日なのだ。
「とうらぶ」にはヒロインが5人いる。
「諏訪さとみ」、「柊奏音」、「碓氷茅花」、「桜井言葉」、「リリカ・H・ラムノート」
どのヒロインはとても個性が出ていて、それぞれとても可愛い。
ギャルゲーには基本それぞれのヒロインにルートが作成されている。もちろんそれは、「とうらぶ」とて例外ではない。しっかり、一人ひとりにルートがある。
しかし、「とうらぶ」は他のギャルゲーとは少し違う所がある、それは各個人ルートとは別に裏ルートとしてハーレムエンドがあることだ。
この裏ルートは、どの攻略にも載っておらず自分自身で探し出すしかない。
それはもう、何十回、何百回、何千回も。そうして、ようやく見つけられるのだ。
それゆえ、裏ルートは伝説になっている。
だが、この自称「とうらぶマスター」の俺は裏ルートを見つけ出すことが出来た。
選択肢をただの一つでも間違ってしまったその瞬間、ルート攻略への道が閉ざされてしまう極悪難易度をだ。
そんな俺はたった今、とんでもないことを思いついてしまった。
それは、この世界で「生駒海人」ではなく、俺、「神崎翔太」が全てのヒロインを攻略しハーレムを作るということだ。これは、「とうらぶ」を完全に網羅していて、さらに裏ルートの攻略法まで知っている俺にしか出来ないことだ。
それは本来、「神崎翔太」がなし得ることが出来ないハーレムエンドを俺が実現してみせる。これが、俺のこの世界に転生された最大にして最も的の得ている目的なのだと...勝手に決めつけてしまった。
そんなことを考えていたらいつの間にか教室の目の前まで来ていた。
海人は教室の扉を開け、自分の席へ向かった。
周りは見たことも無い人ばかりだったが、翔太の記憶としては知っているので焦ることもなく普通にしていることが出来た。
でも、なんだか全員俺を見ている気がするんだが、気のせいだろうか。
「おい、翔太...」
海人が話しかけてきた。どうしたのだろうか?
「なんで俺の席まで来てんだ...お前の席あっちだろ...」
しまった、自分の席に着くのが普通なのに何も考えずに海人について行ってしまった。
自分では平常心を保っていたつもりだったが、実際は緊張しまくりだったのか。
この身体は「神崎翔太」のものであっても、中身はほとんど「伊東暁人」のものであるからテンパってしまうのは仕方のないことだ。
だから、さっき周りの奴らも俺のことを見てたのか。
「あ、ごめん。間違ってたな。」
「お前ほんとに大丈夫なのか...」
俺は海人に謝り、そそくさと自分の席に座った。
ちょうど俺が座ったのと同時に担任が来た。
そして、担任は教卓の前に行くと喋りだした。
「え~っと、今日から転校生が来ました。みんな仲良くするように。じゃあ、入ってきて。」
それってまさか...
「皆さんはじめまして、諏訪さとみです。今日からこのクラスで一緒になるのですが、分からないことばかりなので皆さん色々教えてください。」ニコッ
かわえぇ~~~~~!!!
あぁもう、かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい!!!
なんやこれ人間なんか?!こんなかわいい生き物これまで見たことないわ。もう、生きてる次元が違うな。いや、ほんとに違うんだけど。
俺が「伊東暁人」だった頃の世界にいたアイドルやらモデルとかいう自分がかわいくて仕方がないとか思っているようなゴミ供は、もう1度鏡を見た方がいいと思うわ。あいつらがさとみを見たら、きっと今までの自分が恥ずかし過ぎて恥ずか死してまうわ。
しかもな、自己紹介終わったあとの「ニコッ」ってあれなんや。かわいい以外の言葉が出てこないわ。反則だろあんなの。コンマ1秒でレッドカード出てくるわ。あれこそが、天上の笑顔とでも言うんだろうな。まさに、人智を超越した笑顔だったもんな。
こんなことあるわけないのだろうが、
笑顔は人を殺せるのかもしれない。事実、俺は今にも気を失ってしまいそうだ。
そんな俺が1人で発狂していると、担任が俺を差し置いて勝手にさとみの席を決めようとしていた。
「じゃあ自己紹介も終わったとこで、諏訪は...生駒の隣の席に座ってくれ。あの、空いている席だ。」
なんてことだっ!
ここで、隣の席を取っておくことでどれだけ攻略に手間がかからないだろうか。これはなんとしても、阻止しなくては。
俺は立ち上がり、
「先生、席替えをしましょう。」
やっちまったぁぁぁぁ...
