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古井咲コノハの9日間  作者: 式織 檻
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2日目④「所持品」

 宿に帰ってから、私はまずシャワーを浴びた。二日ぶりだ。昨夜は野宿だったためどうすることもできず、この『世界』に来てからは、店に出される前に濡れタオルでごしごし拭ったくらいだったのだ。

 久方ぶりにさっぱりした。

 出てから気づいたが、ドライヤーはどこにも見当たらなかった。というか、コンセントも見当たらない。魔法の世界だけあって、みんな魔法でなんとかしてるのだろうか? 今は髪型をショートにしているからまだマシだが、伸ばしていたらだいぶ面倒だったろう。……あとで女将さんにでも聞いてみようか。

 替えの服など持っていないので元の服を着直しつつ、私は改めて、今の自分の所持品をベッドに並べてみた。

 財布、ハンカチ、ティッシュ、家の鍵、携帯電話、マスク、ボサボサの頭を隠すためだったニット帽、そしてノーラさんに貰ったこの世界のお金に翻訳ネックレス、パン、巻物、修復魔法のカード、小さい道具袋だ。

 ただ近所のスーパーへ行くためだけの身支度だったのだ、当たり前だが、大したものはまったく持っていない。服装だって、テキトーなズボンとインナーに上着を羽織っただけの気の抜けたものだった。

 ……とりあえず、もう一着くらいの服とカバンは無いと困るかな。

 ノーラさんに貰ったお金が果たしてどれくらいのものなのか見当もつかなかったが、町に行ってみれば相場もわかるだろう。そう思い、私は宿を出て、町中を歩くことにした。


 市中はそれなりに賑わっていた。


 地元の駅前くらいには人もいる。違うのは、日本人離れした顔や体格の人ばかりであることと、道がコンクリートで整備されていないこと。車も自転車もないし、電光掲示板もない。街灯は立っているが、手動で火をつけるタイプのもののようだった。

 人々の恰好はまちまちで、ピシッとシャツとベストとベルトを装着している人もいれば、ダボダボのローブみたいなものを着ている人もいる。中には、なかなかに『物騒』な恰好をした人もいた。私の服装も特殊は特殊だが、喜んでいいのか悪いのか、この中ではあまり浮いていないように思う。

 この様は、どちらかというとヨーロッパの街並みに似ている気がした。

 私自身は一度も行ったことがないのでテレビで見たものとの比較だが、一昔前の欧州情緒とでも言うか。石畳で舗装された道に、レンガ造りの建物、テントの下で商売する青果店。今頃私の両親と弟が眺めている風景も、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。

 ――本当に、ここはどこなのだろうか?

 私は頬を引っ張ってみた。しかし、何も効果はない。これで八度目のトライなので、正直もう期待はしていない。昨夜はこれはただの夢だろうと半ば決めつけていたが、ノーラさんとの野宿で寝て起きても、我が家のベッドには戻れていなかった。周囲の風景は相変わらず森だった。

 ――私は、熱のせいでおかしくなったのだろうか?

 しかし、額に手を当ててみても、もう熱くはない。気怠さもすっかり治っている。体はすこぶる元気だが、目の前に広がっている景色は、何とも自分の正気を疑うものだった。


 ノーラさんに貰ったお金は、そこそこのものだったようだ。


 服を一着と寝巻を買い、インナーウェア(と思われるもの)を買い、大きめのリュックを買っても、まだ七、八割は残っている。ただまあ、だからと言って無駄遣いしていいものではない。断じてない。入用のものはこれからもあるだろうし、あとどれくらいこのお金で食いつなげばいいのかもわからないのだ。

 ……最悪の場合、食堂でのお給料で生きていけるだろうか?

 でも、それはそれで考え物だ。私は、元の世界に戻る方法を何とかして探さなければならないのだ。日中ずっと働いていたんじゃ、ここにいる期間がどんどん伸びるだけだし……。

 ――いやいや、そもそもの話、私は元の世界に戻れるの?

 この『世界』に来た際、私は自分ちの玄関のドアを開けただけで、特別なことは何もしていないのである。何でこんなところに来たのか――もっと言えば、どんな『原理』でここに来ることになったのか――見当がまったくつかない。

 唯一の当ては、ノーラさんが他にも『別の世界』から迷い込んだ人に会ったことがあるという話だ。その人たちの足跡を追っていけば、方法は見つかるかもしれない。当てに突き当たるかもしれない。……自信はないけれど。


 考えれば考えるほど風船のように膨らんでいく不安に苛まれつつ、私は宿の自分の部屋に戻ってきた。


 時刻は五時半。外は夕暮れだ。あと三十分で仕事が始まってしまう。

 私はベッドに座り、携帯を取り出した。私が持っている元の世界の持ち物で、最も多機能なものだ。

 けれど、今はうんともすんとも言わない。元々これは母親が二年間使ったのをお下がりでもらったもので(私の初携帯だ)、バッテリーもだいぶ弱っている。十分、二十分話せばそれだけで切れてしまう。家を出る際には満タンになっていたが、昨夜、繋がらないかとあれこれいじくっているうちになくなってしまったのだった。

 電波塔などどこにもなさそうなこの場所で電話が通じるとはあまり期待もしていないし、昨日の段階でずっと圏外だったのは確認している――ただ、可能性があるとしたら、やはりこれなんだろうとも思う。

 修復魔法のカードは八枚貰っている。一枚くらいならトライしてみても構わないだろう。この携帯は電池が切れているだけで、壊れたわけではない。しかし、このカードの効果によって『以前の状態』に戻してくれるというなら、恐らく電池残量も戻るはずだ。

 そんな予見に則り、私は携帯に向かって修復魔法のカードを振ってみた。

 しゃらんと、白い光が瞬く。そしてきらきらした光が私の手元を包んだ。

 ……これでОKなの?

 恐る恐る、私はスマホの電源を入れてみた。すると、画面が白く光り、次いでちかちかと文字が浮かんでくる。

 ――やっぱり、こういう使い方もできるんだ。

 半分満足しながら、私は手元の画面を眺めた。そして操作可能となったところで、ちょこちょこといじり始める。

 電波は完全に圏外。ネットもつながらないし、アプリもほとんどが使えない。取り込んでいた音楽を聴くか、今まで撮った写真を眺めることくらいしかできることはない。

 ――しかし、ダメ元でも、もう一回だけ。

 すがる気持ちで、私はアドレス帳を開いた。そして、登録されている友人に電話をかけてみる。タカコ、ユミ、レイカ。しかし、当然のように


「繋がりません」


 と女性オペレーターの機械的な返答があるのみ。次いで、ヨーロッパにいる両親にもかけてみた(国際電話なので、繋がった場合通話料金がばかにならなくなるだろうが、そんなこと言っている場合ではない)が、やはり同じだ。伯父さんや伯母さん、従兄の萩人兄にもかけてみた。しかし、当然のように全滅。

 元々多くない登録連絡先が、あっという間に消化されていく。

 あと残るは――(さかき)君、か。

 電話では今まで事務的な連絡でしかやり取りをしたことがなかった人だが、この際である。どうせなら全員にかけておかないと気持ち悪いという、気分的な問題だった。

 通話ボタンを押し、耳元に持っていく。しばらくの無音の後、呼び出し音すらなることはなく、


「繋がりません」


 ……そりゃそうか、と溜息をつきつつ、切断のボタンを押そうとした、その時だった。



『――はい? もしもし?』



 私は飛び上がった。

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