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古井咲コノハの9日間  作者: 式織 檻
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6日目③「崩落」

 中は少し肌寒かった。

 光の入らない真っ暗な空間だったが、ラスティさんがかざしているランタンのおかげで周りは見える。ごつごつした岩肌が左右にずっと続いている。見るからに、人の手がまったく入っていない洞窟だった。

 そして、奥の方からごうごうという低い音がおどろおどろしく響いている。


「……あ、あの、この、唸り声みたいな音は、な、何なんですか?」

「はっは、すぐわかるよ」


 ぱちりとウィンクし、そのまま進んでいくラスティさん。慌てて、その後をついていく。

 先へ進むほど音は大きくなり、空気もさらに冷たくなってくる。

 ほどなくして、左側の壁が途切れた。


「コノハ、そこ、危ないから気を付けて」

「危ないって――」


 言われて、左に目を向けた。途切れた壁のところから崖になっており、そのずっと下――


 ――水しぶきが激しく上がっていた。


 川だ。激流だ。崖の数十メートル下、すごい勢いで水が流れているのだ。


(轟音の発生源はこれか……)


 流れというか、ただのうねりだ。ほとんど真っ白。人が落ちたら、あっという間に溺れてお終いだろう。

 崖には、もちろん柵などない。こういうのは自己責任というお国柄なのか、この世界ではそもそもそういうものなのか――もしくはこれがあるから、入口に鍵がかかっていたのかもしれない。理由はそれだけじゃないのかもしれないけど。

 色んな意味で肌寒くなりながら、前にラスティさん、後ろにウェツァさんという並びで道を進んでいく。


「寒くないかい? 俺の上着貸そうか?」

「…………大丈夫です」

「ほら、危ないから俺の手を握ってた方が――」

「…………大丈夫です」

「それとも抱えていった方がいいかい?」

「…………大丈夫です」


 と、ラスティさんの相変わらずのセクハラに対して可能な限りの優雅で柔和な返事をしつつ、数十メートル歩くと、少し広い場所に出た。大きめのブルーシートを広げられるくらいの広さだけど、足を広げられる。ようやく一息付ける。

 膝に手を付き嘆息しつつ、ふと顔を上げると、その壁際に木箱が積まれていた。それなりの数――十個くらいが、スペースの一角を占めていた。


「これ、何です?」


 と聞いてみると、


「緊急時の食料や道具が入っているのさ」


 とラスティさん。


「ここを通行中に不測の事態になった時のこともあるけど――例えば、町が危険になってここに避難してきた時とか、あるいは礼拝堂が攻め込まれた時の戦線への補給とか、そういう事態が想定されて置かれてるんだ。割と重要な備蓄だよ」


 ――緊急時の備蓄。

 そういえば、ヴィーツェ村の小屋の地下にあったのも、確かこんな小箱だった。恐らくあれも、もしもの時のためのモノだったのだろう。重要なものだったのだろう。榊君は戻ってでも回収した方がいいと言っていたけど……。やっぱり、そんなことできるわけない。あれはヴィーツェ村のものだし、あれが無くなったらもしもの時に困るわけだし。あの中には、回復アイテムとか役に立つ道具とかが入っていたんだろうけど。

 当然、ここにある木箱にだって手を付けられるわけもない。

 休憩がてら寄っかからせてもらうだけで、すぐさま出発だ。

 引き続き、左側の崖下の激流におっかなびっくりしながら、細めの道を歩いていく。距離的にはそれほどでは(少なくとも昨日や一昨日に比べれば)ないのだけれど、一歩一歩に力が入るせいか、やたらと疲れてくる。気力が果てていく。

 さらに十分ちょっと歩いたところで――前方に小さい光が見えてきた。


「ラスティさん、あれ――」

「ああ、あれがこの洞窟の出口。そして礼拝堂の入口さ」

「……ようやくですか」


 ふう、と安堵のため息が出る。多分帰りも同じ道を歩かなければならないのだろうけど、ひとまず外に出れるならありがたい。一時的にでも、広くて明るくて寒くないところに出たい。

 気が逸りそうになりながら、いやでも危ないし慎重に、と自分に言い聞かせながらもう一歩踏み出した瞬間、


「――へ?」


 ぐい、と急に腕を引かれた。

 引っ張っているのは、ウェツァさん。

 頭が真っ白になりながら、びたん、と地面に倒れると、


 ――ボボンッボボボンッ


 頭上で破裂音。

 壁が砕けて、石が降ってくる。

 思わず腕で顔を覆う。

 何事、とウェツァさんの方を見ると、


「下だッ!」


 叫ぶウェツァさん。

 慌てて崖下を見ると、しぶきの中、ぎらりと四つの点が煌いた。

 

 ――ボンッ、ボンッ


 音と同時に、四つの点から、大きい塊がこちらに向かって飛んでくる。


「はぁあああッ!」


 ラスティさんが剣を振りぬき、その二つの塊を叩き落とす。

 落とされた塊が崖に着弾し、地面が揺れる。

 ラスティさんは崖下を睨みつけ、


「……魔物か。……こんな所に」

「オレが防御に回る。お前が魔法で追い払え」

「……炎魔法が使えないのは痛いんだが」


 言いながら、ラスティさんは剣を鞘にしまい、崖下に向かって人差し指をまっすぐ向けた。


「〈雷の槍(デルテ・ペル)〉!」


 ラスティさんの指先にバチリと電気が走り、それがそのまま下へと――四つの光点へと迸る。


 ――バババババババババババババッ


 水面に着くや、轟音と共に、眩しいくらいに周囲が光る。少しすると、そこからもくもくと黒い煙が登ってきた。

 ヴィーツェで使った雷の巻物と同じような攻撃だ。雷の魔法なんだろう。

 私は再度、崖下を覗き込む。


「た、倒せたんで――」


 ――ボボンッ


 煙から、またしても塊が飛び出してきた。

 思わず後ろへ飛び退いたが、それはこちらへ飛んでこず、


 ――ボボッ、ボボンッ


 地面が揺れる。多分、崖の途中にヒットしたのだ。


「……チッ。ここじゃ奴らの方に地形の利がある。出口はすぐそこだ。一旦外へ出るか」


 ウェツァさんの提案に、ラスティさんが頷く。


「……仕方ない。そうしよう――さあ、コノハ、立って」

「は、はい」


 慌てて立ち上がりながら、ラスティさんから差し出された手を取ろうとした、その時、


「――ふゅへ?」


 唐突な浮遊感。

 ラスティさんの手が離れていく。

 足元を見ると――地面ごと、傾いている。


「え、え、え?」


 必死に立て直そうとするが、足に力が入らない。踏ん張れない。

 ラスティさんたちがどんどん離れていく。


「コノハ!」


 伸ばされるラスティさんの腕。

 それを掴もうと、ジャンプする。

 けれど、まったく届かず、手は空を掴み――



 ――そのまま、二人の姿が小さくなっていった。

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