咄嗟の判断だったからしょうがないとはいえ、これはダメだろ。
美少女が転校→席替えを提案
この流れはあかんかった。こんなのさとみに気があるって言ってるようなもんじゃないか。
ところが、担任から来た言葉は俺の予想の遥か上をいくものだった。
「席替えってなんだ?」
意味が分からなかった。席替えという単語を知らない奴なんているのか。いや、いないだろう。
でも、周りを見てみるとクラス中キョトンとしていてほんとに知らないようだった。
「席替えっていうのはですね、言葉の通りクラス皆の席を替えるってことなんですよ。」
「いや、意味がほんとに分かんないんだが...」
これでも分からんのか!何なんだこいつらは!
いや、でもちょっと待てよ...
思い返してみれば、ゲームでも一年間ずっと席が変わっていない...
ということは、この世界には席替えって存在自体がないんだ。
なら、都合がいい。これなら、さとみに気があることも気づかれていないはずだ。
じゃあどうするかってそんなの決まっている。俺が席替えという存在を実現させてやる。
「もう1度、丁寧に説明したいと思います。席替えっていうのは簡単に言うと、座席の場所を変更するということです。例えば、A君B君C君の3人がいてそれぞれに席が元々振り分けられています。その3人で席替えをするとA君はB君の席へ、B君はC君の席へ、C君はA君の席へ。このように、何らかの方法を使って座席の場所を変更することを席替えと言います。席替えをすることで、生徒のモチベーションも上げることも出来ます。これで分かりましたか?」
「おぉ、なんとなく分かったぞ。」
「いや、そこははっきりと分かって欲しいんですが...」
まぁ何にせよ、分かってもらえてよかった。これで、俺はさとみの隣を勝ち取ったも同然だ。それはそうだろう。俺は何らかの方法で決めると言っただけで、どの方法でやるかはこれから決めるのだ。だったら、最初に席替えを提案した奴が隣を指定出来るとか、席を全部決められるとかにすれば俺の思うがまま!
「じゃあ神崎、どんな方法でやるんだ?」
「今回は初めてなので、簡単な方がいいですよね。だったら、最初に席替えを提案した人が席を決定出来るなんて方法はどうですか?」
よっしゃ、決まった!これで海人なんかの隣じゃなくてさとみは俺の隣だ!
「いやいや、神崎。それは、不公平だろ。」
「へ?」
「そんなのお前が好き勝手に決めれるじゃないか。それなら、くじ引きなんてどうだ。これなら、公平だろ。」
なんだこの担任。席替えも分からんくせに、くじ引きは知ってんのかよ。でもこの状況で、俺の考えを押し通すのは怪しまれるな。仕方ないが、ここは乗っておくか。
「それはいいですね。くじ引きにしましょう。」
「じゃあ、今からすぐ俺がくじを作ってこよう。丁度、1限は俺の授業だし。お前らちょっと待ってろよ!」
担任は初めてやる席替えが楽しみで仕方がないのかとてもウキウキして、教室を出ていった。
その瞬間、
「諏訪さんってどこから来たの?」「かわいいね~」「髪の毛綺麗だね。」「シャンプー何使ってるの?」
クラスのもっさりした女共が一斉にさとみを質問攻めにしていた。
さとみの様子を見ようとしても、女共が取り囲んでいるせいで見ることが出来ない。
そのせいで、さとみと喋りたかった男共は周りで見ていることしか出来ていなかった。それは俺も同じで同性は得だなぁとただ考えることしか出来なかった。
「よし、お前らくじ作ってきたぞ!」
早っ
まだ教室出て行ってから3分経ったかどうかくらいだぞ。しかも、ご丁寧に箱まで作ってきていやがる。でもまぁ、この辺りはゲームのご都合主義なんだろうから気にはしないでおこう。
担任が来たので、全員ぞろぞろと自分の席に戻って行ったところで、
「さっそくやってみようか。順番は名簿順でいいかな。一番から前に出て引いてくれ。」
席替えに対しての反応はバラバラで、担任のようにワクワクしての奴もいれば、楽しそうにするのが恥ずかしいのか冷静な感じを装っている奴、面倒くさそうにしてる奴など初めてのことなので皆感情が滲み出ている。
いつの間にか俺の番が回ってきていた。これは一世一代の大勝負だ。これでさとみの隣にならなくては。
これだっ!
