6日目⑤「発見」
「……こっちも行き止まりか」
川の縁に立ち、ラスティさんは嘆息した。
ナマズの魔物、しめて十五体を倒した後、私が落ちたところ――つまり、川とは逆の方へと向かったのだが、そこも通行止めになっていた。
分岐した別の激流によって。
幅も音も飛沫も、さっきの川と大差ない。膝下くらいまで入ったら、そのまま勢いに負けて流されてしまいそうなレベルの激しさだ。
見上げると、対岸の上の方に道が見えた。先刻、落ちる前に私たちが歩いていたのと同じ高さだ。方向的に、これをまっすぐ行けば、さっきの道に戻れそうなものだけれど。
いかんせん、激流が邪魔している。
おまけに、あそこに到達しようと思ったら、崖も登らなければならない。
どう見ても一般人には――少なくとも私には不可能なアスレチックだが……。ラスティさんとウェツァさんなら行けるのだろうか? すいすいとクリアできるのだろうか? いや、もしかしたら――
「――こういうところを渡れる魔法みたいなのはないんですか?」
「あるにはあるさ。〈浮遊〉っていう、ね。魔法カードを使えば誰でも扱える割と一般的なやつだよ。ただ――」
ラスティさんは少し苦い顔をして、
「――その、持ってきてはいないんだよね。国の敷地内の任務だったから、そこまでの準備はしてなかった。交信用の呪文書すらね。準備不足と言われればそれまでだけど……。ただ、こんなことになるとは全然思っていなくてね」
「ないならないで、別案を考えればいい」
いつもの仏頂面で、崖の上を見上げながらウェツァさんが言った。
「オレとラスティならば、この崖もなんとか行けるだろう。ただ、コノハをここに一人置いていくわけにはいかない――だったら、一人が残り、一人が応援を呼べばいい。どちらが残るか、だが…………再度魔物が出てきた時、お前の魔法があった方が立ち回りしやすいだろう。ならば、お前とコノハがここに残って、オレが街に戻るのが最善だ」
「……行けるのか?」
「ここにずっと留まっていても、応援が来なければ、日が暮れて凶暴性の増した魔物が出てくる危険がある。だったら体力が落ちる前に行動を起こした方が可能性があるだろう」
「そりゃそうか」
「ただ、これはここに置いておく」
ラスティさんは、背中の大鎌を降ろした。
「川を渡って崖を上るには、身軽な方がいいからな。見ててくれ」
「……丸腰で行くのか?」
「とにかく外に出れれば、どうにでもなるはずだ」
「……そうか」
ラスティさんは頷いた――けど、少しばかり不安そうな表情だった。
ウェツァさんも、顔が強張っているように見える。覚悟を決めているかのように。
――多分、危険な賭けなんだ。
さっきのナマズの魔物、やっぱりすごく強かったんだ。また襲われたりしたら、二人でも危ないんだ……。
確かに、ウェツァさんの言う通り、助かるためにはここで二手に分かれるのが一番確実なんだろう。けど……他に何か、選択肢はないんだろうか? もう少し安全な……。
――ここでふと、榊君の話を思い出した。
そうだ! 昨夜、榊君も次のダンジョンについて色々アドバイスをくれていた。予測を立ててくれていた。ええと、確か――パズル的要素、とか言っていたはずだ。
私は人差し指でこめかみを抑える。
うんうんと頭を回す。
……ええと、榊君は具体的に何て言っていたっけ? どういうのがあるって言っていたっけ? そうだ、確か――『先入観で動くと騙される』とかなんとか……。その後、具体例として、ううんと、確か――隠しスイッチ、隠しトラップ、隠し扉、隠し通路。
とにかく、隠してあるような何か、だった。
私は顔を上げた。そしてきょろきょろと辺りを見回す。
手を伸ばし、近場の壁を触ってみた。
隠しスイッチ。もしくは隠し扉。
そんなのがあるんじゃないかと。
しかし、触れる壁はひんやりしてごつごつした、ただの岩だった。押してもびくともしない。
横を見れば、壁がずっと続いている。ランプの明かりが届いていない奥の方まで。
――この壁一面、ペタペタ触りながら歩いてみる? 向こうの端まで?
どこにあるか見当もついていないなら、そうでもしないと見つからないだろう。でも、それはそれで時間もかかるし、いくらか体力も消費する。どころか、もしまた暗闇から魔物が出てきたら、さっきのピンチに逆戻りだ。
「どうした? 寒いのかい?」
と顔を覗き込んでくるラスティさん。
……榊君の話をラスティさんに説明して、手伝ってもらうべきだろうか? 三人で探すべきだろうか? というか、榊君の話を信じてもらえるだろうか? ……いや、そもそもを言えば、ここはレイド国の敷地の中だ。礼拝堂へ向かう道の途中だ。もしそんな秘密の通路があれば、国の騎士さんであるラスティさんが知らないなんてことがあるんだろうか?
どうしようどうしようと若干焦りながら、顔を上げた。その時、
「…………ん?」
ふと違和感に気付き、声が出てしまった。
「どうした、コノハ?」
「え、えと、あれ……」
私は激流の上空、斜め四十五度上の角度を指さした。
私の指の先――葉っぱが舞っている。
いや、同じような葉っぱは周りにいくつもある。川の上流から流れてきた葉っぱが、激流で巻き起こる風で舞い上がったんだろう。凧のように、虚空を上下左右に自由に踊っている。そんなのがいくつも見える。
しかし私が指さしたそれは、少し違った。
他のがゆらゆら絶え間なく揺れているのに対して、それは落ち着いているのだ。揺れていないのだ。震えていないのだ。
まるで――何かの上に載っているかのように。
「うん? 何か見つけたのかい?」
後ろを振り返り、首をかしげるラスティさん。
私は川岸に駆けていった。
そしてその違和感のある葉っぱを正面に見据え、飛沫が膝にかかるくらいの川の縁に立ち――膝立ちになって、ぺたぺたと足元を触ってみた。
地面もひんやりした岩で、川の水流で冷やされているんだろう、冷たくて手がかじかむくらいだったが、私はさらに周りを手探りで触ってみた。ところで――
――ぺん
手の甲に、何かが当たった。
その感触に沿って手を滑らせると、数十センチの台みたいなものだった。横幅は、私の肩幅より幾分大きいくらい。しっかりとした感触がある。しかし感触があるだけで、実際はその奥の地面が見えている。透明なのだ。
さらに奥の方まで手を伸ばすと、ぺん、とまた手の甲に感触。もう一段高い段差があった。
さらにさらに奥に手をやると、さらに高い段差。
立ち上がり、そこを右足で踏んでみた――足が乗った。体重を乗せても、しっかりと支えてくれてる。
「さっきからどうしたんだ、コノハ? ……ん、というか、なに? 足、浮いてる?」
「み、見つけました!」
私は振り返り、思わず声を張り上げてしまった。
「か、階段です! これ! 見えない階段!」




