8日目①「凹み」
お祭りの次の日、てっきり私は一日お城に缶詰めになると思っていたが、外出することになった。
『収穫祭』と呼ばれていた昨日の夏祭り(みたいなの)は終わったが、明日には『降神祭』という別のお祭り(らしきもの)があるそうだ。エンジャーさんの口ぶりから言って、不安分子であろう私のことは、今日も自由にさせたくないものだと思っていたけれど……。
「仕事とはいえ、ぶらぶら歩けるのはいいねえ」
と、私の傍らのラスティさんは、呑気に伸びをしている。
昼下がりの街外れのあぜ道。街の南東にあるという、一昨日とは別の礼拝堂へ向かう途中だ。
今日の任務も、礼拝堂の警備。距離的には北の礼拝堂とあまり変わらないが、途中に洞窟なんかはないため、今日こそ本当にただの散歩なるとのことだった。
ラスティさんが言うには、エンジャーさんも、今日に限っては疑惑のある私を自由に泳がせたいのだろうとのことだ。ようは、前日のうちに尻尾を出さないか確認したい。不審な動きをするようなら、早めに捕捉したい。それがエンジャーさんの狙い。だから、もしかしたら監視役が今日一日私たちを追っているかもしれないという。
「あんまり気にする必要はないと思うよ。やましいことはないんだからね。言われた通り、行って帰ってくればいいのさ」
鼻歌混じりで言うラスティさん。緊張感は微塵もない表情だ。
――しかし正直、私は額面通りには受け取れなかった。
今日も今日で、大事なお祭りの前日なのだ。しかもニュアンス的には、庶民が楽しむ感じの『収穫祭』とは違って、明日の『降神祭』はもっと厳かなもののようだ。問題が起きれば、そのダメージは多分、一昨日の比じゃないだろう。
だから今日だって、私のことを閉じ込めておくのがベストなはずだ。
エンジャーさんにとって。レイド国にとって。
なのに、今日も私を連れ出すというなら――そう、この『世界』が造り物ならば――そういう成り行きだということだ。
多分きっと、今日も何かしらが起こる。何かが起こる場所へと、今私は連れていかれている最中なはずだ。そんな確信がある。一体何が起こるのか? 昨日の榊君のアドバイスからすると――
「――ああ、そういえば、この前、アレは紹介してなかったかな?」
急に、ラスティさんが視線を上げ、前方を指さした。
つられて見てみると、その先に人だかりがあった。道の脇、空き地みたいなところに石でできた柵があって、その中に数人が集まっている。
「……あれは何なんですか?」
「まあ、ただの記念碑なんだけれどね――言ってみれば、このレイド国の発祥の地みたいなものさ」
眺めながら、ラスティさんが説明してくれる。
「何百年も前、この土地は集落も何もない、ただの平野だったんだ。森で食料を調達しやすいエイネや、水資源が豊富なヴィーツェと違ってね。わざわざ人が居を構える場所ではなかった――しかし、テクニティカという高等魔術師の集団の一人が、この土地に目を付けたんだ。エイネやヴィーツェと直線的に繋がっていて、北や南へも行きやすい。平地で災害は起きにくいし、細い川は流れているから最低限の水も確保できる。人の往来を便利にするために、この場所にも町があった方がいいと、その魔術師は踏んだのさ。そこで、まずこの場所に目印の石碑を立てて、そこから何年もかけて人が住める環境を作っていった。それがこのレイド国の始まりで、あの石碑はこの国の発祥であり中心なのさ」
幾分得意げな顔のラスティさん。レイド生まれレイド育ちと言っていたし、そういう歴史も誇りに思っているんだろう。
しかし――またしても出てきた言葉、『テクニティカ』。ここまで頻出だと、多分これからの成り行きに何かしらの関係があるんだろうな、と私は心の中で呟いた。
「そこから転じて、何か願い事があったり、心を決めたりするときに、あの石碑に人が集まるようになったんだ。そのテクニティカの魔術師の力にあやかろうと、その石碑に触れて、願いや決心を心の中で唱える――っていのうのが習わしになっているのさ」
「……なるほど」
私は頷いた。
まあまあ、良くある話なのかもしれない。元の『世界』でも一時期流行った、いわゆるパワースポットみたいなものか――と考え至ったところで、昨夜の榊君の声が思い出される。確か、言っていた。『パワーアップイベント』。
どくんと、鼓動が早くなる。
私は深く息を吸う――今更もう驚かない。驚いてられない。
石碑を見ていると、お腹の大きい妊婦さんが、その石碑に手を当てて目を閉じているところだった。しばらくしてその方が離れると、今度は若い男の子がその石碑に手を当てた。
「……多分、今触っている子は、どこかの学校を受験する子なのかもしれないね。シーズンも終盤だから、切羽詰まってるんだろう。真剣な表情だね」
少しして、その男の子も石碑を離れた。
一旦、順番待ちの人もいなくなったので、私も近寄ってみる。
苔の生えた、私の肩くらいの高さまである割かし大きな石碑だ。本当に元々はただの目印だったんだろうとわかるくらい、何の加工もされていない、極めて自然な楕円形の岩だった。その前面に大きな文字が彫られているけど、当然私には読めない。
「コノハもお願いしてみるかい? 元の『世界』に帰れるように」
「……そうですね」
言いながら、一歩その石碑に近づき――私は一生懸命その石碑を観察した。
降神祭の前日。疑惑の目を向けられている私がわざわざ連れ出されたこと。パワースポット。そして榊君の『パワーアップイベント』というアドバイス。
これだけの流れがあって、何もないわけがない。
私は石碑を撫でながら、つぶさに観察した。上から下へ。右から左へ。
そして裏側に回り、再び上から見ていって――見つけた。
石碑の上の方、苔で見えにくくなっているが、確かにあった。
クローバー型の凹みが。