「全員引き終わったな。じゃあ、自分の引いたくじに書いてある番号とこの紙に書いてある座席番号を照らし合わせて、その後、各自でその席に着いてくれ。」
俺の番号は26だ。黒板に貼ってある紙を見てみると、なんと俺は今の席のままだった。
不思議なことに全員席が全く変わらなかった。俺のクラスは40人だ。なのに全員の席が変わらないなんてこんなん確率的にありえないだろ。
もしかして...ゲームの初期設定を変更することは出来ないのか...
「まぁ皆、席が変わらなかったのはしょうがない。くじ引きは公平だからな。このままの席でこれからもいこう。」
担任がもっともらしいことを言って、席替えを切り上げ、そのまま授業に入っていった。
はぁ、さとみの隣になりたかったな...まぁ、ゲームの初期設定としてさとみは海人の隣だからこればっかりは仕方がないか。
キーンコーンカーンコーン
起立、礼、ありがとうございました。
やっと終わった~
1限が終わり、何とも言えない開放感があった。学校の授業なんてこんなに大変だったのか。学生の頃はそこまで思わなかったが、とんでもなく疲れるな。授業自体は翔太の記憶があったので特に問題もなかった。
俺がそんな開放感に浸っていると、教室から女共が全員出ていってしまった。しかし、それは全員ではなかった。教室にさとみだけが残されていたのだ。
でも、そのときの俺はそれを大した問題と思っていなかった。
さとみが転校してきたからそれをお祝いするパーティーだかの計画でも練っているんだろうと勝手に思い込んでいたからだ。
女共がいなくなったのをいいことにクラスの男共はさとみと話したい一心で、さとみを取り囲んで質問攻めにしていた。まんま、さっきの女共と同じでリプレイを見てるんじゃないかと思うほどだった。
キーンコーンカーンコーン
ガラガラ
「ほらぁ~お前ら座れ。授業始めんぞ。」
そう言って2限目の教科の教師が入ってきた。
「あれ?女子が全然いないじゃないか。」
「すいませ~ん、遅れちゃいました。」
クラスの女共がぞろぞろと教室に入ってきた。時間も守れないようなら教室から出るなっての。ホントこういうとこがあるからリアルの女は嫌いなんだ。いや、この世界はゲームの中だからリアルではないのか。でも、この世界ではリアルの女なのか。もう訳分からなくなってくるからどうでもいいか。
「よし、じゃあ授業始めるぞ。」
そう言って教師は授業を始めた。
この後、普通に授業を受け2、3限と終わり、いよいよ昼飯だ。3限の途中からとにかく腹が減って早く昼飯が食べたかった。
朝、お母さんから受け取った弁当をカバンから取り出そうとした時、
「翔太。飯食おうぜ。」
海人が昼飯を誘ってきた。翔太の記憶によると、いつも翔太の席の周りで海人と昼飯を食べているようだった。だが、今日の俺は自分の席で昼飯を食べる訳にはいかない。
「海人。今日は俺の席じゃなくてお前のとこで食べないか。」
こんなことを提案したのはもう決まっているだろう。
そう、さとみの近くで食べたいからだ!どんな飯でもさとみの近くならば美味しいはずだ。いや、美味しいに決まっている。
そんな堕落した考えがあるとも知らず海人は、
「別にいいけど。」
少し首をかしげて、不思議そうにしていたがそれ程気にも止めていなかった。
2人で海人の席へ向かってる途中俺は何かが気になったが、それはすぐに気づいた。
さとみが1人で昼飯を食べていたのだ!
さっきまであんなにも女共がさとみにまとわりついていたのに、今は逆に避けているようにさえ見える。
まぁ、さとみに歓迎パーティーの存在を知られるのが嫌なんだろうな。
そんなどうでもいい歓迎パーティーも今の俺には好都合。さとみの周りには誰もいないからさとみと喋り放題。ほんとラッキーだわ。
俺は海人の席に着くと、すぐさま行動に出た。
さりげなく海人とさとみの席の間に椅子を持っていき、2人の間に俺という壁を作ったのだ。これで、海人はさとみに喋りかけるのが困難になる。
この世の中こうやって常に先手を取っていかないと、勝てないんだとしみじみと感じられた。
そして、俺はついに夢にまで見た「諏訪さとみ」に今話しかけるのだ。
「す、す、諏訪しゃん!」
うぁぁぁぁぁ、もうやだぁぁぁぁぁ...
