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古井咲コノハの9日間  作者: 式織 檻
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3日目②「書置き」

「ふむ。ここが、シオン様が滞在されていた部屋か」


 そう言って、金髪の男の人――レイド国の騎士だという、ラスティさんとやら――はシオンちゃんの寝室をぐるりと見渡した。

 私の(元の世界の)部屋よりも少し狭いくらいの間取りで、ベッドとクローゼットと小さい机があるばかりのこじんまりした部屋だった。壁際には本が何冊も積み上がっていて、本好きなシオンちゃんのため、旦那さんの蔵書を貸していたそうである。

 ラスティさんは顎に手をやり、思案顔で、


「城にあるシオン様のお部屋の十分の一にも満たない広さだな……」

「……これの十倍って、下の店より広いじゃないか」


 女将さんは呆れたように言う――どうやら巫女様というだけあって、お城では、シオンちゃんはよっぽどの待遇を受けていたようだ。贅沢に慣れているような雰囲気はまったく感じなかったけれど。


「シオン様は、ここの生活が嫌になって出て行った――という線は、まあ、薄いだろうな」


 ラスティさんの呟きに、私は「そりゃそうでしょう」と答える。

 仮にシオンちゃんが部屋の広さを気にするような子なら、面積が十分の一にまで狭くなったここでは何日も持たなかったんじゃなかろうか。今日までの二週間、文句もなくここで暮らしていたわけだし。私が会ったのはつい昨日の話だけれど、生活に不満があるようにはとてもじゃないが見えなかった。


「書置きのようなものもなかったのですか?」

「ああ。昨夜、警備団の人がこの部屋を一通り調べたけどね。手掛かりらしい手掛かりは見つからなかったみたいだよ」


 ラスティさんの質問に、女将さんが答える。


「しかも何がおかしいって、どうやらシオンは、昨夜一回ベッドには入ったみたいなんだよ。メイキングしたブランケットがめくれてたからね。だけどシオンはそこから起きだして、そのままどっか行っちまったみたいなんだ。私にも旦那にも黙ってね。……まったく、わけがわからないよ」


 ふるふると首を横に振る女将さん。

 今度は私がラスティさんに聞いてみた。


「えっと、シオンちゃんは、その、お城も抜け出してきちゃってたわけですよね? 数週間前に。その時はどうだったんですか? ……もしかして、これと似たような感じだったとか?」


 私の質問に、ラスティさんはまじまじと私の顔を見てきた。そしてにこりと微笑むと、


「ふ……君のような方の質問には、誠心誠意お答えしたいところだけど。残念ながら俺は、それをおいそれと口にしていい身ではないんだ。回答は、シオン様の許可を得られるまで待ってもらっていいかな?」


 そんなことを言いながら、ラスティさんはまたもや私の手を握ろうとするかのようににじり寄ってきたので、私はひょいと一歩後ろに下がった。……今の会話のどこに、私の手を取る必要性があるんだ?


「あんた、国のお抱えの騎士様なんだろう? だったらツテなりスクロールなりの探索魔法で見つからないのかい?」

「そう簡単なことではないのですよ、ご婦人」


 尋ねてきた女将さんに、ラスティさんは苦笑を返す。


「ある程度範囲を絞れていればできなくもないですが、いかんせん、どこへ行ったか見当もついていない。一地域を網羅するような広範囲の探索魔法など、そんじょそこらの魔導士には難しいですからね。だから、こうして俺が足で探し回ってるんですよ」

「ふうん、そういうもんかい」


 女将さんは腕を組んで不承不承と頷く。

 ――ふうむ、どこへ行ったかの見当、か。

 出会ってから大した会話も交わせていない私は、シオンちゃんについては、本が好きなことと撫でくり回したいたいほど可愛らしいということ以外何も知らない。行先の予測を立てるため、あの子の趣味嗜好みたいなものがわからないかと、私は部屋の中を見渡してみた。

 しかし、ベッドはシーツの上に毛布が敷かれているだけのシンプルなものだし、クローゼットも寝巻が掛けられているだけだった(どうやらシオンちゃんは外出着に着替えていったようだ)。積まれている本も分厚くて難しそうなものばかりで、表紙からはどんな内容なのか予測もつかない。

 あとは机だけれど――これも質素なもので、ペン立てと数枚の紙が乗っかっているばかりだった。その中の数枚には、幼さの残る筆跡でつらつらと字のようなものが書かれていた。

 何の気なしにぱらぱらとめくっていくと、一枚の紙が目が留まった――上から三枚目に『エイネ渓谷』と書かれた紙が埋もれていたのである。…………あれ?

 私が小首をかしげていると、それを見止めた女将さんが、


「ああ、それかい?」


 と教えてくれた。


「いやね、それ、文字みたいだけど、結局読めなかったのさ。翻訳辞典で調べてもね。あっちこっち旅してた警備団の人にも聞いたけど、そんなカクカクした字はとんと見たことがないって言っててね」

「ふむ、なるほど」


 と言いつつ、ラスティさんはぱちんと指を弾いた。


「どうやら、それは手掛かりの一つになりそうですね。一体シオン様はここで何を思っていたのか? 何を考えていたのか? ……それは現代文字ではなく古代文字の一種である可能性もありますし、もしかしたら記号の一種かも知れません。……それ、手帳に書き写してもいいですか? 国の学者にも聞いてみようかと思います」

「ああ、国の偉い学者さんなら何かわかるかもね」

「ええ。では早速――」

「……いや、あのですね」


 ようやく、この紙の『どこ』がおかしいのか思い至った私は、挙手しながら答えた。


「これ、『エイネ渓谷』ですよ」

「エイネ渓谷?」


 女将さんと旦那さんとラスティさんは、ハモりながら同時に聞き返してきた。

 女将さんはきょとんとした顔で、


「……エイネ渓谷なら、ここから東に行ったところにあるよ。歩いて二十分もかからないくらいのところさ。……それがどうしたんだい? 行きたいのかい?」

「いや、行きたいとかではなく、そう書いてあるんです。この紙に」

「…………は?」



「これ、日本語――私の元いた国の言葉で書いてあるんです。『エイネ渓谷』って!」

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