8日目③「閃光」
仮に、の話だ。
仮に――この世界が、私の予想通り造り物だったとして、榊君の誤解の通りゲームを模したものだったとして……私は一体何をどうすればいいのだろう?
私の最終目的は決まりきっている。私の悲願はわかりきっている――元の『世界』に帰ることだ。
では、どうすれば私は元の世界に帰れる?
そこも、ある意味単純明快だ。ゲームであれば、ゲームをクリアすればいい。
じゃあ、ゲームのクリアとは? どういう条件を満たせばいい?
弟のプレイ画面をただ見るだけだった私にだって、それくらいはわかる。常識的に知っている。敵のボスを倒せばいいのだ。
――ボス? ……どうやったら出会える?
体感的な傾向として、私の旅が進むごとに、出会う魔物は強くなっていっている。手強くなっている。であれば、このまま流れに身を任せ、周りの人たちのアドバイスの通りに進んでいけば、いつかは遭遇できるということだろうか?
……遭遇したとして、倒せるのだろうか?
倒すためには、強くならなければならないだろう。魔法の巻物みたいな、強い道具を使いこなせるようにならなければならない。そして、強い味方に協力を仰がなければならない。
その仲間が、もしかしたらラスティさんであり、ウェツァさんであり、アイシリス様なのかもしれない。或いはシオンちゃんやラメルまで含まれるのかもしれない。
だから私は、彼らとの関係性には気を付けなければならないのかもしれない。細心の注意を払わなければならないのかもしれない。その場面が、今回のラスティさんとの見回りであり、ウェツァさんと同行した一昨日の教会前の洞窟のことであり、アイシリス様とのお祭りのことだったのかもしれない。これからもそういう場面がいくつもあるのかもしれない。
そしてもう一つ――ボスを倒すには、私自身も敵を倒せるようにならないといけないのかもしれない。強くならないといけないのかもしれない。
そう、そしてそれこそが、このわけのわからない腕輪が現れた理由で……――
――そんなことをつらつら考えながら走っていたが、結局たかだか五分後には私はそんな余裕もなくし、ゼーゼーと肩で息をしていた。
少し先の空に黒い煙が上がっているので、道は知らずとも方向はわかる。見た感じ、少し行けば付きそうな距離感だったが、私の足ではなかなかの距離だった――もしくは、これが「昼間の火事は近くに見える」とかいうやつなのかもしれない。
結局、私がそこにたどり着くには、さらに十分以上かかった。
それは大きな聖堂だった。
昨日の、洞窟の先にあった建物の一.五倍くらい。白い壁で、三階建てのとんがり屋根の建造物だ。
上の方を見ると、出窓から黒い煙が漏れている。中からドカンドカンと轟音が漏れ聞こえ、時折叫び声(ラスティさんの?)も聞こえている。
それを、数十人の人だかりの面々が、不安そうな顔で見上げている。周辺に住んでいる人たちなのかもしれない。
ふと見ると、足元の石畳に結構大きな赤い染みができていた。鮮やかな深紅で、目新しい――もしかしたら、これは最初に魔物に襲われた人のものかもしれない。すでに病院に行っているのなら良いが……。
私は人だかりを抜け、正面の入り口のドアの前に立った。
隣にいたおじさんが、
「お、おい、まさか、入る気か……?」
と聞いてきたが、私は愛想笑いで返した。
深呼吸して、ノブに手を掛けた――しかし、ノブは回らない。右に回しても、左に回しても、そのまま押しても、ドアは動かなかった。
「あれ?」
ラスティさんが入っていったってことは、ドアは開いているという予想だったが――他の人が入ってこないようにわざわざ閉めたのだろうか? もしくは魔物が簡単に外に出ないように?
ここで、このラスティさんの気遣いを無下にするのもはばかれる気がした――しかし、ふと手元を見ると、例の腕輪が青白く光っている。
私は心を決め、ドアに向けて掌をかざした。
その瞬間、閃光と共にドアが弾け飛び、私が通れるくらいの丸い穴が開いた。
「じょ、嬢ちゃん、あんた一体……」
というさっきのおじさんの声を背中で聞きながら、私はその穴をくぐった。
光が入ってこないため、中は薄暗かった。
しかし、真正面に人型の像が飾られたきれいな礼拝堂だ。微かにお香か何かの香りがしている。
私は腕輪をまじまじと眺めた。
……さっきのは結構な威力だった。分厚い木製の扉を一瞬で吹き飛ばした。これが魔法なのか何なのかはよくわからないが、掌をかざして力を込めるというか、気力を込めるようにすると、今の攻撃が出てくるようだった。
間違いなく、この腕輪の力だ。
この腕輪を手に入れた直後、この礼拝堂で事件が発生し、開かない扉に対して試し打ち――なかなかによくできている順番なのかもしれない。
さて、ラスティさんがいる上階を目指さないと――と顔を上げると、前方の暗闇の中で、ごそりと大きな影が動いた。白い二つの光点がこちらを向く。
おっきい、ゴリラの化け物だ。
びくりと腰が抜けそうになる。すでに一階の魔物はラスティさんが全部倒したんじゃないかと思っていたが、こいつはどこかに隠れていたのか、後から来たのか。
「グガァアア――」
低い唸り声をあげながら、黒い毛むくじゃらの魔物はこちらへドスドスと走り寄ってきた。
私は慌てて魔物に向かって右手をかざし、力を込めた。
――バスンッ
暗闇を閃光が照らし、魔物の体が一気に後ろに吹き飛んだ。
後方の壁に激突し、低く唸っている。
――よかった、こいつにも効く攻撃のようだ。
もしこれが全然効かないようだったら、今日は呪文の巻物も持っていない私は、もう逃げる他ないところだった。
しかし、ダメージはあっても、倒す程ではなかったよう。魔物はむくりと起き上がってきた。
再度飛び上がった魔物に対し、もう一度掌をかざす。
リプレイのように魔物は後ろの壁に激突する。しかし、やはり起き上がってくる。
――遠すぎるのかもしれない。
私は賭けに出た。
私の方から、魔物の方に駆けて行った。
それを見止めるや、魔物も唸りながら、私の方へ飛び掛かってくる。
その距離が五メートルくらいになったところで、私は三度目、掌を向ける。
バスンッ、と一番大きな音がした。
風圧で思わず目をつぶる。逆にこちらが吹き飛ばされそうになる。
何とか倒れずに堪え、目を開けると、正面には何もなかった。吹き飛んだ椅子と、ボコボコの壁のみ。
慌てて周りを見渡したが、動いているものはなにもない。ヤツのものと思われる短い毛が空中を舞っているだけだ。天井にぶら下がっているとか、そんなのもない。あの大きい体格だ。さすがに今更隠れられるとは考えにくい。
「倒せた……のか」
ふー、と私は息を吐く。たった一戦で、どっと疲れが出てきた。
しかし私はふるふると首を振り、奥にある階段を上った。