俺は嬉しさが余りまくっていたのに加えて、緊張も限界値に達していたこともあって盛大に噛んでしまった。
こんなんもう傍から見たらただの陰キャがクラスのかわいい女子にキョドって話し掛けてるみたいじゃないか。
しかし、意外にもさとみには好感触だったようでクスクスと笑っている。
「神崎翔太くんだっけ?朝の朝会でも先生と変なやりとりしてたけど、面白いんだね。」
夢のようだ...さとみが、あの諏訪さとみが俺と会話してくれた...もうなんか満足だわ...
いや、俺は何を寝ぼけたことを言ってるんだ。こんなんで終われるわけないだろ。俺の目標はとうらぶのヒロイン全員を攻略して、ハーレムを作ることだぞ。会話出来ただけで浮かれてるわけにはいかない!会話を続けなくては!
「そうでもないよ。それより、俺って名前言ったっけ?」
「ううん。私ね、早くクラスに打ち解けたいから転校前に先生に名簿を貰ってみんなの名前覚えてきたの。なんか、一生懸命過ぎるかな...」
ええ子や、ええ子やな...
俺も、学校にこんな子がいたらもっとまともな人生を歩んでいたかもしれないのに。
「そんなことないよ。俺は今それ聞いて、もっと諏訪さんと仲良くなりたいと思ったから。それに、一生懸命なことはとてもいいことだと思う!」
「そうかな。」エヘヘ
あぁ、かわいいな。ほんとかわいい。
もうなんていうか、なんていうか、なんていうかだわ。
すると、このいい感じのムードを平然とぶっ壊してくるサイコクラッシャー野郎が来やがった。
「俺は生駒海人、よろしくな。ああでも、名乗んなくてももう知ってるのか。」
「うん、よろしくね。生駒くん。隣なのにずっと喋ってくれなかったから私、嫌われてるのかと思っちゃった。」
「いやいや、そんなことないよ。俺から話しかけるのちょっと恥ずかしくて。」
なんやこいつ。今の今までこんなにもかわいいさとみが隣にいながら、話しかけてもいなかったんか。さとみはずっと嫌われていたのかと思って悲しかったんだぞ。お前これ、とんでもない重罪だからな。さとみを悲しませる奴は神崎翔太が許したとしても、伊東暁人が許さんからな。絶対に。
だが、今はそんなことに構ってる暇はない。俺の今日のミッションはさとみに学校案内することだからだ。
それには、この昼休みの間にさとみを学校案内に誘わなくてはいけない。
なんで、学校案内をしなくてはいけないのか。それは、「とうらぶ」で最初、海人がさとみと仲良くなるきっかけが学校案内だったからだ。この裏ルートを攻略するには、ひとつのミスも許されない。だから、絶対に学校案内をするというミッションを成功させなくてはいけないのだ。
「諏訪さん、まだ学校の中分かんないだろうから放課後案内してあげようか?迷惑ならいいんだけど...」
すっげえ緊張した...これで断られでもしたら自殺もんだ...
「ごめんね。今日の放課後は用事があって。明日なら大丈夫なんだけど...」
はい。お疲れ様でした。もうヤダ。なんで憧れのゲームの世界にまで入ってこんな思いしなくちゃいけないんだよ。ほんとこの世の中難易度ハードだわ。
でもまだ、こんなとこでくたばれるか。
明日なら大丈夫だといってるんだから明日にすればいいじゃないか。そうだ、明日にしよう。
「なら、しょうがないね。じゃあ、明日にしよっか。」
「うん、ありがとう。」
いつの間にか、昼休みが終わろうとしていた。
「おい、翔太。早く食べないと昼休み終わっちまうぞ。」
ハハッ
負け犬が何を急いでるんだ。俺がさとみといい雰囲気だったのがそんなにも悔しいのか。悔しいんだろ、そうなんだろ。さっきまで、俺とさとみが2人で話してたからお前まるで空気だったもんな。でも、俺も友人を無視するほど慈悲がない訳じゃない。
「そうだな。さっさと食べるか。」
俺は午後の授業に向けてエネルギーを補給した。
そして、そのまま午後の授業を難なく乗り越え放課後になった。部活も帰宅部なのでさっさと家に帰って、明日の学校案内の作戦でも考えようかと思っていたが、急に担任に呼び止められた。
「おい、神崎。お前どうせ暇だろうからちょっとプリント運ぶの手伝ってくれ。」
は?お前もういっぺん言ってみろ。俺が暇だと。そんな訳ないだろ。お前みたいな席替えも知らんような奴より全然忙しいんだよ。面倒いから用事があるので無理ですとか言って帰るか。実際、明日の学校案内について考えるという大事な用事があるから間違ってはいないしな。
「先生、私がやりましょうか?」
こ、この声は...さとみ!
