7日目③「気づき」
固まってしまった。
思考が停止した。
わけがわからなくなった。……えっと、暮らす? この国で? アイシリス様と……?
その言い方では、受け取りようによっては、何だかまるで、求婚のようだけれど……?
心の中でぶんぶんと頭を振り、改めて考え直す。
どうして、何で、私がこの国にいて、アイシリス様にメリットが? この王子様にどんな得があるのだろう? ――と考えて、ようやく思い至る。
この方の前で、私はぺらぺらと私の『世界』の話をしていたのだ。
車のこと。電気のこと。飛行機のこと。船のこと。電車のこと。エレベーターのこと。洗濯機のこと。パソコンのこと。
一昨日の夕飯でも。今日のこのお祭りの最中も。
この国の発展を望む王子様なのだ。そういった知識はぜひとも欲しいと思うだろう。手元に置いておきたいと思うだろう。そういう意味で、私が必要なのだろう。
私はようやく理解した。ただ――
「――えっと、その、言いにくいんですけど」
と、私は申し訳なさそうな表情を作る。
「…………多分、私の元の『世界』の知識、みたいなのを期待されてるとは思うんですけど。…………えっと、あんな得意げに話してて、本当申し訳ないんですけど…………私、その、仕組みとか、構造とか、作り方とか、具体的なことは知らないんです。勉強も苦手ですし、機械自体苦手で…………だから、お力になれないというか、いても意味がないというか…………その、申し訳ないんですけど…………」
出来る限り、丁寧に謝る。頭を下げる。
ちらりと目線を上げると、フードの奥、アイシリス様は随分と難しい顔をしていた。
やば、怒らせてしまったか――と思っていると、アイシリス様はふーと嘆息した。
「……どうも、うまく伝わっていないようですが、私はそういうものを期待して言っているのではありませんよ」
珍しく、硬い表情のアイシリス様。
「あなたの『世界』の流儀では、この場合一体どのようにするのが正しいのか、私にはわかりません。どのような言い方が望ましいのかわかりません――ただ、私は、私自身があなたと人生を共にできないか、と思って言っているのです。こちらの『世界』の言い方で言えば――
――私の伴侶になっていただけないか、と」
……………………は?
ボッと、顔が一気に熱くなる。
もはやその言葉は、誤解のしようもなく、完全なる求婚だった。
混乱する。混乱の極みだった。
アイシリス様は、いつの間にか私の手を握っている。熱が伝わってくる。
アイシリス様にまっすぐ見られているが、もはや直視していられないほど、頭の中がぐちゃぐちゃだ。しっちゃかめっちゃかだ。
「……え……ど、どど、どうして、わ、私を? ……そんな、だ、だって、まだお会いして、そんなに……」
「…………正直に言えば、会食の時は、ほんの少しの興味でした。……しかし、朝の散歩の時、そして今日沢山お話をして、すぐにわかりました。……あなたのお人柄も、優しさも、笑顔も、すべてが私の理想の方だと。……お会いしてまだ数日。急すぎることは重々承知しています。……ただ、あなたがいつ、元の『世界』へ戻ってしまうのかわからないのであれば、今ここで、この私の気持ちをお伝えしない選択肢はありませんでした。戸惑わせてしまうのは申し訳ないとは思うのですが……」
顔を強張らせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐアイシリス様。
一瞬、これは詐欺か何かなのか? 私を騙くらかそうとしているのか? とも思ったのだけれど、この表情を見ると、どうしても演技には見えなかった。
見えないからこそ、余計にわけがわからなくなる。
この方は美青年で、どころか騎士団長様で、王子様なのだ。相手など選び放題だろうに。
もしかしたら第何夫人とか、何人もいるうちの一人ということかもしれないけど――でも、それにしても、だ。
何でわざわざ私を? 一体全体どうしてまた、会って三日の一般人相手に結婚を申し込むのか? わけがわからなすぎて、こんな現実離れ――
この瞬間だった。
私の中でようやく、すとんと、腑に落ちたのだ。
理解したのだ。わかったのだ。
……いや、本当は、元からわかってはいたのだ。感じてはいたのだ。ただ、判断を先延ばしにしていただけなのだ。
理解すれば、実に簡単な事だった。
――この『世界』は造り物なのだ。




