8日目②「腕輪」
私はガサゴソと、ズボンのポケットの中をまさぐった。
最初感触が何もなかったので、もしかしてどこかで落としたのかしら……と不安になったが、奥の方で、指先が硬いものに当たった――あのイヤリング。お城の部屋の洗面台で見つけたやつだ。
「どうしたんだい?」
と尋ねてくるラスティさんをやんわりスルーし、私はそのイヤリングをポケットから取り出した。
やはり、思った通り同じような形だし、大きさも見る限り同じだ。
私はイヤリングのクローバー型の装飾部を、その凹みに当てがった。
「なんだい、それ? ……イヤリング? どうしたんだいそれ?」
とラスティさんが覗き込んできたが、私は固唾をのみ、何が起こるのか見守った。
一秒、二秒、三秒と無音が続き、思い違いだったかな、と思った瞬間だった。
――ゥオォォォォン
いきなり手元が光りだした。
淡い緑色の光だ。
びっくりして手を離した。しかしその光は、私の手についてくる。私の手を包んでいる。
「え、な、な、ななな、なに、これッ……!」
私はぶんぶん右手を振った。しかし光は取れない。
「な、なんだ! どうしたんだ!」
とラスティさんが私の腕を握りしめた。
しかしすぐに、その光は消えた。
きょとんと、私の手を見下ろすラスティさんと私――いつの間にか、イヤリングが消えていた。そしてそれと同時に、私の手首に重量感があった。
――私の手首に、黄金色のブレスレットが巻き付いていた。
「…………なにこれ」
と、私とラスティさんは同時に呟いた。
呟いたところで、思い当たる解答はない。
軽く腕を振ってみたけど、外れる気配はない。ペタペタと表面を触ってみても、普通の金属だ。そこまで重くはない。引っ張って外そうとしても、手の付け根の骨に当たって、痛くて取れない。
「一体全体、どうしたんだ? 最初、何か、イヤリングみたいなものを取り出したみたいだったけど」
「ええと…………」
私は言い淀む。実は私、この世界を造り物だと考えていて――などと、この世界の住人であるラスティさんに言えるわけもない。榊君のアドバイスの話はできない。なので私は――
お城の部屋の引き出しで、偶然このイヤリングを見つけた。
忘れ物なのか何なのかわからず、手に取ってしまった。
丁度その時夕飯に呼ばれたので、そのままポケットに入れてしまった。
その装飾とこの凹みが似ていたので、思わず当てがってしまった。
――と説明した。
ラスティさんは、
「……ふうむ」
と呟いて、首を傾げた。
「それはまた、不思議な話だねえ」
……ど、どういうことですか?
「コノハはその忘れ物を、あのゲストルームで見つけたってことだろう? それが不思議なのさ。……あの部屋に限らず、あの建物内の部屋は全部、リャーナさんとヘリナさんが毎朝掃除しているはずだ。それこそ、棚の中の隅々までね。前回のゲストが来てからだいぶ経ってるし、それからずっと見落としてたって可能性は低いと思うんだ。となると…………あの日の朝の掃除が終わってから、コノハが入るまでの間に誰かが入れたってことになるけど。……じゃあ、誰が? 何のために? ってことになる」
……それは、確かに、私にとっても謎だ。
「というか、その腕輪は何なんだ? 微弱な魔力は感じるけど……。締め付けられたり、重かったり、痛かったりってことはないかい?」
「はい、まったく……。すごく軽いです」
「ふうむ、なら、呪いなんかはなさそうだね。緊急性もなさそうかな? ……なら、帰ったら、その腕輪を調べてみようか」
「はい、お願いします」
私はこくりと頷いた。……このまま、一生取れなかったら困るし。お風呂の時邪魔だし、元の世界に戻れても、校則違反で学校に通えなくなる。
「さ――」
恐らくラスティさんは「さあ行こうか」と言おうとしたのだろう。
だが、その言葉はかき消された。
――どぉぉぉおおおんッ
地響きが鳴った。地面が揺れた。
見ると、遠方の空に大きな黒い煙が立っていた。方角は、南東。あの場所は――
「――チッ。礼拝堂だ」
ラスティさんが低い声で呟く。
……今ちょうど、私たちが向かっている礼拝堂? そこで、何か、爆発があったということ?
ラスティさんは険しい表情で空を見上げ、
「……偶然か? それともおちょくられてるのか? 俺が? 何のためだ? ……いや、昨日と一昨日の見回りでも、問題はなかったはずだ。……潜んでいた? 搔い潜られた? あるいは、こちらの動きを読まれて…………」
ラスティさんは首を振った。
「……いや、考察は後にしよう。……コノハ! 君は城の方に戻っていてくれ。もしかしたら城の中には入れないかもしれないから、その場合は門の所で待っていてほしい」
「え、ラスティさんは――」
「急いで見てくる。ケリをつけたらすぐ戻るよ」
そう言うや否や、ラスティさんは駆けだした。
周囲の民家から人が出てきて、南東の空を見上げている。不安げな表情で見つめている。
その中をラスティさんは縫うように駆けて行って、すぐに見えなくなった。
私は半ば放心状態で立ち尽くした。
「……なんか……すごく大変なことになってるな」
私は一人ごち呟く。アイシリス様は、昨日のお祭りを開催出来て喜んでいたけれど……。また、事件が起こってしまった。緊急事態が起こってしまった。また、一昨日の緊張状態になるのだろう。
黒い煙はどんどん大きくなっている。
私はラスティさんに言われた通り、お城の方へ歩き出そうとした――しかし黄金色の腕輪が視界に入る。そして、榊君の言葉が、またも反芻される。
『パワーアップイベント』
私はふーと息を吐く。
そしてくるりと振り返り――南東へと駆けだした。