俺は脳が処理をするよりも先に行動していた。まさに、光を上回るスピードだった。
「先生、俺がやります。」
「おお、神崎やってくれるか。じゃあ早速こっちへ来い。」
「へいへい。諏訪さんは用事があるんだよね。ここは、俺がやっとくから大丈夫だよ。」
「神崎くんありがとう。また明日ね。」
おいおい、今の俺かっこよすぎないか。さりげなくやっているのにどうしてもかっこよく見えてしまうようなイケメンの固有スキルを俺は今発動してるんじゃないのか。ほんと俺ってイケメン。どうも、イケメンことイケメンです。しかも、「また明日ね。」って言われてしまった。そんなこと初めて言われたけどこれめちゃくちゃ嬉しいわ。俺は嬉しさの余り立ち尽くしてしまった。
「翔太何やってんだよ、帰んないのか?早く一緒に帰ろぜ。」
なんだ、こいつか。俺は今、負け犬海人くんには用事はないんです。さっさと帰って下さい。まったくよぉ、もう少しあの嬉しさに浸らせろよ。
「担任にプリント運ぶの手伝ってくれって言われて、まだ帰れないんだわ。だから、先に帰っててくれ。」
「そうなのか。じゃあ、また明日な。」
また明日、か...
「神崎ぃ~早く来い!」
先に教務室の中に入っていた担任が、俺のことを呼んでいたので急いで担任の元へ向かった。
「じゃあ神崎、これを教室まで持っていってくれ。」
そう言って担任は俺にプリントの束を預け、自分の仕事に取り掛かり始めた。めんどくさいけど、早く帰りたいからさっさと終わらせるか。
教務室から教室へ向かう途中には図書室がある。俺は図書室を通り過ぎる際に何気なく中を見てみた。しかし、そこには思いもよらぬ人物がいた。
それは、とうらぶのヒロイン「桜井言葉」だった。
俺の頭は真っ白になった。それは、本来「桜井言葉」の登場は今日4月16日から2日後の4月18日だからだ。何故なんだ、何故もうすでに登場してしまったんだ。もしかして、学校案内が1日遅れてしまったことによって、登場が早まったのか。いや、そんなことはない。そんな簡単に登場の日が変わってしまうのならゲームでもそうなっているはずだ。
はっ!そうか!今の俺は神崎翔太なんだ。主人公である生駒海人の友人神崎翔太だ。ゲームはいつも生駒海人目線だったから桜井言葉の登場はまだ先だったのだが、実際神崎翔太は今日4月16日に桜井言葉に会っていたのだ。
それなら、もう安心して行動出来る。こんな機会逃せる訳がない。まだ海人は言葉に会ってもいないから、これで俺が先にに先手を打つことが出来る。これは、大きなアドバンテージだ。
じゃあ、いっちょ好感度アップいっときますか!
