6日目②「丘の上の入口」
「しかし、今日は本当にいい陽気だねえ。まるで、俺たちのためにあつらえたようじゃないか。こんな日に仕事なんてバカバカしいと思っていたけど、散歩デートと思えば、素晴らしいことこの上ない日和じゃないか。これは俺の普段の行いの賜物なのか、もしくは君の徳によるものなのか。それとも両方なのかな? はっはっは。ねえ、コノハ? …………コノハ?」
「……えッ、あ、はい」
名前を呼ばれ、私は慌てて顔を上げた。
ラスティさんが顔を覗き込んでくる。
「どうしたんだい? 何か悩み事か?」
「い、いえ、だ、大丈夫です」
私は作り笑いで返した。
軽薄な言動のせいで私としては受け付けない部分も(多々)あるが、顔の造詣としては美形なので、まっすぐ見られるとそれはそれで困ってしまう。固まってしまう。ぶんぶんと首を振り、私は空を見上げた。
――朝食を食べた四時間後、ラスティさんに連れられ、私はレイド国内の外れにある小高い丘の上を歩いていた。
昨日の夕飯の時に話した通り、ラスティさんの警備の仕事に着いていく形で、お城から連れ出してもらっているのである。
向かった先は、お城から南の方にニ十分くらい歩いたところにある丘。お城がある中心地から離れるほどに段々家がなくなり、現状すでに、建物は周りにない。景色としては、ちょっとした高原みたいな感じ。外壁は出ていないので、国の敷地の中ではあるはずだ。
そんなところを、私はぽけーと歩いていたわけだ。
心配されてしまったが、悩みという程の事でもない。考え込んではいたが、別段、苦悩しているわけではない。他人からしたらどうでもいいことだろう――今朝方、アイシリス様にお祭りに誘われて以降、私はずっとドギマギしっぱなしというだけなのだ。
――明日開催される、この国のお祭り。
一体どんな感じのお祭りなのか? とか。一体何人で行くのか? とか。一体誰が一緒に行くのか? とか。一体私は何を着て行けばいいのか? とか。そんなことを悶々と考えているだけなのだ。
私が行ったことがあるお祭りなど、近所の夏祭りと家族で行った花火大会くらいだ。さすがにこの国で、皆が浴衣を着て集まるとは到底思えないけど、じゃあ一体どんなドレスコードなんだろう、と……。というか、私は現在、外着を二着しか持っていないので、選択肢などありはしない。でも、アイシリス様と同じ集団で歩くというなら、恥ずかしい格好はできないし……。
ふと、鼻歌を歌いながら足取り軽く歩いているラスティさんの背中を見た。
……明日のお祭り、もしかしてラスティさんも一緒なのかな? アイシリス様の護衛として。……いや、この人は小隊長ということだし、別の警備とかにつくんだろうか?
聞いてみようと、口を広げたところで、
「……おい」
私の背後から声が上がった。
私が言われたのかと思ってびくりとしたが、どうやら私の前のラスティさんに向けての声のようだった。
「おい、ラスティ。ノロノロ歩くな。こっちは夕方に用事があるんだ。単なる警備の案件なんだ。さっさと終わらせるぞ」
ウェツァさんがラスティさんに凄んでいる。
しかしラスティさんは、
「へいへい」
と苦笑いするだけだった。
「しっかし、この警備のサポートがお前とはな。昨日の今日じゃないか」
「ふん。オレだって、担当がお前になるとは思ってもいなかった。オレは単に、依頼があったからそれを受けただけだ」
仏頂面のウェツァさん。
先ほど聞いたところ、今回の警備についても外部に応援要請が上がっていて、その依頼を受けたのが、またしてもウェツァさんだったということ。昨日も日暮れまで一緒に歩き回っていたわけだし、何だかもう同じチームみたいな気分になってくる。
格好も昨日とほとんど同じで、ジーンズに白いTシャツに革製の上着、そして背中に大きな鎌を背負っている(Tシャツの柄が違うくらいか)。これがこの人の仕事着なのだろう。ただ今日に限っては、その肩にポテンと毛むくじゃらが乗っかっている。ラメルだ。
私も連れだって出歩くということで、ラスティさんがシオンちゃんの部屋から借りてきたとのこと。まあ、私の守護聖獣ということだし、当然と言えば当然の話なのだろう。ただ、私は相変わらず動物アレルギーだし、今回シオンちゃんはいないしで、本日はラスティさんの肩の上に乗っかっているのである。
ラメルはくぁっと欠伸をした。陽気も相まって気持ちいいんだろう。
「ん?」
ふと気づいて、私はそろりとウェツァさんの方に寄っていった。そして肩の上のラメルの横っ腹をつついてみる。
――ぶに、ぶに、ぶに、ぶに……。
…………えと、こんなにお肉ついていたっけ?
