7日目④「考察」
そもそもを言えば、色んな事が榊君のアドバイス通りにいくことから、私も少し疑ってはいたのだ。この『世界』、まるでゲームのようだと。
ただ、広がる世界は現実的な空間だし、ここで出会う人達も元の『世界』の人達と変わらない、人間だ。絵でもないし、ポリゴンとかCGとかでもないし、デフォルメとかそんなのもない。草木や風や食べ物は匂うし、触れれば感触は熱かったり冷たかったり固かったり柔らかかったりする。
元の『世界』とは違って、魔法なんてものがあって、魔物が出てくるけど――逆に言えば、それだけ。
それ以外は、現実世界のそのまんまだ。
区別はつかない。
疑う気にもなれなかった。
けれど――やっぱり、成り行きが少し出来過ぎている。
私が最初この世界に来た時だって、ちょうどよく親切なシスターさんの真ん前だった。おまけに、別れ際には凄く便利なアイテムをくれた。
その後、何種類かの魔物と闘うことになったけれど――今思えば、最初は弱い奴から、段々と強いのに遭うようになっている。一匹目は炎の魔法で追い払えるくらいだったけど、昨日遭遇したのは、騎士さんとハンターさんでも苦戦するレベルの奴だった。
ラメルだって、私の守護聖獣ということだったけど――私みたいな一般人にそんな貴重な存在がいるのも、あまりに不自然だった。
榊君のアドバイスもそうだ。完全にそうだ。
榊君の言う通り動物キャラが出てきて、榊君の言う通り移動イベントが発生して、榊君の言う通りシオンちゃんの一言が重要で、榊君の言う通り途中の村で通行止めになって、榊君の言う通りお遣いイベントが発生して、榊君の言う通り弱点アイテムが役に立って、榊君の言う通りお城の中で重要そうなアイテムを見つけて、榊君の言う通り隠し階段があった。そして今まさに、榊君の言った通りにアイシリス様との重要な会話が発生している。
多分榊君は、自身が今までプレイしたゲームの中でよくあったパターンを紹介しているだけなのだろうけど――でも、それが見事にハマッているのだ。
そして極めつけは――こっちに来てから、私はやたらとカッコいい男の人たちに、意味もなく理由もなく親切にされるようになった。アイドル顔のラスティさんに、男前なウェツァさん。そして王子様であるアイシリス様には求婚される始末だ。
元の世界では、悲しいかな、こんなことは一度もなかった。落差が激しすぎる。
流石にここまでになれば、私だって気づく。
最初ラスティさんにベタベタされた時にも、違和感はあるにはあった。
当初、こっちの世界だと美人の定義が少し違うんだろうかとか思ったりしたものだけれど(時代で変わるとかよく聞く)、道行く女性はそのまま私が思う綺麗な格好をしていたし(もちろんリップが赤めだとかチークが濃いめだとか、それくらいの違いはある)、男の人の恰好も大差はない。別世界に来たからといって、何が変わるということもなく、鏡の中の私は相変わらずぼやーっとした顔のまんまだし。
私がウェツァさんの妹に似ているというのも、こうなれば、どこまで本当なのかわからない。
あの二人、そしてこのアイシリス様が私に優しくしてくれるのは、私が古井咲コノハだからではないのだ。私のパーソナリティに由来するわけではない。
私がこの『世界』でそういう立ち位置だからだ。
そして、この三人がそういう役割だからだ。
……少し、虚しくなる。
彼らに優しくされた時、笑ってくれた時、助けてもらった時、守ってもらった時、私だってすごく嬉しかったものだけど――それらの行動もまた、ただ単にそうと決まっていただけなのかもしれない。
もしかしたら、私の選択如何によっては、私がここで出会うのはこの三人以外の別の美男子だったかもしれない。それだけじゃなく、もし私が男の子だったら、出会うのは全然別の美人さんとか美少女だったのかもしれない。
いつだか、シオンちゃんが言っていた言葉。
『――ただの、人形なのに』
今更ながら、反芻される。私の心に深く突き刺さる。
あれはそういう意味だったのかと、今になって理解する。
人形――無機質な響きだけど、きっときっと真実なのだ。
「……だいぶ、困らせてしまいましたか?」
アイシリス様に顔を覗きこまれ、私はハッとする。
「い、いえ……」
慌てて返答する。一瞬、今の自分がどんな表情になっているか、わからなくなる。
この人の目に映っている私は、一体何なんだろうか。
私が見ているこの人は、一体どんな存在なんだろうか。
そんな疑問がもたげ、頭がくらくらする。
ちらりと、視線を上げる――眼前の、アイシリス様の不安げな表情。この表情も顔の造りも息遣いも、どこにも不自然なところはない。これが人形だなんて、見ただけではどうしても思えない……。
再び心の中で頭を振り、私は気を取り直した――ちゃんと、真摯に答えなければ。やっぱり、目の前のアイシリス様が人形には見えないし。……それに、例え人形だとしても、榊君に『会話には細心の注意を払った方がいい』と言われているのだ。
私は小さく深呼吸した。
「……あの、お気持ちはすごく――すごくすごく嬉しいです。何で私なんかに、ってびっくりするくらい、すごく……」
アイシリス様には依然真っ直ぐ見据えられ、なかなか顔を上げられない。けれど、出来るだけしっかりと発声する。
「……でも、やっぱり、私はまず、家族と友達を安心させたいっていうのがあるので……だからやっぱり、私はまず、元の『世界』に帰るために一生懸命になろうと思います。だから――虫のいい話ですけど――もし、それがどうしようもなくなった場合に、もう一度考えさせてください……。もちろん、その時の私は、もう、アイ――リースのお眼鏡には、適っていないのかもしれませんけど……」
私が言い終え、もう一度視線を上げると――アイシリス様はにこりと笑った。
「ふふ。その言葉を聞けただけで嬉しいです。少しでも考えて頂けるなら。…………それに、正直に言えば、私も今はそれがベストだとは思いますし」
アイシリス様はすくりと立ち上がった。
「……さあ、そろそろ戻りましょうか。だいぶ長居してしまったようですし」
アイシリス様に手を取られ、私も立ち上がる。
再びフードを目深にかぶり、道の方へ歩き出すアイシリス様。
「ふふ。ご安心ください。帰りはちゃんと、裏口から戻ります。今夜の当番には他言無用と言っているので、心配はありませんよ」
悪戯っぽく笑うアイシリス様に、私も笑みを返す。
静かな夜の街。
二人分の足音がこつりこつりと反響する。
お祭りのライトアップのせいで星も月も見えなかった。
アイシリス様の背中が、私の前で反射光に照らされている。
私はしばし、無言で歩く。
素敵な体験をした直後だと言うのに、素敵なことを言ってもらえた後だと言うのに、どうしてか、今日は特に、早く帰りたかった。
早く部屋に戻りたかった。
――早く、榊君の声を聞きたかった。