ガラガラ
俺が図書室に入ったとき、図書室は言葉1人だけでとても静かだった。いきなり俺が入ってきたため、言葉は少し驚いて体がビクッてなった。
あぁもう、かわいいな。その小心者なとこがすっごくかわいいよ。
言葉のことはもちろん全て把握している。だから、それを生かして言葉の好きな本の話題から入ることにしよう。
「ちょっといいかな。その読んでる本って『桜並木で寄り添って』だよね。俺もそれ好きんだ。」
「えっ!ほんとに!あっごめんね...おっきい声出しちゃって...」
もうかわいいしか出てこないわ。なんで、なんでこんなにもかわいい行動が出来るんだ。
今この図書室は2人っきり。このままいい感じのムードに持ち込んで、海人に差をつけてやる。
「別にいいよ、2人きりなんだし。それあんまり知られてないけどいい作品だよね。最後の主人公とヒロインの2人がタイトル通り桜並木で寄り添ってる場面なんて最高だよね。もう何度も読み返しちゃった。」
今のはよかったな。さりげなくこの空間に2人きりだということを認識させ、しっかりと本の良さも伝えることが出来た。何度も読み返したなんて言ってるけどもちろん読んだことなんてない。ゲームで海人に言葉がこの本の良さを熱弁するシーンがあるんだが、そこのセリフを完璧に覚えてた俺はそれをすぐに言うことが出来た。言葉自身が言ったことなんだからそれはつまり、言葉が思っていることと同じことを俺も思っていると思わせることが出来る。これで、少しでも心を開いてくれればいいんだが。
「すごい!私もそれ思った!え~っと...」
「神崎翔太だよ。よろしくね、桜井さん。」
「うん、よろしくね神崎くん。でも、なんで私の名前...」
「知り合いから桜井さんが本好きだって聞いて、俺も本好きだから話してみたいと思ってて。」
もうこれすごくないか。言葉はヒロインの中でも一番攻略が難しくて、気持ちを読み取ることが難しいのだ。最初の頃は、気が弱いため中々心を開いてくれなくて苦労するのに、こっちから本の話題を振った途端に目を輝かせて食いついてきた。これは、さとみよりも先に落とせそうだな。
「そうなんだ。私、あんまり本について一緒に話せる人いなくて寂しかったの。作ろうと思っても私、気が弱いから自分から喋りかけられなくて...でも、そんな私に神崎くんが話掛けてきてくれてすごく嬉しかった。ほんとありがとう。」
「別に感謝される程のことじゃないよ。桜井さんと話たかったのはほんとだし。ところで桜井さんって明日も図書室にいる?」
「うん。いるけどどうして?」
「明日もここに来て桜井さんと喋りたいなって思って。俺今日、用事があってもう帰らないとだから。」
今日の成果はこれで十分だ。いきなり深追いし過ぎるのも良くないし、明日の約束をすることでこれっきりで終わりじゃないことも思わせることが出来る。
「うん、私いつも下校時間までいるから少しくらい遅くなっても大丈夫だよ。」
「ありがと。じゃあ、また明日ね。」
「また、明日。」
まさか今日言葉に会うことになるとは、思いもしなかったが予想以上にうまくいけたな。しかし、今日家に帰ってからはさらに忙しくなるな。さとみの学校案内のことと、言葉との話題展開についてか。まぁ、好感度が上がるに越したことはないし頑張るとするか。
そういえばまだ、プリント置いてきてなかったわ。早く置いて帰らないと。
俺はすぐに教室へ向かいプリントを置いて帰路についた。
あ~疲れた。初日からこんなにも大変だとは思わんかった。だけど、そんなことも言ってられないんだよな...
ガチャッ
「ただいま。」
「おかえり。なんか疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「へーきへーき、俺上にいるから夕飯になったら呼んで。」
「はいはい。」
お母さんに夕飯のことは頼んだから、ひとまず明日のことを考えるか。
俺は2階にある自分の部屋に行くことにした。
じゃあさっそく、明日のことについて考えるとするか。まずは、スケジュールからだな。明日は、最後の6限の授業が終わると同時にさとみの席へ行ってすぐさま学校案内を開始する。海人はもうすでに学校案内のことを知ってるから別に説明する必要もない。この時点で時間は15:50頃だろう。その後、図書室の前を通り過ぎないように上手く学校を案内していく。ここまで気にする必要は無いのだろうが、まだどちらのヒロインともそこまで親密ではないので俺に他の女子の知り合いがいることは隠しておいた方がいいという判断だ。そして、学校案内をし終わるのは17:10頃。あとは、さとみと別れた後すぐに図書室へ行って言葉との談話。下校時間は18:40なのでどんなに遅くなったとしても30分以上は話せる計算だ。
スケジュールはこんなもんか。あとは、学校案内のルート確認と談話の内容決めだな。あぁ、明日が楽しみだ。
「翔太~夕飯よ~。早く降りてきなさい。」
え、もうそんな時間!ただスケジュールを考えるだけなのにいつの間にか時計の針は19:30を指していた。確か、俺がこの部屋に入ったのが18:30だったから、かれこれ1時間は考えていたのか。別に時間が無いわけじゃないんだ。ゆっくり考えて、明日は万全の状態で臨まなくては。
俺は下に降り、すぐに夕飯を済ませた。朝食や昼食を食べたときにも思ったんだが、翔太のお母さんはほんとに料理が上手だなぁ。今日の夕飯のメインはビーフシチューだったが、お肉がじっくりと煮込まれていて柔らかかったし、野菜もゴロゴロとたくさん入っていてすごく美味しかった。俺なんて転生する前親に見捨てられていたから、いつもコンビニ弁当かカップラーメンだったもんな。
「翔太、食べ終わったんならさっさとお風呂入っちゃいなさい。」
「俺まだいいや。ちょっとやることあるから、それが終わってから入ることにするよ。」
「そお、あんた今日疲れてるみたいだから早く寝なさいよ。」
「分かったよ。心配してくれてありがとね。」
なんて幸せな生活を送っているんだ翔太は。こんなにも心配してくれる親がいるなんて。疲れているってのは、ほんとなんだが明日のスケジュールを完遂するためには、寝る間を惜しんででもやることをやらなければいけない。
俺は再び上にある自分の部屋に行った後も、明日のことを考え続けた。それは、1:00にまでおよび俺の疲れはピークに達していた。
やっと終わった...今すぐにでも寝たいけど風呂に入んないと気持ち悪くて寝れないしな...早いとこ風呂に入って寝るとするか。両親はどちらも就寝していたので、俺は起さないように風呂に入る準備を済ませ、風呂場へ向かった。
「はぁ~生き返るぅ~」
思わず声が出てしまうほど気持ちがよかった。疲れた身体に染み渡るような感じが何とも言えない。やっぱりシャワーよりも風呂に浸かるっていうのはいいな、疲れが吹っ飛ぶ。やばい、なんかウトウトしてきた...