少なくとも、森小屋の中で撫でた時は、こんなじゃなかったはずだけど。もしかして、いや、もしかするまでもなく――
「――ねえ、ラメル、太った?」
ラメルの顔を覗きながら尋ねてみたが、眠そうな表情のまま、くあっと二回目の欠伸。
「はっは。エイネでもヴィーツェでもここでも、随分と美味しい食事が出てくるからねえ。食べ過ぎたかな?」
ラスティさんが振り返り、にまにまと笑っている。
「シオン様と一緒なら、なおさら美味しいものばっかり出てくるだろうし、たくさん食べるのも無理からぬことなんだろうけど――ふうむ、まあ、食べ過ぎも良くないし、リャーナさんに言って、少し量を減らしてもらうようにしようか? というか――」
ここでラスティさんは立ち止まり、少し思案気な顔になって、
「――聖獣が太るってのは、あまり聞かない話だけれどねえ。基本、摂取したエネルギーは魔力に変換されるから、脂肪になるケースはないはずなんだけど。……やはり、普通の聖獣とは違うのかな?」
「別世界からの迷子を守護する聖獣なんだ。例外も多いだろう」
言いながら、ウェツァさんはシッシというジェスチャー。しゃべってないで先へ進め、ということだろう。
ラスティさんは頷き、再度歩き出した。
「まあ、そういうことか。帰ったら、魔法部隊にも相談してみようか」
「そうですね。お願いします」
私はぺこりと頭を下げる。
たかだかニ、三日でここまで太ってしまうなら、早めに対策は考えた方が良いだろう。太りやすい体質なのかもしれない。
それに、私がもうしばらくお城に厄介になり、ラメルもシオンちゃんの部屋に泊まるというなら、これ以上大きくなって、シオンちゃんの頭や首に負担をかけるのも怖いし(シオンちゃんの頭がすでにこの子の定位置になっているのである)。というか、もう少ししたら頭に乗れなくなるかもしれないし……。
――といったところで、木製の扉が見えてきた。
数メートルの高さの丘に横穴が開いている、いわゆる洞窟みたいな感じ。その入口が扉でかっちりと閉じられている。この丘の向こうには、四、五階建てくらいの塔が見える。
「ここは……?」
「礼拝堂……に続く地下道さ」
ラスティさんは鍵を開け、躊躇なくその扉を開く。真っ暗な一本道が眼前に開いた。
「降神祭――と、明日ある収穫祭の前に、ここに問題はないか、異変がないか。それを確かめるのが今日の仕事さ。……まあ、レイドの敷地内のことだし、基本的には心配しないでいいよ。散歩の延長と思ってくれていい」
何ともなさそうに言って、ラスティさんはそのまま中へ入っていく。
「はぁ……さっさと終わらせるぞ」
嘆息しながら、ウェツァさんもその後に続く。
地下道。礼拝堂――一応そういう呼び名らしいが、この物々しい扉と洞窟を目の前にして、私の中では、榊君が昨晩言っていた単語が反芻している。
――ダンジョン。
何も起こりませんように…………。




