3日目①「探し人」
二日ぶりのベッドだというのに、なかなか寝付けなかった。あまり眠れなかった。
シオンちゃんは、どうしてまた急に姿を消したのか? 何か思うところがあって、ふらっと出て行ってしまったのか? その結果迷子になってしまったのか? もしくは――あまり考えたくないけれど――誰かに連れ去られてしまったとか……?
ただ、シオンちゃんが寝ていた部屋には特に荒らされたような形跡はなかったし、一階にいた私も旦那さんも、侵入者など見ていない。だから、後者の可能性は低いというのが唯一の希望だ。
昨夜の帰り際、女将さんには、
「私たちが気を張り詰めたってしょうがない。シオンを探すのは町の警備団の人たちに任せて、まずは休みな」
と言われたけれど、もしかしたらシオンちゃんはどこかで震えているんじゃないかと思うだけで、心配で心配でしょうがなかった。結局空が明らんでくるまで、私はベッドでごろごろと転がるばかりだった。
次の日の朝九時半、食堂に行くと、女将さんも旦那さんも開店の準備をしていた。
この店はこの町に三つしかない食堂の一つで、夜はともかく、昼の営業は、事前連絡なしに急に店を閉めてしまうと、たくさんの人に迷惑が掛かってしまう。だから、開けられるんだったら開けなきゃいけない――とのこと。店の入り口には、シオンちゃんの似顔絵が書かれた紙(字は読めないが、恐らく手配書なんだろう)が何十枚も積まれていた。お客さんに配る用なんだろう。
朝の挨拶もそこそこに、私は女将さんにシオンちゃんの捜索はどうなったか聞いてみたが、
「いや、警備団の人が夜通し探してくれてたんだが、まだ見つかってないよ。今日の昼からは、もう少し範囲を広げるって話だ」
ということだった。
結局十時から、昨日と同じように営業を開始したけれど、今にも警備団の人が「見つかりました!」と駆け込んでくるんじゃないかと、私はソワソワしっぱなしだった。
――そして、十一時を少し回ったくらいだった。
一人の男の人が食堂にやってきた。すらっとした高身長で、金髪に童顔の可愛らしい顔立ち――いわゆるアイドル顔と呼ばれるような見てくれの人だった。
カウンター席に着き、メニューボードを眺めているこの人の傍らにとことこ寄っていき、私は、
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
と尋ねた。が、この人は私の方を見ると、そのまま数秒間、私の顔をじっと見てきた。
私の顔に何かついてるのだろうかと、頬を拭ったり顎を拭ったりしていると――この男性はふいに、にこりと笑みを返してきて、
「ふ……いや、驚いたな。こんなところに、こんな美しい方がいるなんて」
と、いきなり私の手を握ってきた。
七五三で着飾った時に「かわいいかわいい」と褒めそやされて以来、「かわいい」とか「きれい」とかいう褒め口上とは無縁の生活を送ってきた私にとって、こういう言葉を言ってくる輩は(まことに残念ながら)お世辞の常習者かサギ師かの二択だった。
さっと手を払いつつ、こいつは後者の方かな、と思っていると、
「いやいや、不躾に失礼。他意はないんだ、許してほしい」
と、再度笑いかけてくる。
「この辺りに来るのは俺も初めてでね。少々舞い上がっているんだ」
「……えっと、他の町から来られたんですか?」
「そう、そうなんだ。ちょっと人を探していてね」
そう言うと、この男の人は肩に下げていたカバンから紙を一枚取り出した。
「この子を探しているんだ」
差し出された紙を見ると――そこには、シオンちゃんの顔が描かれていた。
「見かけたことはないかい?」
「……いや、見かけたも何も」
私は苦笑し、
「それを探しているのは私たちですよ」
「? どういうことだ?」
男の人は、急に真顔になった。
私は手配書を返しつつ、
「いや、だから、これ、シオンちゃんですよね? この子はここに居候してたんですよ。それが急に昨日いなくなって。うちの女将さんが捜索願を出したんです」
と説明した。
まったく、この人も警備団の関係者なんだろう。捜索依頼者のところに聞き込みに来るなんて……。伝達がお粗末なのか、指揮系統がおざなりなのか。
と考えたところで、はっと気づいた。
――この人はさっき、「この『辺り』に来たのは初めて」と言っていた。……ということは、この人は警備団の関係者ではない?
なのに、シオンちゃんを探しているということは――
「き、君っ! シオン様を知っているのか!」
この男性はがたっと立ち上がり、今度は力いっぱい私の手を握ってきた。
「し、シオン……さま?」
「ああ!」
こくこくと頷きを返す男性。そして――
「――我がレイド国、三大巫女の一人、シオン・ティート様だ!」