...うた...しょうた...翔太!
はっ!俺、風呂に入りながら寝てたのか...あっぶねぇ、死んでなくてよかった...
バチンッ
痛った!俺の目の前には涙で瞼を膨らませ、顔を真っ赤にしたお母さんがいた。
「翔太のバカッ!ほんとに...ほんとに...死んじゃったかと思ったじゃない...」
そう言った途端、お母さんの瞼から溜まっていた涙が溢れ出した。手で顔を覆い声を出して泣いた。お母さんからは涙だけでなく、いろんな感情も一緒に溢れ出していた。怒りや不安、嬉しさなど感情を剥き出しにした姿はまるで子供のようだった。
「お母さん、ありがとう...」
普通ならごめん、と謝るとこなんだろうけど、俺は自然にありがとう、という言葉が出てきてしまった。昨日1日だけで俺がどれだけお母さんに大切にされているかは、しっかりと伝わっていた。でも、こうやって感情を素直に表してくれたのを見ると、改めて親がどれだけ自分のことを大切に思ってくれているかが分かる。
「何がありがとうよ...いいからほら、早く体拭いて温まりなさい。体が冷えきってるわよ。」
お母さんは涙を拭き、俺にそう言った。
俺は風呂から出ると、急いで体を拭き自分の部屋のベッドへ直行した。ベッドへ行ったはいいものの、俺は全く動けそうになかった。熱があるし、寒気もする。頭やのども痛いし、咳も出る。典型的な風邪の症状だ。そりゃそうだろう。風呂の中で寝てしまうってことは、お湯に入ってる部分と入ってない部分、さらに体温との温度差で体温調節が出来なくなってしまう。さらに、水分が不足してしまうから喉が乾燥してしまうし、お湯が冷めてしまうことで体の免疫力も落ちてしまう。
だけど、風邪を引く程度で済んでよかった。風呂で寝てしまうことで溺死してしまう可能性だって十分にあった訳だし、こればっかりは運がよかったと言うしかないな。
ガチャ
お母さんが部屋に入ってきた。手にはお盆が握られていて、その上にはお粥とスプーンが乗っていた。
「翔太、大丈夫?って大丈夫な訳ないよね。でも、これは翔太が悪いんだからね。ほんとにお母さん翔太のこと心配したのよ。」
「ごめんね、お母さん。次からは気をつけるから大丈夫だよ。」
「ほんとに気をつけるのよ。じゃあ、お母さん学校に休むって電話しとくね。海人くんにも言っておくから心配しないであんたは寝てなさい。」
こんな風邪引いてるんだそりゃ学校も休まなくいとな...いやいや、そんなこと出来るわけないだろ。今日学校を休むってことはさとみと言葉との約束をどっちも破ってしまうってことじゃないか。これはやばい、本格的にやばいことになってしまった。今日は死んでも学校に行かなきゃ行けないんだ!
「お母さん、俺今日がっこ...ゴホッゴホッ...学校...行くよ。」
「訳の分からないこと言ってないでさっさと寝なさい。今日は何があってもあんたを学校には行かせないからね。」
ちょっと、ちょっと待ってよお母さん!
