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古井咲コノハの9日間  作者: 式織 檻
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7日目①「お誘い」

 次の日の昼食は、一応広間で食べることができた。

 とはいえ、ひとりぼっちだ。それも当然と言えば当然で、同席するとすればラスティさんだけど、ラスティさんは小隊長だ。例外なく忙しい。

 私は茶髪のメイドさんが並べてくれる分不相応なお料理を口に運び終え、あったかい紅茶で一息つく。

 そろそろ部屋へ戻らせてもらおうか(勝手に城内を歩き回らないよう、監視も兼ねて、メイドさんに先導してもらわなければならない)と思ったところで――


「ああ、食べ終わっちゃったか。残念」


 ひょっこりと、ラスティさんが入口から顔を出した。

 ニンマリ笑顔でツカツカとこちらへやってきて、私の対面の席に着く。


「今日は貝とエビのパスタだったか。オレも同じのを頼もうかな」

「そうですね、すっごく美味しかったです……というかラスティさん、お忙しそうですね?」

「まあ、こんなことになっちゃったからね。仕方ないさ。……一応昨夜の調査で、あれ以外に魔物は見つからなかったし、川の流入口と流出口の防御壁も強化したから大丈夫だとは思うんだけどね。ただ、すでに入り込んでないとも限らないし、時期が時期だから、ちゃんと万遍なく調査はしなくちゃならないのさ」

「……本当、何と言うか、時機が凄く悪かったみたいですね」

「ふふっ。まあ、逆に言えば、俺達があそこの見回りをしたおかげで、侵入してた魔物を事前に見つけることができたんだから。街中に被害が出る前だったし、降神際にも先んじれた。それはそれでよかったと思うよ」


「――ふん、相も変わらず能天気なものだ」


 広間の入口から、低い声が聞こえてきた。

 見ると、青いガウンに小さいメガネに白いひげ――宰相のエンジャーさんだ。じろりと、私達の方を睨みつけてくる。


「防御壁を張っているはずの敷地内に魔物の侵入を許した。この重大さがまったくわかっておらん。あのレベルの魔物が、現在も入り放題である可能性も依然としてあるということだ。敷地内のどこかに巣食っている可能性もな。……十匹、二十匹、魔物が街中で暴れて見ろ! 考えられない被害が出るぞ! それをわかっているのか!」


 怒鳴りつけられ、びくりと肩が揺れてしまう。


「……軽口が過ぎました」


 ラスティさんは静かに頭を垂れた。

 エンジャーさんはさらにこちらに鋭い視線を向けてきて、


「しかも、このタイミングが殊更気に食わん。収穫祭の前日、そして降神祭の三日前だ。一年の中で最悪な時期に違いない。……ふん、タイミングというなら、それだけでなく――そちらの方がこの城に来た丁度次の日、ということもあるな」


 がばりと、ラスティさんが顔を上げた。


「……どういう意味です?」

「意味も何も、事実を言っているだけだ」


 エンジャーさんは、冷ややかな目で私たちを見下ろしている。


「どうしてこのタイミングでこの城を訪れた? なぜ見回りに行ったところで魔物が発見された? シオン様とお会いになったのは偶然か? 疑問は尽きぬ」

「……それをおっしゃるのであれば」


 今度はラスティさんが、エンジャーさんをねめつける。


「コノハがこの城に入った時、宰相が直々に探知を行ったはずです。しかし、そこで問題も懸念も見られなかった――もしそのコノハに嫌疑ありということになるならば、あの探知が不十分だったという結論も同時に出てしまいますが?」

「……ふん、揚げ足取りだけは一丁前のようだ」


 エンジャーさんはくるりと背を向けた。


「……どちらにしろ、この城ではおとなしくしてもらいたい。……もし王子の滞在許可がなければ、今すぐ追い出しているところだ」


 捨て台詞のようにそう言って、エンジャーさんは去っていった。

 背中が見えなくなった後、ラスティさんが苦笑をこちらに向けてきた。


「はは、気分を害してしまったら申し訳なかったね。……エンジャーさんも、国内に魔物の侵入を許したってことで、ピリピリしてるのさ。時期が時期だし、国のナンバー2という立場だからね。正直、余裕がないのさ」

「……いや、私も、その……あの人の言う通りだと思いますし」

「とにかく、コノハは何も心配しなくていい。とにかく降神祭が問題なく終われば、体制も雰囲気も元に戻るはずさ」


 そんな言葉と共にラスティさんに笑いかけられ、私も少し安心した心持で、部屋に戻った。



 その後は、本格的な手持無沙汰だった。

 部屋の外には出れないし、話し相手もいない。本も漫画もないし、スマホもおいそれと使えない。

 なので仕方なく、部屋の中をちょこまか歩き回って備品の観察――時計を眺めたり、ベッドや棚の材質を見てみたり、灯篭を隅々まで観察したり、とそんなことをして時間を潰した。

 まあ、エイネ渓谷に行ってからこっち、毎日毎日長距離を歩くことになっていたから、こういう休息日も大切だろう。もし何か元の『世界』の手掛かりを見つけたら、それに向けてまた連日歩くことになったりするんだろうし。

 ――というか、結局お祭りはどうなるんだろう?

 エンジャーさんの口ぶりからして、一応開催はされるんだろうけど――ただ、あんなことがあった手前、アイシリス様が見回りに行くことはなくなったのかもしれない。騎士団長さんなんだから、今現在物凄く忙しいだろうし。……逆に、王子様だからこそ危険なところには行かせられない、という判断もあるかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、日も落ちていった。

 お城の中も静かになった。

 昨日から続いていたバタバタも落ち着いたんだろう。あれ以上魔物とか、不審者とか、危険なものとかは見つからなかったということだろうけど――ただ、人が尋ねてくる気配もまったくない。

 もしアイシリス様に同行するということになれば、誰かお使いの人がコンコンとドアを叩くと思っていたけれど……。

 一応外出着に着替え、荷物を準備して待ってはみたけど。

 時間は六時過ぎ。この時間で音沙汰無しならもうないかな、もう部屋着に着替えようか――と思いながら、真っ暗な窓の外を見ていると――


 ――すたんッ


 突然、影が上から降ってきた。

 飛び上がりそうになる。

 それは暗い緑の塊で、地面に降り立つと、私の方へとずんずん近づいてきた。

 ――不審者? 侵入者? 魔物?

 声を上げて助けを呼ぼう――としたところで、その不審者は頭の布切れをばさりととった。


 アイシリス様だった。


 金髪を後ろで縛った小顔が、私に微笑みかけている。


「え、あ、アイシリスさ――」


 しー……と、窓の向こう、アイシリス様は人差し指を口元に持っていった。

 私は口をパクパクしながら、慌てて窓を開ける。


「ふふ。驚かせてしまいましたね。約束通り、お迎えにあがりました」

「お迎えって――お、お祭りの、ですか?」

「もちろんですよ」


 にこりと笑うアイシリス様。

 私はきょろきょろと周りを見渡して、


「え、でも――お、お付きの方は? 確か、視察するって――」

「視察はことのついで――というか方便ですよ。ぞろぞろ人を連れていたのでは、楽しめませんからね」


 ということは、えーと、もしかして、この状況…………お祭りには、ふ、二人で行くと……?

 アイシリス様は、すっと私の方に手を差し出してきた。



「――さあ、参りましょう。コノハさん」

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