バタンッ
あぁ、どうしよう...学校行かないと...でも、今の俺の状態からいってどう頑張っても行ける状態ではないのは確かなんだよな。お母さんのあの態度からして、学校へ行かせて貰うのは無理だし。今日は大人しく寝てるとするか。さとみと言葉に明日謝らないと。俺はお粥を食べ終えた後、寝ることにした。
ふわぁ~よく寝た。体はまだだるいけど幾分かマシになったな。時計を見てみると、11:00になっていた。今はちょうど3限ぐらいかな。
なんか暇だな。かと言って、やりたいこともないし、やりたいことがあったとしても体がだるくて思うように動けないし。大人しくベッドの上で横になってるしかないのか。
時計の針が機械的に時を刻み、無意に時間だけが過ぎて行く。外の桜の鮮やかさも今はなんだか別世界のもののように感じられる。
「翔太、ご飯持ってきたわよ。具合はどんな感じ?」
いつの間にか時刻は12:30を回っていた。具合が悪い時ほど横になっていると時間の進みが早い気がする。
「ありがとう、お母さん。まだだるいけど寝たらだいぶ良くなったよ。」
「そう、なら良かったわ。海人くんも心配してたわよ。明日は学校行けるようにしっかり治すのよ。」
海人心配してくれてるのか...なんだか心配してくれるってのは嬉しいもんだな。
「そうだね、今日は1日安静にしてるよ。」
お母さんが部屋を出ていくと、俺は持って来てくれた昼飯を食べることにした。昼飯は煮込みうどんだった。鼻がつまってて苦しいから温かい食べ物ってのは嬉しいな。鼻づまりは温かい湯気とかで一時的にだが解消出来る。うどんは消化もいいし、風邪を引いた時にはぴったりだ。うどんを食べ終え、一緒に持って来てくれていたスポーツドリンクで水分補給をし俺はまた寝ることにした。起きていてもやることがないのなら、残されているのは寝ることだけだ。
起きるともうすでに時計の針は6:00を指していた。体も軽くなり、明日学校に行けるくらいには治ったようだ。
すると突然、俺しかいない静かな部屋の中に携帯のバイブらしき音が響き渡った。そうだった!この世界にも携帯があることを忘れていた!とうらぶで携帯が重要なアイテムだということは分かっていたのに何故今まで忘れていたんだろう。俺はベッドから立ち上がり、携帯を探すことにした。さっき聞いた音から察するに携帯がこの部屋の中にあるのは間違いない。
探し始めること10分、未だに俺は携帯を見つけ出すことが出来ていなかった。実際、そんな簡単に見つかるくらいなら昨日の時点で見つけてるもんな。翔太の奴どこにやったんだよぉ。俺は半分諦めモードで床に寝そべると、ベッドの下に何か光っているものを見つけた。もしかして...ベッドの下を覗き込むと、やっぱりというかなんというか携帯だった。なんでこんな所にあるんだよ。まぁ、見つかったのだからそんなことはどうでもいいか。
携帯を開いて見るとメールが来ていた。
From:生駒海人
To: 神崎翔太
件名: 大丈夫か?
今朝、おばさんからお前が具合悪いって聞いて心配したんだぞ。大丈夫なのか?課題何個か出てるけど、具合悪くて出来ないだろうから明日学校で見せてやるよ。だから、安心してお前は体調を整えることに専念しろよ。
やっぱりこいついい奴だな。こうでないと、ギャルゲーの主人公は務まらないってわけか。そんなことを思っていると、メールにはまだ続きがあった。
あと、諏訪さんの学校案内は心配しなくていいぞ。お前の代わりに俺がやっておいたからな。
死ね。こいつのことを一瞬でもいい奴と思ってしまった俺がバカだった。なんなんや、こいつ。ふざけやがって。ちょっと待てよ、こいつがさとみに学校案内したってことは...ゲームと同じじゃないか!俺があんなに苦労してあそこまでこぎつけたってのに、なんでこうも簡単に状況をひっくり返せるんだ。でも、これはただ俺が風呂で寝て自滅したってことだよな。だが、これがそうじゃなかったとしたら...いやいや、それは考えすぎか。
こうなったら、俺も本気を出すしかないな。せっかく主人公の海人よりも先手を打つことが出来たにも関わらず、ここまで状況が変わったのなら俺もなりふり構ってられない。海人、俺はヒロイン全員お前から奪いとってハーレムを作ってやるからな!このことで、俺の信念はより強く硬いものになった。
まだだ!まだ終わってない!